話しを聴けない親

医療現場と教育現場

医療現場は多少の例外はあっても話しをする患者さんとそれを聴く医療者は双方とも同じ方向を向いている。患者さんも自分の状況を伝えようとするし医療者もその声を真剣に聴き何を訴えているのかを聞き分けようとする。こういう現場では理解もしやすいしそうでなくてはならない。しかし教育現場では必ずしもそうならない。必死に訴える生徒に対して真剣に聴こうとしない教員。或いはその逆もあり、教員が一生懸命に生徒の声を聴こうとしているのに生徒の方が心を開けず本音を言わないことがある。医療現場と教育現場の違いは何なのかを考えてしまう。ひとつには信頼、かもしれない。患者として医師の前に出れば目の前の医師を信頼するしかない。しかし教育現場はそうはならない。目の前の教員が信頼できる人物かどうかの品定めからはじまる。

親の悩み

先日、ある保護者さんから連絡があった。お子さんのことで相談があるとのことであった。お子さんの高校進学を機にきちんと向き合おうとしたが、お互いに向き合えなくなっていることに気づき悩んでいるとのことだった。今まで一生懸命に愛情を注いで育てて来られた親御さんなのでそれほど深刻ではないと思ったが親御さんは憔悴しきっている。お子さんからは「自分に意見を言わないど欲しい、自分を否定しないで欲しい」と言われたそうだ。親御さんと話していくうちに少しずつ理由がわかって来た。

子どもの叫び

お子さんとも話した。屈託無くよく話してくれる。苦手意識のある科目もあるのでそのことを話題にすると是非教えて欲しいというのでオンラインで補習授業を行なっている。その中でいくつか見えて来たことがある。このお子さんは、自分の叫び声をきちんと正確に聴いて欲しい、というのがそもそもの欲求であった。しかし、親御さんはそれを解決しよう、或いは問題を回避しようとしてお子さんが話し終わる前に自分に意見を述べてしまう。それが正論だとわかるから、お子さんの方が口を閉ざしてしまう。そのようなことに子どもの方が辟易して、ここにきて爆発しているようであった。

叫びを聴く

親御さんともう一度話した。親御さんも真剣に悩んでおられるので傷つけないように言葉を選びながらお話しした。子どもの話を十分に聴けていないところに問題の根っこがあることを指摘すると親御さんも心当たりがあったようだ。しかし、更に付け加えた。「お子さんの本音は言葉で表現されるとは限りません。多くの場合言葉とは反対の欲求を持っています。お子さんの言葉を丁寧に聴きながら、しかし心を理解することが必要です。少し難しく感じるかもしれませんが、深い愛情をもって育てて来られた親御さんには必ず心の叫び声が聴こえます。だから何を訴えているのかをよく考え心で聴いてください」と。

子どもだけではない。みんな「だれか自分を分かって、理解して」と叫んでいる。

 

「神がご一緒の世界」 大川牧師 第3礼拝 (2022.8.7)

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