虎屋の羊羹

気持ちを表す

毎朝出勤すると既にハウスキーピングの方がお掃除を始めている。自分よりも1時間以上前に出勤して仕事に就いている。タイムカードを押して事務室に向かう廊下でいつもこのスタッフと会う。「おはようございます」とお互い元気な声で挨拶をする。毎日の日課になっている。が、今日は挨拶の後「すみません」と呼び止められた。そして徐ろに袋を渡して来られた。「いつもお世話になって・・・・・」。この連休を利用して東京からお嬢様が帰郷されたという。コロナの影響で2年間会えなかったので少し連休が取れるように手配したことを思い出した。どうやらそのお礼らしい。お礼を言われるほど大したことをしたわけでもないので少し戸惑った。受け取って良いのだろうか、と悩んだ。が、結局受け取ってしまった。後で中を見ると「虎屋の羊羹」だった。自分より6つ年上の方であるが何となく同じ時代の人なのだな、と感じた。というのも、高校生の時に父からあることを教えてもらった。これは決して一般論ではないと思うが共感する人も多少いると思う。「自分の気持ちを伝えるときには必ず菓子折りを用意しなさい。菓子折りなら何でも良いわけではない。迷ったら虎屋の羊羹にしなさい」と教えられた。だから今でもそれを守っている。虎屋は少し高価なので舟和の芋羊羹やあんこ玉にしてしまうこともあるが基本は虎屋である。恐らく自分と同世代のしかも東京の人じゃないと通じない感覚なのかもしれない。今日、久しぶりに虎屋の羊羹をいただいて父の教えを思い出していた。

キリストの手紙

菓子折りとは少し意味合いが違うが聖書の中に面白い表現がある。「キリストの手紙」という表現である。

わたしたちの推薦状は、あなたがたなのである。それは、わたしたちの心にしるされていて、すべての人に知られ、かつ読まれている。 そして、あなたがたは自分自身が、わたしたちから送られたキリストの手紙であって、墨によらず生ける神の霊によって書かれ、石の板にではなく人の心の板に書かれたものであることを、はっきりとあらわしている。
コリント人への第二の手紙3:2-3

パウロはキリストの生き方を模範としている者を「キリストの手紙」と言っている。キリストに従う人は聖霊の感化を受けて行動しているためその全ての行いが人の心に影響を与えると言うのである。自分はまだそう言う存在になれていないがそのようになりたいと強く思う。虎屋の羊羹を受け取った人が相手の気持ちを理解するように、自分の言動でキリストを認めていただける存在になりたいものである。

聖書研究ガイド22年2期6課

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