警察に捕まった話

ふたりの女子生徒

高等学校で担任をしている頃の話。その年は珍しく2年生を受け持っていた。高校で担任をするときはほとんどが3年生だったので2年生を受け持つのは久しぶりだった。この学年は中学生の時に、自分も中学の担任をしていたので全員ではないが半分近くの生徒を受け持った経験がある。中学時代はなかなかユニークな学年であった。とにかく楽しむことが大好きな男子としっかり者が多い女子。集団で行動するときは女子がリーダーになることが多かったが男子もそれをすんなり受け入れていた。女子が男子を諭す場面も多く精神的には女子の方が2歳ぐらい年上のように感じた。高校ではその反動が出たのか女子の方が賑やかで楽しいことを好むようになっていた。この学年の女子にanとrieがいた。ふたりとも中学時代に担任した生徒だ。当時は楽しいことが好きだけど基本的に真面目なanとルールが大嫌いなrieだったがこのふたりがとても仲が良かった。学校のルールから外れようとするrieをanがサポートするような関係ではあったが精神的にはrieの方がお姉さんだった。ふたりとも家庭的に少し満たされないところがありその辺も意気投合した理由なのかもしれない。高校2年生の時にこのふたりが同じホームルームになった。ただ、私のクラスではない。隣のクラスだった。しかし何かにつけてふたりは私のところによく来ていた。色々なくだらない話しをしてくれる。くだらない話だがとても面白いのでこちらも引き込まれてしまう。実はこのふたり、話しがとても上手なのである。嘘や空想の話も実話のように感動的に話すことができるため素人は簡単に騙されてしまう。私は関わりが長いので彼女たちの嘘の話や偽りの涙を見破ることができる。そんなふたりだけど憎めない、大切な存在であった。

学校脱出

本校は土曜日の午後、何も活動がない生徒は夜まで暇になる。その代わり日曜日は朝から授業になる。ある土曜日の午後、このふたりは山奥のこの学校から抜け出してバスと電車を使って少し大きな街まで無断で外出した。勿論これは校則違反であり、無断外出をした時点で停学以上の重い指導になってしまう。anとrieがそんなことをしているとは考えてもいない自分に、夕方電話が掛かってきた。その街(市)の警察署から。「anさんとrieさん、おたくの学校の生徒さんで間違い無いですか?」と唐突に生徒の名前を出してきた。「はい、間違いありません」「で、あなたが担任の○○先生ですね」…違う、彼女たちは隣のクラスの生徒で自分のクラスでは無い。しかし警察からの電話ということは彼女たちがまた嘘をついて私を担任と言っているに違いない、と昭和38年製のカンピュータが瞬時に答えを出したので「確かに私が担任です」と答えた。警察の話によると彼女たちはその街まで行き好きなものを食べたりして過ごしていたらしいが最後に万引きをしたとのことだった。お店の人がそれを見つけすぐに警察に通報したとのこと。とにかくすぐに車で彼女たちを迎えに行った。警察では散々絞られたようでうつむいて反省している様子のanとrie。警察も「かなり反省をしているようです…」と言っていた。が、恐らくそれは違う。面倒なことになったとは思っているが反省はしていないはず。警察官に「騙されていますよ」と言いたくなった。このまま説教をされて済むものと思っていたがそうはならなかった。お店が正式に被害届を出すと言うことで彼女たちから事情聴取をすると言う。今日はしないがこれから毎週日曜日にその警察にくるよう命令された。勿論、担任と思われている自分も一緒にである。

警察での取り調べ

とにかくこの問題をどのように解決するのが良いことなのかを考えた。無断外出をしているだけで停学以上の指導、しかも万引きで警察のお世話になっているとなれば退学は避けられないかもしれない。退学は避けたかった。とりあえず校長先生に相談した。当時の校長先生は自分を教員に引っ張ってくれた、授業中に居眠りをする物理のA先生だった。ふたりの間には特別な信頼関係があった。だから校長に問題の全てを話し、退学にならないように解決したいと自分の気持ちも伝えた。校長も理解してくれ「お前の好きなようにやってごらん。フォローはする。そして最終的な責任は取ってあげるから心配するな」と言われた。とりあえず校長以外には内緒で毎週警察署に行くようになった。お弁当持参で来いと言われていたのでコンビニでお弁当を買って警察に行く。取り調べは3人別々に同時進行で行われる。所要時間はだいたい4,5時間。結構な長期戦である。「こんなことも聞くのか?」と言う質問もあった。「それは学校としての守秘義務がありますのでお答えできません」と彼女たちの家庭環境について答えを拒否する場面も多くあった。そんなことが4週間ほど続いて調書ができた。それを今度は警察の方から学校に出向き調書を読み上げ間違いがなければ署名をさせられる。学校に警察が入ると物々しくなるので学校のゲストルーム(校舎棟からは離れたところのある)で校長、anとrieと私の4人が警察官3人を迎える形で面談した。結局家庭裁判所は免れた。とりあえず警察との問題は解決した。勿論学校として問題発生の翌日には当該店舗には謝罪に行っている。あとは彼女たちに対する学校の指導をどのようにするかを決めなくてはならない。

anとrieの指導

彼女たちは家庭的に満たされない部分があり、停学で家に帰したところで親御さんの協力が得られる可能性は極めて低かった。結局校長宅と私の家でふたりを謹慎させることにした。学校には「anとrieの日常的な行動が良くないので問題を未然に防ぐと言う意味で校長と私の家で預かり数日間様子をみる」と校長が説明してくれた。未然に防ぐ、ってもうすでに警察まで行っているのにと内情を知っている身としては笑ってしまうような理由であった。万引きと無断外出と言う問題であるがこの問題をある程度解決するまでに6週間以上の時間が掛かった。学校のルールの中だけで解決しようとすると、どうしてもうまくいかないことがある。ルールを定め懲罰としての量刑を考えることは難しくない。しかし難しくないのは教員の方で、難しくないから教員は生徒が問題を起こしても悩まず思考を停止したままで指導ができる。しかしここに生徒の生い立ちや適性を考える「感情」が入ってくるときに教員は悩む。生徒が問題を起こしたときにはそれ以上に悩むことが教員の責務だと考えている。そうしないと生徒はそこから成長していけない気がするのだ。生徒に対する「愛」を優先したとき、やはり悩むと思う。この悩みこそが教育現場には必要なのだと思っている。現在、教員免許は10年毎に更新を受けなくてはならない制度がある。2年間の猶予があるがその間に必要な単位を取るのである。自分は更新時に教頭だったのでこの更新講習を受けたことはないが妻の更新講習を一緒に放送大学で受けたことがあった。正直な話、これが何の役に立つのかよくわからなかった。全てが不要とは思わないが教育現場に欠けているもの、或いは教員に欠けているものを補う講習ではないと思った。「とりあえずこんなことでもやってみましょう」程度の講習である。この講習を受けたところで日本が抱える教育問題の根幹にメスを入れることは決してできないと思った。教育ってもっと単純だし、もっと奥深いはずなのに。文科省がそもそも教育を理解していないのではないかと思ってしまう。