真面目でシャイなS君
高等学校の教師をしているときのこと。ある年S君のいるホームルームを受け持つことになった。3年生である。S君はお父様の仕事に関わりのある車が大好きで、また鉄道と写真が好きな生徒さんである。とにかく真面目で人目の有る無しに関わらず常に実直に責任を果たすタイプで周りからも一目おかれている存在である。写真や鉄道が好きということで彼はよく私のところにきては自分の話をしたり私の撮った写真を見ていた。礼儀正しい好青年だが少々シャイなところがあり女子と話すのがあまり得意ではない。男子とは楽しそうに話すが女子に話し掛けられると急に敬語になってしまう。高校3年生とはいえまだまだ可愛らしさ、初々しさがある。彼とので出会いによって色々なことを考えさせられ学ばせてもらった。親御さんの現実と子どもの願い。そして現実を受け入れざるを得ない子どもの立場。S君から子どもの叫びを聞かせてもらった。
S君のご両親
S君のご両親は、なるほど親子だと思えるほど真面目で誠実な方々である。P.T.A.にも毎回二人でお越しになり面談の内容をきちんとメモを取りS君が頑張っていることを報告すると二人で涙を流される。S君は本当に愛されているな、とその愛情がしっかりと伝わってくるご両親である。しかし、このご両親は面談が終わるとそれぞれ別行動をされる。不思議だなと感じていたがそれほど気にとめることもなくやり過ごしていた。本校は東京から800kmぐらい離れているので東京在住のS君の親御さんは飛行機で帰られる。帰りも別の飛行機を使っていたようだ。少し気になり担任だけが見ることのできる書類を見るとお二人の住所が違っていた。お父様は東京、そしてお母様は関東の別の県であった。何かご事情があるのだな、と思いながらも全寮制の学校ではそれほど珍しいことではないのでそのままになってしまった。
S君に呼ばれて
全寮制の学校で教員も同じキャンパス内に住んでいるため、舎監でなくても寮室を訪ねることはある。ただし、男性教員は男子寮にしか入れない。当然である。あるときS君が「先生に僕の撮った写真を見せたいので部屋に来てください」と誘われたので早速その日に行って見た。S君らしい整った部屋だった。部屋は2人ないし3人で一部屋だが彼のテリトリーは群を抜いて綺麗だった。彼の性格が出ている。S君が机の引き出しからおもむろに、少し嬉しそうに取り出したのが休み中に鉄道旅行をした時に撮った写真。北海道まで一人旅をしたようで素晴らしい写真ばかりだった。一人旅をしているときの彼は教室で見せるシャイな一面を微塵も感じさせないほど大人で堂々としていた。「貧乏旅行ですから結構やばいところにも泊まりましたよ」と嬉しそうに報告してくれた。「帰りは母のところで二週間ほど過ごして、学校に戻る前に三日間父のところにいました」とさり気なく報告してくれた。「そうなんだ」と言いながら次の言葉が見つからなかった。「僕の両親はとてもいい人なんです。でも二人になるとどうしても性格が合わないらしくて。今は別居しているんです。僕が中学に入ったときからだからもう6年になります。」胸が痛み出した。(もういいよ。何も話さなくていいよ。)そんな気持ちだった。
思い出の写真
ふと目を本棚に向けるとそこには綺麗な花の風景とS君、そしてご両親の3人が笑顔で写っている写真が。「これ、小学生の時に3人で行った信州の写真なんです。山に登ったんですよ。高原を歩いて。とても楽しかったな。いつかまた3人で行きたいんですよ。」場所はよく分からなかったが美ヶ原にも見えた。立派な高校3年生になりもうすぐ卒業していくS君。でも思い出と気持ちは小学生のまま。自分の気持ちを必死に押し殺しながら両親の決定にただただ従って「なんで3人で暮らせないんだろう?」と思いながらも口を真一文字に閉じて耐えるS君。「ありがとう。今日は本当に良いものを見せてもらったよ。」と早々に立ち去る自分。泣きたくて仕方なかった。みんないい人なのに。いい人が3人集まっているのに。なんで傷つかなくちゃいけないんだろう。なぜ子どもが傷つくんだろう。そういえば自分も子どもに言われたことがある。「両親が喧嘩ばかりするのはある意味虐待だよ」と。その通りである。本当の意味で子どもを大切にすること。大人の知恵を使ってもう一度考える必要があるのかもしれない。