信仰の継承

ある牧師先生の死

いつも穏やかで心の底から神様を信頼し神様と共に生きる牧師先生だった。子どもたちもとても穏やかで素直な子ばかりであった。自分は教員としてこの子たちと出会い関わらせて頂いた。そして今でもその親交を続けさせていただいている。自分の理想とする家庭はまさにこの牧師先生のご家庭だった。夫婦関係も子どもの育て方もすべて真似したかった。

この牧師先生が北海道伝道旅行の終わりに自分のいる青森の医院を訪問して下さった。残念ながら自分はお会いすることができなかったが、先生ご夫妻がお帰りになった翌日にこの訪問のことを伺った。この時お会いできなかったことが神様のご計画であったとはいえ今も悔やまれる。

この旅行から自宅に戻られ2日後に先生は倒れた。搬送先の病院でこのままいつ息を引き取ってもおかしくない状況で奇跡的に10日間生き続けご家族を励まされた。実はこの時、先生のお子さんからメールをいただきお父様が倒れて危険な状況なので祈ってほしいと伝えられた。そのメールを受け取ったのが新幹線の中であった。母が2回の脳梗塞を発症しその後コロナに感染し非常に危険な状況であることを知らされ東京に向かう新幹線の中。東京に行ったところでコロナに感染している母に面会することはできない。それは分かっていたが、状況を飲み込めない父を少しでも励ます為にもとりあえず向かった東京。その車内で読んだメールだったので母の事も勿論そうであるがこの牧師先生のためにも真剣に祈った。そして教え子たちが支えられるよう、神様に願った。

数時間、もっても3日と言われた命が奇跡的に10日間支られこの牧師先生はしばらくの眠りについた。生きてご再臨を迎えることが夢だったこの牧師先生の願いは違う形で聞かれた。

信仰の継承

この牧師先生の告別式はオンラインで配信された。自分も視聴させていただいたが寂しさの中にも希望があり、イエス様が確かに生きて働かれることを実感するものだった。そして、今日この息子たちと奥様が教会で「信仰の継承」という証をされている動画を見つけた。視聴しながら何度も胸が熱くなった。家族や愛する人々に真剣に信仰を継承したいと生き続けたこの牧師先生の生き様が立体的に浮かび上がった。本当に感動した。もっと神様を信じないといけない、そう生き方をしたいと強く思った。

アブラハム

今読んでいる書物も今日からアブラハムの生涯に入った。波乱万丈の生涯を送ったアブラハム。多くの富に恵まれ指導者、父祖としても尊敬を集め信仰の父とも評されるアブラハムだがその生涯は決して平坦ではなかった。試みの連続であった。しかしどのような場面においてもアブラハムは神様の言葉を信じ、見えない方の存在を意識して歩み続けた。そして子孫達が神様の道からそれないことを願い祈り続けた。まさに信仰の継承を願った生涯だった。

亡くなった牧師先生やアブラハムの生涯をたどりながら、こんな自分にもまだ家族や愛する人たち特にかつての生徒達に出来ることがあるような気がしてきた。

主は、摂理のうちに、この試練を与えて、服従、忍耐、信仰などの教訓を教え ようとなさった。この教えは、後で苦難に耐えるように召されるすべての人のた めに記録されることになった。神は、神の子らを彼らの知らない道に導かれるが、 神は、神に頼るものを忘れたり、見捨てたりなさらない。神はヨブに苦難がのぞ むのをお許しになった。しかし、神は、彼をお見捨てにならなかった。神は、愛 するヨハネが、パトモスの孤島に流されることを許された。しかし、そこで神の み子がヨハネに会われた。そして、彼の幻は、不滅の栄光に輝く光景で満たされ たのである。神は、神の民が試練に会うのを許される。それは、彼らが神に誠実 を尽くし、服従することによって、彼ら自身が霊的に豊かになるためである。 さらに、彼らの模範によって、他の人々に奨励を与えるためである。「主は言われ る、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それ は災を与えようというのではなく、平安を与えようとするもの」である(エレミヤ 29:11)。われわれの信仰を最もきびしく鍛え、神は、あたかもわれわれを見 捨てられたのかと思わせるような試練そのものが、実は、われわれがすべての重 荷を主のみもとにおろして、それに代えて彼がお与えになる平和を味わうことが できるように、われわれをキリストのそば近くに導くべきである。
人類のあけぼの電子版 p89  神の召しに応じたアブラハム

渡部ファミリーによる証

宜しければこちらのクリックもお願いいたします
↓↓↓↓↓↓↓

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ
にほんブログ村

にほんブログ村 教育ブログへ
にほんブログ村


キリスト教ランキング


プロテスタントランキング


その他ランキング