それでも

脳梗塞

母が脳梗塞で緊急搬送されてから間も無く1週間が過ぎようとしている。これからどうなるのかと不安で、兄弟とまた一人でも必死に祈った。発症から4時間以内ということでt-PA治療も受けられたが祈った結果その治療は受けないことにした。その後しばらく落ち着いていたので、とにかく回復を祈っていた。そして昨晩姉から電話があった。こういう時に複数人でできる電話は本当に便利である。兄弟3人で電話ができた。良く無い報告だった。「前大脳動脈」に新たな梗塞がおこったとこの。ここは大きなダメージが出るところなので状況は厳しくなったとのことだった。
電話を切ってから泣けてきた。

コロナ

先ほど姉から電話があった。また兄弟3人で会話をしたが今回はコロナに感染した、とのことだった。そして重症化する可能性が非常に高いがその際人工呼吸器をつけるかどうかを判断してほしいとのことだった。

必死に祈った結果である。今後のことは全く分からないが、それでも神様が導いておられることを信じている。
お任せするしかない。自分はそれでも神様を信じたい。

今日の御言葉

「あなたがたのうちに働きかけて、その願いを起させ、かつ実現に至らせるのは神であって、それは神のよしとされるところだからである。」
ピリピ人への手紙 2:13 口語訳

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ユダ

会計係

今朝読んだ書物に愕然とした。イエスキリストを銀30シェケルで売り渡した「イスカリオテのユダ」のことが書かれた部分を読んだ。「カリオテ」出身のユダ。イエスを裏切った悪い人、と印象付けられている。反面教師、ユダのようにはならないようにしないといけないと自戒する。イエス一行の会計係として信頼もされていた。また、イエスにどこまでも着いていきたいと信仰を表明する場面もある。しかし、ユダはイエス様を裏切ってしまった。

ユダは生れつき金銭欲が強かったが、しかしかならずしもこのような 行為をするほど堕落しきっていたわけではなかった。貪欲という悪い精 神を育てたので、ついにはそれが彼の生活の支配力となっていた。富に 対する愛着は、キリストに対する愛よりも比重が大きかった。1つの悪 徳のとりことなることによって、彼はサタンに身をまかせ、どこまでも 罪の深みに落ちこんで行ったのであった。
各時代の希望電子版 p757  ユダ

ユダは弟子たちから非常に尊敬され、彼らに対して大きな影響力を持 っていた。彼自身も自分の資格を高く評価し、兄弟たちが判断力におい ても能力においても自分よりずっと劣っているとみなしていた。この人 たちは機会を見てそのチャンスを利用することのできない人たちだと、 彼は考えた。見通しのきかないこんな人たちを指導者にしていたら教会 は決して繁栄しないだろうと、考えた。ペテロは、衝動的で、前後の考 えなく行動する人間だった。ヨハネは、キリストの口から出る真理を大 事にしているが、ユダから見れば金のやりくりはへただった。マタイは、 自分の受けた訓練から万事に正確でなければならないことを教えられて いたので、正直という点に非常にやかましかった。そしてユダからみれ ば、彼はたえずキリストのみことばを瞑想し、それに心を奪われていた ので、抜け目なく先のことまで考えなくてはならない事業をまかせるこ とはできなかった。このようにユダは弟子たちを全部かぞえあげてみて、 もし事務的な才能のある自分がいなかったら、教会はしばしば困難と混 乱に陥るだろうとうぬぼれた。ユダは自分がだれにもだまされない有能 な人間であると考えた。彼は自分こそみわざにとって誉れとなるべき人 間であると自己評価し、いつもそのように言いふらしていた。
各時代の希望電子版 pp758 ユダ

ユダは自分自身の品性の弱さに盲目だったので、キリストは、ユダが 自分の欠点に気づいて直す機会のある立場に彼を置かれた。弟子たちの 会計係として、彼はこの小さな群れの必要に備え、また貧しい人々が困 っているのを助ける立場に召された。過越の部屋でイエスがユダに「し ようとしていることを、今すぐするがよい」と言われた時、弟子たちは、 イエスが食事に必要なものを買うように命じられたか、あるいは貧しい 人々に何かやるように命じられたものと思った(ヨハネ 13:27)。ほ かの人たちに仕えることによって、ユダは無我の精神を養うことができ たのだった。しかしユダは、毎日キリストの教訓を聞き、その無我の生 活を目に見ながら、貪欲な性質をほしいままにしていた。彼の手に渡さ れるわずかな金銭がたえず誘惑となった。キリストのためにすこしばか り奉仕したり、宗教的な目的のために時間をささげたりすると、彼はし ばしばそのとぼしい資金の中から自分自身に支払った。彼自身の目には、 そうした口実が自分の行為の言いわけになった。だが神の御目には、彼 は泥棒であった。
各時代の希望電子版 p759  ユダ

イエス様の愛

ユダは、こんどはイエスの足下に身を投げて、イエスが神のみ子であ ることを告白し、どうかご自分を救ってくださるようにと嘆願した。救 い主はご自分を裏切った者を責められなかった。主はユダが悔い改めて いないことを知っておられた。彼の告白は不義の魂に迫られ、自分の罪 についての自覚とさばきを恐れる思いから出たものであった。彼は自分 が罪のない神のみ子を売り渡し、イスラエルの聖者をこばんだことにつ いて、心の底からの深い悲しみを感じていなかった。しかしイエスは、 非難のことばを出されなかった。主は、あわれみをもってユダをごらん になり、この時のためにわたしは世にきたのだと言われた。各時代の希望電子版 p764  ユダ

自分と同じ

裁判が終りに近づくと、ユダは罪を犯した良心の苛責(かしゃく)に耐 えられなくなった。突然しゃがれ声が法廷にひびき渡り、すべての人々 の心に恐怖の戦慄(せんりつ)を与えた。ああ、カヤパよ、その人に罪は ありません。助けてやってください。その時、背の高いユダの姿が、びっくりした人々の中を突進して行く のが見られた。彼の顔は青ざめ、やつれ果て、そのひたいには大粒の汗 が吹き出していた。彼は裁判長の席に走りよると、主を売り渡した代価 である銀30枚を大祭司の前に投げた。そして、カヤパの衣を力いっぱ いにつかみながら、イエスは死に値するようなことは何もしなかったの だと断言して、その釈放を嘆願した。カヤパは怒ってユダを払いのけた が、混乱してしまって何と言ってよいかわからなかった。祭司たちの不 信行為がばくろされた。彼らがこの弟子を買収して主を裏切らせたこと が明らかとなった。
各時代の希望電子版 p764  ユダ

ユダは自分の嘆願がむだなことを知ると、もうだめだ、もうだめだと 叫びながら法廷から走り出た。彼はイエスが十字架につけられるのを見 ながら生きてはいられない気がした。そして絶望のあまり、出て行って 自ら首をつって死んだ。
その同じ日の遅くに、ピラトの法廷からカルバリーへの途中、イエス を十字架の処刑場へ引っ張って行く邪悪な群衆の喚声と嘲笑がとだえた。 人目につかない寂しい場所を通り過ぎた時、彼らは枯れた木の根もとに ユダの死体を見たのである。それは目をそむけたくなるような光景であ った。ユダが木につるして首をつったひもは、からだの重みで切れてい た。彼のからだは落ちて無惨につぶれ、犬どもがいまそれをむさぼり食 べていた。彼の遺体はすぐ目に見えないところに埋められた。群衆の間 にはあざけりが少なくなり、多くの青ざめた顔が内心の思いをあらわし ていた。イエスの血について罪を犯した人たちの上に、すでに報いがお とずれているようにみえた。
各時代の希望電子版 p765  ユダ

反面教師と思っていたユダがまるで自分であるかのように思えた。朝から書物を読んで愕然としたが、自分の罪深さと無力に目を向けることができた。

39 Paul Inae【私と俺と神様】

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運動方程式

運動方程式とは

多くの高等学校では1学期が終わる時期だと思う。期末試験の最中、或いは既に終わった学校など様々だろうが「物理(基礎)」では1学期で力学の範囲を終える学校が多い。だから1学期の期末試験は「力学」の総まとめ。特に運動方程式が控えているので大変である。多くの高校生が「運動方程式」で物理嫌いになる。物理ほど面白く、また受験科目として選択しても短期間で成績が上がる科目は他に無いと思っているので運動方程式で物理を離れて行くことが勿体なくて仕方ない。教員時代、運動方程式で物理を諦める生徒がいないよう色々な教授法を考えた。今回、長男がやはり運動方程式で苦労していたので少しだけ学習のまとめをつくりまた運動方程式を10分の動画にまとめそれを送った。役に立ったかは分からないが、物理で困っている全ての高校生の力になれる方法は無いかと生意気なことを考えてしまった。

そもそも運動方程式というのは、物体がその後どのような運動をするかを知るために作られた方程式のことである。ニュートンの考えた「力と加速度は比例関係にあり、その比例定数が質量である」との関係、F=maという式によってその関係を表したのだが、これを元に立てるのが運動方程式である。この辺りの説明は、半分以上の高校生に伝わらない。・・・。だから次のように説明する。

運動方程式の立て方

運動方程式はそもそもF=maという力学でもっとも重要な関係を個々のケースに適応させるので

(1)まず「ma=」と書きましょう。物体の質量がMならMa=です。

(2)右辺(=の右側)にはその物体に直接働く力を方向に注意して全て書き出しましょう。

*この時、物体が動く方向を「正(+)」と考えた方が良いですが反対になっても加速度がマイナスになるので心配ありません

(3)1つの物体につき1つの運動方程式がたちます。2物体問題なら運動方程式を2つたて連立方程式として解きます。

*連立方程式といっても、1次方程式で足し算か割り算で文字が消えてしまうことが殆どなので中学1年生の数学の知識で十分解けます。

 

このような説明をする。運動方程式は僅か2つのステップを踏むことでたてられる。ただここで、頭が混乱してしまうのが「直接働く力」が何かである。図のように物体Bに「直接はたらく力」と言われて真面目な高校生は悩んでしまう。物体BにもF(N)が作用すると考える子もいる。或いは力F(N)をM:mに分ける、と考える子もいるだろう。「直接働く力」とは重力や電磁気力など空間を隔てて働く力以外、接触しているものいう。今回の場合、物体Bに直接接触しているのは物体Aでありその力は分からないので例えばfとする。ふたつの物体が離れたりめり込んだりせず一体となって運動するなら物体AもまたBからの反作用を受ける。これもまたfであるが方向が違う。

要するに

Aに関する運動方程式

ma=F-f  ・・・①

Bに関する運動方程式

Ma=f      ・・・②

となる。これを連立させて解くと

(M+m)a=F

   ∴ a=F/M+m (m/s^2)となる

運動方程式はパターンで覚える

運動方程式の問題がたくさんあるけれど、基本的なところでは4つないし5つのパターンに分類できる。

(1)ひとつの物体に力が働く場合

(2)ふたつの物体が連結されている場合

(3)ふたつの物体が定滑車を通して鉛直方向に運動する場合

(4)ふたつの物体が鉛直方向と水平方向に運動する場合

(5)斜面の問題

この5つのパターンを正確に覚えてしまえば、そのほかの問題はこれに摩擦があるとか斜面上で2物体になるとかその程度の応用しかない。

物理

実際に机上の計算で解けるほど実際の自然現象は簡単でない。複雑という意味ではなく、そのほかの要素が影響するという意味である。例えば空気の抵抗や発熱作用など。しかし、運動方程式を考えて行くうちに、その物体にはどのような力が働いているかが見えてくる。そのひとつでも見逃したら正確な運動方程式を立てることはできない。

自分の信仰生活を振り返った時に、神様に関する正確な情報を全て思い出せず神様を誤解してしまったことがたくさんあったことに気づかされる。聖書を読むにももっと正確に、きちんと心に刻みこむようにしないといけない。

しかし焔の光がペテロの顔を照らすと、戸口のところにいた女がさぐ るような目付で彼を見た。彼女はペテロがヨハネといっしょにはいって きたのを見ていた。女はペテロの顔に落胆の色をみとめ、彼がイエスの 弟子であるかも知れないと思った。この女はカヤパの家族の召使いの 1人で、知りたがりやであった。彼女はペテロに、「あなたも、あの人の 弟子のひとりではありませんか」と言った(ヨハネ 18:17)。ペテロ はびっくりして、まごついた。居合わせた人々の目がたちまちペテロに 釘づけにされた。ペテロは女の言っていることがわからないようなふり をした。しかし女はあくまでもこの男はイエスといっしょにいたとまわ りの人たちに言った。ペテロは返事をしないわけにいかないような気が したので、怒って、「そんな人は知らない」と言った (マタイ 26:72)。 これが最初の拒否であった。するとすぐににわとりが鳴いた。ああ、ペ テロよ、こんなにたちまち主を恥じるとは。こんなにたちまち主をこば むとは。
各時代の希望電子版 p751  アンナスの前とカヤパの邸で

37 Yoshie Hinata【私と俺と神様】

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ゲッセマネ

祈り

いつも読んでいる書物で「ゲッセマネでのキリストの祈り」を読んだ。引き込まれる文章で自分もゲッセマネにいるような気がした。ゲッセマネには一度行ったことがある。前を見れば正面には神殿がある。そしてエルサレムの市街が見える。この場所でイエスキリストは十字架にかかる最後の準備である祈りをささげられた。全人類の罪を背負うこと、罪の恐ろしさを考えたときに父なる神様から見捨てられるのではないかと不安になり、それが苦しみの元凶となった。自分のためにも祈ってほしく3人の弟子を同行させた。が、連日の疲れからかペテロ、ヤコブ、ヨハネはいつの何か眠ってしまう。それを嗜め、「祈りなさい」と促すもまた居眠りを始めてしまう。こんなやり取りを3回繰り返す。

苦悶

書物を読んでいたら、イエスキリストがこのゲッセマネでどれほど大きな苦しみを味わったかがよく理解できた。キリストの精神的苦悩は十字架よりもむしろゲッセマネの方が大きかったのではないかと思ってしまう。そこまで苦しみ抜いて何がしたかったのだろう。何のために苦しんだ末に命をも投げ出してしまったのか。これが、もしもわたしのためというならこれほど愚かで無駄な行為はない。キリスト教はこのような愚かな行為で愛を示したイエスキリストを信じることが根底にあり、またそれが全てである。

両親を離れて

両親を東京に残して、今青森に向かう車中にいる。今後のことを決断しないといけない。何から手をつけて良いのかもよくわからない。将来は暗闇に閉ざされているようにも感じるが、最善の道が用意されている事を信じたい。いや、最善の道を用意してくださる方を信じたい。

戦いが終りに近づくにしたがって、他世界の聖者たちと天のみ使たちは熱心な関心をもって見守っていた。サタンと悪天使たち、すなわち背信の大軍が、あがないの働きにおけるこの大危機を熱心に見守った。善と悪の両勢力は、キリストの3度くりかえされた祈りにどんな応答が与えられるかを見ようと待った。天使たちはこの聖なる受難者の苦しみをとり除いてさしあげたいと願ったが、そうするわけにいかなかった。神のみ子にとってのがれる道はなかった。すべてのことが危険に瀕し、神秘の杯が受難者の手でふるえているこの恐るべき危機に、天が開け、一条の光が嵐の暗黒のようなこの危機の時を照らし、サタンが落ちたあとの地位を占めて神のそばに立っている大いなる天使が、キリストのかたわらにやってきた。この天使はキリストの手から杯を取り去るために来たのではなく、キリストがそれを飲まれるのを力づけるために、天父の愛の確証をもってやってきたのであった。彼は、神と人であられる嘆願者イエスに力を与えるためにやってきた。彼は開いている天をキリストに指さし、キリストの受難の結果救われる魂について語った。天父がサタンよりも偉大で強力であられるということ、キリストの死の結果はサタンの完全な敗北であること、この世の王国はいと高き神の聖徒たちに与えられることをキリストに保証した。キリストはご自分の魂の苦しみ<を見て満足されるであろう、なぜなら多数の人類が救われ、しかも永遠に救われるのを見られるからであると、天使はキリストに語った。
各時代の希望電子版
p734  ゲッセマネ

私と俺と神様  Keiko Suga

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止まった時間

家主のいない家

仙台を経由して実家に戻ってきた。父は母の入院先である阿佐ヶ谷の病院近くから実家に戻ってくるが自分の到着の方が早かった。先ほどまで人が生活していた痕跡が随所に残っている。痕跡というより、ただ少しだけ買い物に出掛けて留守にしている、という状態だった。完全に時間が止まっている。家が家主をひたすら待っている。自分には殆ど思い出のない家だけどもうここでは生活できなくなるかもしれない両親のことを思って涙が流れた。

支え

父が戻ってきた。数日実家を離れていただけだがとても嬉しそうにしていた。ただ、「頭の中が空っぽになっちゃって、何も分からないんだよ」と寂しそうに言った。確かに、洗濯をするために着替えさせようとしたが下着がどこにあるのかが分からない。2人で色々と探してみた。母がきちんとタンスに分かりやすくシールを貼ってくれていたからしばらくして見つかった。

「お母さんがこんなことになったから、これからどうなるかね。この家には住めないのかな」と言って俯いてしまった。認知症の母に代わって父が薬の管理や次回の受診日把握などをしていた。父にとっては、母を支えることはとても大変なことだけど、しかしそれが父を支えていたのかもしれない。だから母とわかれてすっかりせん妄状態になってしまったのかも。

母は母で、うまく喋れないのに家に帰りたいと訴えて泣いているらしい。この2人を施設に入居させることは無理だと直感した。

自分にもしも在宅でできる仕事があれば両親と同居できるのだが。兄弟の中で最も転職できそうなのは自分である。しかし、一方で兄弟の中で最もお金が必要なのもまた自分である。在宅ワークで生活できるのかは分からないが、とにかく神様に祈り始めた。

イエス様が一緒

この先の展開が全く分からない。どうなるのか不安もあるが、それを払拭するために祈る。しばらくは良いがまた不安になる。そして祈る。そんなことをずっと繰り返している。

ただ、今日読んでいた書物に凄いことが書かれていた。

どんな時にも、どんな場所でも、どんな悲しみにも、どんな苦しみにも、前途が暗く将来が困難に見えて無力と孤独を感じる時にも、信仰の祈りに答えて、助け主が送られる。この世のすべての友から離れるよう な事情が起こるかもしれない。しかしどんな事情もどんな距離もわれわ れを天の助け主から離れさせることはできない。どこにいようとも、どこへ行こうとも、主はいつもわれわれの右にあって、力づけ、助け、ささえ、励まされる。
各時代の希望電子版 p710  あなたがたは心を騒がせないがよい

「一緒にいる」、「あなたを離れない」、「あなたを捨てない」、こんな言葉を読んだだけで泣けてくる。

私と俺と神様 Mugi Kinoshita

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平安

目次
  1. 24
  2. 平安

24

神様がご自身を表し自分との約束を果たして下さった、ハレルヤ!と投稿してから24時間後、思いがけない連絡があった。昨晩23時過ぎに兄弟のLINEに着信があった。いつもはテキストでやり取りをしているが電話だった。少し胸騒ぎがした。電話に出ると、姉が看護師らしく淡々とまた的確に報告してくれた。

母が19時半頃、急に呂律が回らなくなり何を喋っているのか分からない状態になった。直ぐに救急搬送してもらい先ほど検査結果が出た。脳梗塞とのこと。今ならギリギリt -PA治療ができるがどうしたら良いか、とのことだった。血栓を溶かす点滴のようだが治療中に血管が破れる可能性もあるとのこと。危険性は17%だが基礎疾患があり多くの薬をのんでいる母はもう少し高い確率で血管の破裂が想定されるらしい。姉と弟が逆の判断をしていた。自分は全く分からなかった。長男だがこう言う局面に極めて弱い。あなたはどうなの?と姉から言われて、意を決して言った。「全く分からなない。申し訳ないけど、祈らせて欲しい」と言って3人で心を合わせて祈った。もう高齢で諦めもつく年齢ではある、が自分達子どもにとっては絶対に失いたくない命。どうか神様があなたの方法で癒してください、と必死に祈った。3人の心がひとつになった気がした。

自分が生まれて58年間、弟も生まれ子どもが3人になって54年間、食卓の祈り以外で3人だけで心を合わせて祈ったのは初めてかも知れない。

平安

何もできないけれどとりあえず東京に向かった。

途中で姉から電話があった。電話ができないので仙台駅で降車してまた3人で話した。血栓を溶かす治療はしなかったが今のところ容態は落ち着いているとのこと。認知症の影響もあり昨晩はせん妄で看護師さん方に迷惑をかけたようだ。

父の十分ではないが、おおよその状況を把握しているとのこと。父が3人で祈ってくれたこと、父の知らない間に母が亡くなるような治療を選ばなかったことを感謝していたと言う。

神様、ハレルヤ、と言って24時間後に全く期待していなかった方向に導かれたが恐らくこれが神様の最善の方法なのだろう。不安がないと言えばうそになるが、でも平安である。これからが大変だけどとにかく神様を信頼して行こう。

「しかし感謝すべきことには、神はわたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちに勝利を賜わったのである。」
コリント人への第一の手紙‬ ‭15:57‬ ‭口語訳‬‬

「神には、なんでもできないことはありません」。
ルカによる福音書‬ ‭1:37‬ ‭口語訳‬‬

Eriko Han  私と俺と神様

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約束の成就

祈り

このところ色々な問題が重なって起きている。教会のこと、両親のこと、夫婦のこと、夏休みの子どもとの約束、仕事のこと等々。祈れば祈るほど状況が悪い方向に進んでいくように思えた。いつものことである。こういう状況には慣れているがそれでも心が騒がしくなり絶望にも似た気持ちになってしまう。「神様が祈りを聴いてくださっていることを信じています。でも、熱心に祈れば祈るほど、あざ笑うかの様に道が閉ざされるのは何故ですか?」と毎晩車の中で叫びとも祈りともつかない声を上げる。イエス様の約束は確実だし「わたしはあなたを決して離れない」と約束してくださっているから、自分の不信仰が問題なのはよくわかっている。しかし次から次へと立て続けに色々なことが起これば、やはり穏やかではいられない。こういう状態になると、待ってましたとばかりにサタンは熱心に働く。いつものパターン。自分の耳元で囁き続ける。

「お前の祈りが聞かれるとでも思っているのか。聖書の約束は正しい。しかし、それはお前に対する約束ではない。あれは神がヤコブに約束したことだ。それを鵜呑みにして自分に適応するとはおめでたい奴だ。」

神様の約束を否定した後で更にこう囁く。

「お前は今までどれほど多くの人を傷つけてきたのか。お前がイエスキリストを証しすれば、それこそキリストの顔に泥を塗る行為だ。今まで人に掛けた迷惑を全部思い出してみろ。お前に良心があるなら、生きる価値の無い人間であることが分かるはずだ。これ以上人を傷つけるな。これ以上キリストに恥をかかせるな。無価値な者らしく、ユダの様に自分の最期は自分で決めろ」

毎回この囁きが続く。そして

「そんなはずはない。自分には確かに価値はないけれど、価値があると言ってくださるイエス様がいるのだ」

と必死に抵抗する。

願い

一昨日の祈りから一夜明けた昨日。正直なことを言うと、朝、目覚めたことが少し悲しかった。でももう一日生きなくてはならない。朝の祈りでひとつのことを神様にお願いした。

「自分には神様が見えにくくなっています。神様が必ず一緒にいてこの試練の時を乗り越せさせてくださることを明確に示してください。今、自分は無価値な者だと自覚しています。しかし、もしも神様が共にいてくださるなら、今日わたしを必要としてくださる方に出会わせてください。その人にイエス様の話ができます様に・・・」

とお願いした。

しかし、何も起こらなかった。

思い当たること

何も起こらなかったけどひとつだけ心に引っかかることがあった。それは一本の電話である。夕方、沖縄の市外局番から電話があった。「弁護士?」と思って電話にでると、「家庭教師のトライ」であった。この業者は一生懸命なのかもしれないがとにかく執拗な勧誘をしてくる。何度断っても電話をかけてくる。電話とメールによる攻撃が1年以上続いている。ネットでも家庭教師のトライは問題になっている。こちらの情報を全て抹消するようお願いしても応じてくれない。着信拒否をしても無駄である。電話番号を30個以上持っていて固定電話、携帯電はなどを使いまわして執拗に攻撃してくる。とにかく、家庭教師のトライに絶対に個人情報を流さないことをここで強く勧めたい。話が逸れたが、電話の主が家庭教師のトライだったので、相手に喋らせる隙を与えず「お願いですからこちらの個人情報を抹消してください。以前から何度もお願いしています。抹消しないなら然るべきところに相談します」と語気を荒げて言った。相手はせせら笑っていた。

夜になって祈りながら自分の心がまだ聖霊様によって変えられていないことを痛感した。すぐ怒り感情的になってしまう。家庭教師のトライに対してとった自分の態度を恥じた。もしかしたら不遜な態度で、どんなに訴えてもせせら笑っていた家庭教師のトライのあの人が、自分がイエス様の話をすべき相手だったのでは無いか、と思ったのだ。「靴屋のマルチン」のような感じである。

その時

翌日(今日のこと)も本来は休みだったが同僚がコロナに感染したので出勤することが決まっていた。なので少し早めに寝ようと22時にお祈りをしていた。

「神様、イエス様が共にいてくださる印として自分を必要としてくださる方を与えてくださいとお願いしました。しかし、何も起きませんでした。もしもあの家庭教師のトライがその人であったら、わたしはとんでも無い罪を犯しました。何も起こらなかった、となればイエス様が共におられないことになるので、あの家庭教師のトライがその人だったと思うことにします・・」と祈って少しだけ本を読んで電気を消した。

そんな時、枕元の携帯がLINEの着信を知らせた。卒業生のMさんだった。

(Mさん)「最近、イエス様が本当にいるのかどうか分からなくて苦しんでいます」

(自分)「同感、自分も今の今までイエス様がいるのか少し分からなくなっていたけど、このLINEでイエス様がいることを証明してくれたよ」

ことの経緯を伝え、彼女がなぜイエス様を見失ったかを聴き、アドバイスはできなかったので一緒に聖書の言葉を分かち合った。

このLINEを偶然、という人もいるだろう。恐らく殆ど全ての人が偶然と言うと思う。とても小さな出来事、偶然と簡単に片付けることのできる事だと思うが、自分にとっては命の経験であった。

山積した問題は解決しないばかりか益々悪い状態になっているけど、全宇宙を創造したイエス様が一緒にいてくださることを示してくれた経験である。

不和の原因がほかにも起こっていた。食事の時には、しもべが客の足 を洗うのが習慣だったので、この場合も足を洗う準備ができていた。足 を洗うために水差しもたらいも手ぬぐいも用意されていた。ところがし もべがいなかったので、弟子たちがその役を果たす立場にあった。しか し弟子たちはそれぞれ誇りを傷つけられたという思いに負けて、誰もし もべの役割を果たすまいと決心していた。みんなは平然とした無関心さ をよそおい、自分たちがすることがあることに気がつかないふりをして いた。沈黙することによって、彼らは自分を低くすることをこばんだ。
各時代の希望電子版 p682  しもべの中のしもべ

2022年7月2日 青年礼拝

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原点

楢葉の思い出

少し前からアルバムの整理をしている。今と違って写真はプリントして台紙に貼る時代が長かったので100冊を超えるアルバムがある。写真を一枚一枚剥がす。これからデジタルデータ化するかは思案中だがとにかく写真を残してアルバムそのものは処分したい。そんな気持ちで始めたが懐かしすぎて作業が進まない。何も知らないで笑顔で写る自分に対して将来はこうなるよ、と教えてくなる。笑っていられるのも今のうち、と言ったところだろうか。

色褪せる写真がより一層過去の記憶を鮮明にする。これからも懐かしい写真がたくさんでてくることだろうが、楢葉で過ごした中学生活を思い出させる写真が見つかった。自分の通った中学校は全寮制の学校だったがはじめは千葉県にあった。今は「袖ヶ浦」と言っているが、自分がいた頃は「長浦」とか「楢葉(ならは、ならわ)」と呼ばれていた。中学2年に進級するときに広島県賀茂郡(現在の広島県三原市)に移転したため千葉で過ごした時間はたった1年であった。が、この1年がとても印象深く心に残っている。「大草原の小さな家」を思わせる小高い丘があり、洋風の建築物に異国情緒を感じていた。芝生とその間に設けられたサイドウォーク。ミッションスクールで外国からの宣教師や海外生活経験者が多かったことから随所に米国の雰囲気があった。東京都板橋区には無い雰囲気に圧倒される毎日だった。かなり長い期間、ホームシックに苦しんでいた。学校は好きだったけど家族と離れていることに違和感を感じ続けていた。高校に姉がいたので土曜日の午後は姉に会いに行っていた。寂しかったけれど、先生方の信仰心には常に圧倒されていた。自分が「預言者の学校」を実現させたいと思ったのは、実は自分が育った中学校の経験が大きく起因している。変な言い方だが、先生方は本気で神様を信じていた。人生をかけていることが、ホームシックに悩む中学1年生にもよくわかった。イエス様と同じように生きていらした富永校長先生、信仰があれば何でも可能なことを実物教訓として教えてくださった近藤先生はじめ全ての先生が信仰生活の模範だった。預言者の学校だから、先生方も全員預言者でなくてはならない。先生方はそれを自覚しておられたのだと思う。

責任

人に影響を与えられる生き方は素晴らしいと思う。「インフルエンサー」のことではない。口先や書いた文章で影響を与えるのではなく生き方を通して周りの人を励まし、支え、そしてイエスキリストに導ける人。自分はそういう人物になりたい。なかなか実践できないが「あなたの隣に、あなたを決して離れないイエス様がいます」と言って共に祈れる人になりたい。真理を知っている自分が負っている責任は計り知れない。

今日読んだ書物に次のような言葉があった。

どの魂にも責任が負わされている。大牧者イエスは、1人1人に、「あなたに賜わった群れ、あなたの麗しい群れはどこにいるのか」と要求される(エレミヤ 13:20)。「主があなたを罰されるときあなたは何と言うであろうか」(エレミヤ 13:21・英訳)。
各時代の希望電子版 p679  わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者

自分の責任に対して誠実、忠実でありたい。

25 Ryoko Furuya【私と俺と神様】

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誕生日

7月13日

今日は長男の誕生日。16歳になった。長男が誕生した頃のことを思い出していた。前日12日の20時頃から陣痛がはじまり病院に向かった。破水しかけてはいたが妻も会話ができるほど元気だった。大きな病院ではなく個人病院だが全室個室で食事も含めて行き届いているのが気に入り、出産場所を選んだ。出産前は毎月の検診でもらうエコー写真とビデオが楽しみで仕方なかった。今は違うシステムだと思うが16年前のその病院は定期検診にVHSのビデオテープを持って行くとエコーの画像を録画してくれた。一生懸命生きようとしているお腹の子が愛おしく、また健気だった。妻はすでに子どもと一緒だが自分は彼が誕生するまで一緒になれないので誕生が待ち遠しかった。当時は教員だったが、期末試験が終わった頃で採点も済ませコンピュータ入力も済ませていたので出産までずっと付き添うことができた。日付が変わった頃から陣痛の周期が短くなり分娩室に移った。自分は個室に残されたがただひたすらふたりの無事を祈り続けた。そして4時35分。ついに長男が誕生した。本当に嬉しかった。妻の愛おしそうに、そして丁寧に優しく我が子を抱く表情に感動した。母親と子どもの神秘的なつながりを見た気がした。

性格

子どもは順調に成長した。テレビを観ず、カードゲームやコンピュータゲームなどの一切をさせなかったので小学校では友達の話題についていけなかった。自転車、サッカー、釣り、キャンプ、バイオリンと父親が好きなものばかりを好んだ。必要最小限の勉強しかさせなかったので高学年から少し苦労していた。親バカだが、性格は人一倍優しく素直だと思う。その性格を表す2つのエピソードがある。

エピソード1
小学4年生の時、長男が欲しがるNIKEの靴を買い与えた。我が家としてはかなり大きな出費だった。長男もその靴をとても喜び大事にしていた。寝るときには枕元に置き、なかなか外では履かなかった。プレゼントして3,4日後だったと思うが、海外の困っている子どもたちを助けるために古い服や靴を回収するイベントがあった。ちょうど私たち夫婦が教会の用で不在だったところにその回収が来たようである。いらない服や靴と言われても長男には分からない。そしてあろことか長男はお気に入りの靴を差し出してしまった。あとから、「どうして大事な靴をあげたのか」と問い詰める母親に「いらない靴じゃ可哀想。大事な靴だからあげようと思った」と泣きながら応えた。

エピソード2
次男が生まれ4人家族になったが、次男は1歳頃から体調不良が続いた。具合が悪くなれば家から1時間半近くかかる広島市内の県立病院に行く。この日も夜から次男の様子がおかしくなった。いつもなら迷うことなく病院に行くのだがその日は妻が実家に帰って不在。次男を病院に連れていけば長男も同行させなければならない。実は長男はその頃車酔いがあった。助手席に座らないと酔ってしまう。助手席でも調子悪くなることが間々あった。長時間長男を同行させることが良いことなのか悩んでいるうちに次男の様子がどんどん悪化して行く。仕方がないので、既に寝ていた長男を起こして事情を説明し病院に向かった。途中嘔吐する次男が気になり何度も車を止めて後部座席の次男を介抱していた。そんなことを何度も繰り返しているうちに、当時小学1年生の長男が泣きながら後部座席に移動した。危ない、と制した。そして「後ろに座ったら酔っちゃうでしょ?」と言うと「パパはずっと運転して。僕は酔ってもいいの。早く病院に行ってあげないと○○(次男も名前)が可哀想」と泣きじゃくっていた。

今は思春期ということもあり昔ほど自分の気持ちを話さないが、それでも不安になって泣いて電話をして来たり離れて暮らす次男のことをいつも心配していてくれる。そして家族のことをいつも考えてくれる優しい子である。

願い

今日は食事をしないで祈ることにした。家族の誕生日にできることはこれぐらい。とにかく、世の中の価値観ではなく神様に従って生きて欲しい。そのことをひたすら祈った。今は会えないけど、心から誇りに思う大切な子である。

このような素晴らしい子と出会わせ、自分に託してくださった神様に心から感謝したい。

世のすべてのものが激動している。時のしるしは険悪な兆候を示して いる。きたるべき事件が影を前方に投げている。神のみたまは地から引 き上げつつあり、海と陸に次々と災害が起こっている。嵐、地震、火事、 洪水、あらゆる種類の殺人が起こっている。だれが将来を読むことがで きよう。どこに安全があるだろう。人についても、この世についても保 証は何もない。人々は自分の選んだ旗の下に急いで参加している。落ち つかないで彼らは自分たちの指導者たちの動きを待ち、見守っている。 主の現われを待ち、見守り、そのために働いている人たちがいる。もう 一方の種類の人たちは最初の大背信者の統率下に参加している。避ける べき地獄と獲得すべき天国とがあることを全心全霊から信じている人は 少ない。
各時代の希望電子版 p671  オリブ山上で

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安倍晋三元総理

安倍元総理の棺が桐ヶ谷の斎場に向かう場面をネットニュースで見ていた。多くの方々が献花、記帳に訪れ車の通り道にも別れを惜しむ人が沢山いた。官邸や国会議事堂を回っていたのが何かとても寂しく感じられた。総理としての在任期間は史上最長、官邸や国会議事堂はもしかすると自宅より思い出深いところなのかも知れない。外国の首脳陣も多く弔問に訪れていた。報道陣のインタビューで「わが友」或いは「友」という言葉を多く耳にした。彼らが口先だけで言っているのではないことが十分伝わってくる。国を導く、というおよそ想像できないほどの重圧を理解できるのは国内の要人ではなく国外の同じ立場のリーダーであり「友」であったのだろう。本当に残念そうに、また悲しそうに「友を失った」とコメントする様子に心打たれた。

そのような場面で、本当に不謹慎だと思うがニューヨーク(だったか?)の領事館にキッシンジャー氏が記帳、献花に訪れている場面をみて非常に驚いた。自分の無知が恥ずかしかったが、自分はキッシンジャー元国務長官が存命だとは思っていなかった。マスクをしていたのでよくは分からなかったが何となく昔の面影はあるように感じた。

大勲位菊花章

国の定める勲章について全く知識が無い中、安倍元総理が大勲位菊花賞(大勲位菊花章頸飾、大勲位菊花大綬章)を授与されると報道されていた。

大勲位菊花章は日本における最高位の勲章であり大勲位菊花大綬章が明治9年、そして大勲位菊花章頸飾が明治22年に制定されたという。戦後、大勲位菊花章頸飾を受章するのは首相経験者の吉田茂、佐藤栄作、中曽根康弘各氏に続いて4人目だという。

国内外から愛され、非常に大きな働きをされた方であるから当然の褒章である。それにしても、亡くなってからの受勲というのは何か寂しさを感じるし、逆に言えば存命中に受勲してその後の人生で大きな穴をあけてしまう可能性を考えると逝去後の受勲が妥当なのかもしれないとも思う。

借り物

昔、韓国の牧師先生から教えていただいた讃美歌がある。歌詞もメロディーも殆ど忘れてしまったのだが歌詞の意味ははっきりと覚えている。

イエス様はこの地上で何も所有されなかった
得ても自分のものにせずすべて人々に差し出してしまった
全てが借り物の人生
ただ、十字架だけはイエス様のもの
イエス様はこの地上で十字架だけを所有された

このような内容だったと記憶している。

大きな祝福を人類にもたらしたのに、この世で受けた勲章は「いばらの冠」であった。

彼らは神の承認よりも人の称賛を好んだ。非難と恥をまぬかれるために 彼らはキリストをこばみ、さし出された永遠の生命をこばんだ。それ以来幾世紀の間、これと同じことをしている者がどんなに多いことだろう。 「自分の命を愛する者はそれを失い」という救い主の警告のことばは、 このようなすべての者にあてはまるのである(ヨハネ 12:25)。イエ スは言われた、「わたしを捨てて、わたしの言葉を受けいれない人には、 その人をさばくものがある。わたしの語ったその言葉が、終りの日にそ の人をさばくであろう」(ヨハネ 12:48)。
おとずれの時がわからない人たちは気の毒である。ゆっくりと悲しそうに、キリストは宮の境内を永久に去られた。
各時代の希望電子版 p660  外庭で

増上寺 人があふれて“一般献花中止” 安倍元首相に最後の別れ

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