波風立てない友達関係
高等学校で担任をしているときの事。ある年ayaちゃんという女子生徒がいる3年生のホームルームを受け持った。結構明るくてノリの良い学級であった。少しハメを外してしまうこともあるが基本的には優しく思いやり深い生徒が多いクラス。担任が何もしなくても自分たちで楽しめる雰囲気がある。女子には例によってグループがいくつか存在したがみんなで何かをやるときにはその垣根を超えて仲良くできる生徒が多く、担任としては非常にやり易い学級だった。ただ、ひとつだけ気になる問題があった。それはayaちゃんのこと。彼女は運動も勉強もでき周りからは一目置かれているがそれ以上に非常に強く意見をいうことがある。そのため周囲が萎縮してしまう。若干短気なところもあるのでayaちゃんが怒り出すとほとぼりが冷めるまで周囲は存在を消すかのごとく静かにしている。この点は非常に気になっておりいつか折を見て注意したいと考えていた。
チャンス到来
ayaちゃんのことを気にしながら、何か良い機会はないかと考えていたが意外にも早くチャンスがやってきた。中学、高校合同の企画で「夏祭り」というプログラムがある。各学級ごとに模擬店を出し食事や飲み物、かき氷やその他のデザート、あるいはヨーヨー釣りや輪投げ、射的などのゲームを担当するのだ。屋台作りは各学級に任せられ決められた予算の中でよりそれらしい雰囲気の屋台を作る。生徒たちは自分のホームルームが担当する屋台を作ったり実際の販売など役割を分担する。この屋台を決める作業は、まず各学級から第1希望から第3希望までの希望屋台を生徒会に提出し、競合した場合はクジで決める、と言う段取りになっている。学級で夏祭り屋台の意見をまとめる時のことだった。ある生徒が「かき氷」を提案した。結構これに賛同する生徒が多かったのだが「かき氷」と誰かが提案したその時、間髪入れずに
「無理無理無理!」
とayaちゃんがその意見に対して否定的な発言をかなり大きな声でした。普段、自分はあまり生徒を叱らない。特に他の人がいる前で叱ることは絶対にしないのであるが、この時は絶好のチャンス到来と思い意図的にayaちゃんを叱った。
「ayaちゃん、無理ってどういう意味?今は誰もが自由に意見を言って良い時間だよ。それを発言するそばから無理って否定されたら意見が言えなくなるよ!」
とかなり強い口調で叱った。
「はぁ、○○(私のファーストネイム)何言ってるの?」
と反撃してきた。自分は結構多くの生徒からファーストネイムで呼ばれるので良い悪いは別としてこの点は全く気にならない。もっというと呼び捨てにされることは自分にとってそれほど大きな問題ではない(感覚が違っていたら申し訳ない)。私は反撃してきたayaちゃんの机まで歩いていき
「自分の意見がどれだけ多くの友達を遮ってきたか理解しているの?ayaちゃんは王様でも無ければ何しても許される存在ではないんだよ。そこはもっと理解しないと寂しい友達関係しか構築できないよ。」
ともうひと押ししたら
「○○(私のファーストネイム)、お前ムカつく。気分悪いから帰る。」
と言って彼女はどこかに言ってしまった。凍りつくような教室の雰囲気。でも、これも想定内だし、ここからが本当の指導。
「今ayaちゃんが出て行ったけどどうしてだと思う?」
全員下を向いたまま顔を上げようとしない。2、3名の女子は泣いていた。
「質問を変えます。ayaちゃんはみんなにとって友達ですか?」
数名の生徒が頷いた。
「本当に友達なの?私には本当の友達には思えないよ。みんなが無理してayaちゃんと関わっているようにしか見えない。」
と指摘した。
「みんなが本当にayaちゃんの友達だったら、少々怖くても勇気を出して彼女を注意しないといけなかったんじゃないかな?彼女に何も言えなくて、言葉を飲み込んだことが彼女を孤立させたとは思わない?はっきり言うけどayaちゃんを孤独にさせたのはみんなだよ。もっと思っていることをはっきり言わないと。相手の様子を考えてあげることは勿論大切なこと。でも言わなくちゃいけない言葉を飲み込むことは、『あなたは私の友達じゃないよ』と言うのと同じことだよ。今後ayaちゃんとどう言う距離感で関わっていくかはそれぞれがきちんと考えるように」
そんなことを話してホームルームを終えた。
みんな悩んでいる
その日の夜、女子寮に行きayaちゃんを訪ねた。少し気まずそうに、しかし挑戦的な目をしてayaちゃんが玄関までやってきた。
「少し話せる?」
と聞くと半分不貞腐れた態度で
「別に」
とだけ返事をした。最初は自分が一方的に喋った。ayaちゃんが教室を出た後どのような話をしたのか、その後のクラスの雰囲気など。その上で今どのような気持ちなのか、またあの時どのような気持ちだったのか話してくれるよう促した。ayaちゃん曰く、自分は常に疎外感を感じていた。自分の意見がすんなりと通れば通るほど友達から敬遠されていることを実感していた、とても寂しかった、とのことだった。ayaちゃんは全てを分かっていた。彼女なりに傷つきそれに必死に耐えていた。とても辛かったと思う。周りも悩んだし傷ついた。ayaちゃんも同じだ。こうやってみんなで悩んでみんなで傷つくことが大人になるステップだと思う。
その後ayaちゃんと
高校3年生は将来に向けての実際的な一歩を踏み出さないといけない時期である。ayaちゃんは「臨床検査技師」を目指している。学力的にも高い能力を持っているので大学に行くことも勧めたがお母様ひとりで彼女を育てていることもあり、ayaちゃんなりにできるだけ早く社会に出て経済的に自立したいと考えていた。そのため四年制大学ではなく専門学校への進学を希望していた。彼女の家は東京の中野。私の実家からさほど遠くないので夏休みに自分が帰省した際ayaちゃんと都内の専門学校を5校ぐらい一緒に回った。彼女がとても気に入った学校が一校あったので、後日今度は私一人で再度その学校を訪問した。そしていろいろな話をさせていただく中で指定校扱いでの受験を認めていただくことができた。勿論ayaちゃんには内緒である。結局ayaちゃんはこの学校に合格し臨床検査技師の資格を取得し今は検査技師として仕事をしている。
コロナ禍にあってオンラインでの授業を採用せざるを得ない状況になっている。やってみるとオンラインで結構いろいろなことができることに気付く。もしかしたら学校そのものがバーチャルな存在であっても良いのではないかと言う意見も当然出てくるだろう。物理的な学校の存在意義を挙げるとするならば、そこに集まる人がぶつかり合いながら傷つき悩み次のステージに上がって行くこと、だと思う。