むっちゃんとの出会い
それまで沖縄にある系列中学校で教員をしていたが元の古巣に戻るよう辞令があり高校教員に戻った。沖縄に転勤して数年が経っていたので知っている生徒といえば沖縄の中学校から進学した10名ほどの生徒だけだった。少し心細かったがやるしかないと腹を決めた。与えられたのは高校2年生の担任。その中の数人は沖縄の中学校出身だったので知った顔もあり少し安堵した。が、最初の申し送りで言われたことがあった。「先生の学級にむっちゃんという生徒がいます。彼女は生徒指導を受けて4月から戻ってきます。最初は反省の指導からお願いします」とのことだった。謹慎指導の後学校でも指導するのが本校の習慣であるが、初対面でしかも女子生徒の指導となるとどのようにしたら良いか一瞬考えてしまった。男子なら数日自分の家に泊まらせてそこから学校に通わせ生活を共にしながら色々な話をすることで指導に換えることができるが女子生徒だと自分に家に泊まらせるわけにもいかない。どうしようかと悩んだ末に先輩の先生から良いヒントを頂き少し他の人に入っていただいて指導に協力していただこうと思った。学校の近くに住むおばあちゃんである。おばあちゃんは私たちの教会のメンバーでもあるしお話しも上手なので少し手伝ってもらうことにした。新学期初日、むっちゃんと会った。とても笑顔が素敵な細かい気遣いができる生徒でだった。明るい挨拶をむっちゃんの方からしてくれ「色々とご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします」と丁寧な挨拶をしてくれた。初対面ということでそういう対応なのかと思ったがその後も同じような態度だった。ただ、なかなか面白いところもあり、むっちゃんを3年生の時も担任したが将来の夢を聞いたときに「海賊になりたいんですけど海賊になる専門学校ってありますか?」と真顔で聞いてきたことがあった。ワンピースという漫画の影響らしい。ふざけているのかな、と思い「一応あることはあるよ」と答えた。
むっちゃんとの出会いむっちゃん指導
例の反省を促す指導の件であるが、週に1回おばあちゃんを訪問して色々な話しをするということにした。その時おばあちゃんは体調を崩しており近くの病院に入院していた。おばあちゃんを見舞う最初の日、むっちゃんと女子寮の舎監で家庭科教諭の女性教員(後々私の奧さんになった人)と私の3人で病室に行った。事前に連絡はしてあったのでおばあちゃんも大歓迎してくださった。初対面なのにむっちゃんとおばあちゃんはとても息があった。本当のおばあちゃんのようにむっちゃんの話しをよく聞いてくれた。小一時間病室にいたのでそろそろ引き上げようと「おばあちゃん、また来週きますね」というとおばあちゃんはいつでも大歓迎だからおいで、とむっちゃんの手を両手で握って嬉しそうにしていた。帰りの車の中で「おばあちゃんは葛餅が好きと言っていました。先生、今度行くときは葛餅を作って持って行きたいんですけど」というので女性教員に「先生が指導してくださいますか?」と尋ねると快諾してくれた。結局むっちゃんは1週間が待ちきれずに3日後にまたおばあちゃんを見舞った。今度は葛餅を持って。手製の葛餅を見ておばあちゃんはまたむっちゃんの手を両手で握って「ありがとう ありがとう」と言って涙ぐんでいた。おばあちゃんも数年前にご主人を亡くされずっと一人だったのでむっちゃんの訪問や優しさが身に染みてたのだろう。因みにおばあちゃんは肝臓の数値が悪いので入院しており、また良くなったら退院するとのことであった。むっちゃんの指導とは名ばかりで私がしたことは車の運転だけ。おばあちゃんとお話しするだけでむっちゃんの持ち前の優しさがさらに輝くようになり、またおばあちゃんも非常に喜んでくださった。週に2回のペースでおばあちゃんのところに行っては手作りのデザートを食べてもらいふたりで何かを話しているようだった。途中から、自分がいない方が話が盛り上がる様子だったので廊下で待機するようになった。むっちゃんは誰にも話していないこともおばあちゃんには話していたようである。恋愛相談もしていたというから、それを聞いてアドバイスできるおばあちゃんもなかなかの強者であると思った。楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、いつの間にか季節は夏になりむっちゃんも夏休みで自宅に帰省する事になった。帰省の前日、再度おばあちゃんのところに蒸しパンを持ってお見舞いに行った。「明日自宅に帰るからしばらく会えなくなるね。でも9月には戻ってくるからまた沢山お話ししようね。それまでにおばあちゃんが退院していたら家に行くから待っていてね。」とむっちゃんはおばあちゃんに挨拶した。おばあちゃんも少し寂しそうな笑顔で「元気でね。またいつでもおいで。」と言ってくれた。こうして1学期間のむっちゃんとおばあちゃんとの交流は一旦終了となった。もう指導期間などとっくに過ぎており個人的な交流としてやっていた。むっちゃんもこの3ヶ月で更に大きく成長した。本当におばあちゃんとの出会いに感謝したい。
「むっちゃんのこと2」に続く