一次試験合格

緊張から喜びへ

この一年、ずっと数学の受験勉強をみてきたAさんが昨日電話をしてきた。自分からもしようと思っていたが迷惑になるかもしれないと思っているところに彼女からの電話だった。緊張のあまり心臓が飛び出そうだというので掛けてきたのだが、今までのことを振り返りながら、神様が如何にAさんを愛し導いてくださったかを話し合った。高校を中退して検定試験で大学受験資格を得たこと、志望校が決まりこれから勉強を頑張ろうとしている時に特定難病疾患にかかり死線をさまよう経験をしたこと、家を飛び出し昔の卒業生のお宅に居候して受験勉強を続けたこと、生命の危機を感じ疎遠だった実の父親と連絡をとったがその後関係が改善したこと等々。本当に波乱万丈だった。これからも色々なことがあるのかもしれないが、とにかく今までが壮絶だった。まだ19歳の子が経験しなくてはいけないことなのか?と疑問をもってしまう出来事ばかりだった。自分の同級生が不自由なく高校を卒業しそのまま推薦で都内の有名大学に進学する様子をみてAさんはどう思っただろうか。自分は彼女の身体的な病の癒しを祈るとともに、心が癒されることをずっと祈って来た。昨日、一緒に祈った後いくつかの聖書の言葉を彼女に送った。そして今日も早朝から彼女のことをずっと祈っていた。朝7:30に「今から出発します」とLINEが届いたがとても切ない気持ちになった。幸い、かつての卒業生でAさんに衣食住を提供してくれているNさんが試験会場まで同行してくれるのでそれだけが救いだった。自分は仕事が休みの日だったが、業者さんが来られるので平常通り出勤し仕事をしていた。仕事中もずっと祈っていた。「今は国語の試験かな?」などと彼女から聞いていた時間割を気にしていた。そして午後になって「試験が終わりました。国語が結構難しくて苦労しました。でも数学はわからない問題が1問だけ、あとは全部解けました」とLINEが入った。2次試験である面接のために、今日中に筆記試験の合否が発表されるシステムになっている。

祈りながらその時間を待っていたが17時過ぎにAさんから電話があった。かなり興奮した様子で「先生、合格しています・・・」と絶叫していた。見間違いかもしれないので、といって合否の掲示と受験票の写真が送られて来た。間違いない。確かに合格していた。

神様のご計画

まだこれから2次試験があるので油断は禁物であるが、1次合格者はほとんど2次も合格するとの情報があったので少し安心している。

彼女から1次合格の報告を聞いて喜ぶ間も無くすぐに神様に感謝の祈りを献げた。Aさん、泣いていた。

日本人の父親とフィリピン人の母親の元に生まれたAさんは今まで多くの苦労を重ねて来た。両親の離婚、そして新しい父親との同居、経済的困窮、兄の死、中学校時代のいじめや母親からのネグレクト等々。厳しい環境の中で、ただひたすら神様だけを見つめて、神様に自分の人生をお献げすることだけを考えそれを支えにして来た。できればクリスチャンナース、国際看護師になってイエス様の右手として働きたいと考え進路を決めた。これまでも苦労が、何か一つに繋がったように感じた。人に寄り添える真の看護師になるために多くの試練が与えられ、それらの状況の中で神様だけを頼りにする訓練をしてきた。恐らく神様はAさんの夢をそのまま叶えたいと、その夢に同意しその道にふさわしい人物になれるように計画していたのだと思う。

これから彼女にどのような道が用意されているのかは分からないが、できればその道が茨の道ではなく平坦で歩きやすい道であることを願いたい。

「神のなされることは皆その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお、人は神のなされるわざを初めから終りまで見きわめることはできない。」

伝道の書 3:11 口語訳

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