ヤコブ2

ヤボク川での一夜

騙して長子の権利を奪ったことが罪悪感として消えない。何としても兄エサウに心からの謝罪をして、もしもできることなら和解したいと願ったヤコブ。ついに20年の歳月を過ごしたパダンアラムを出てカナンに向かう。どんな様子であるかを調べるべく先発隊を送った。しかし兄エサウがこちらに向けて兵をだしたことしか分からなかった。赦してくれる確証は全くなかった。むしろ絶望的な状況であった。ヤコブ一行がヤボクの渡しまで来ると彼は家族を先に行かせ自分はひとりヤボクの渡しに残った。全てを神様に委ね、心から悔い改めそしてどうしても助けてもらいたいと懇願するために。

こうして彼らはヤボクの渡しに着いた。そして、夜になったので、ヤコブは家族の者たちに川の浅瀬を渡らせ自分は1人であとに残った。彼は、その夜祈り明 かすことにし、神と自分だけになりたいと思った。神は、エサウの心を和らげる ことがおできであった。ヤコブは、神に頼るほかなかった。

そこはものさびしい山地で、野獣がひそみ、盗賊や人殺しが出没するところで あった。ヤコブは、ただ1人でなんの防備もなく、深い悲しみに沈んで地に ひれ伏した。それは真夜中であった。彼の愛する家族の者たちがみな遠くへ行き、 危険と死にさらされている。彼にとって何よりもつらいことは、彼自身の罪悪の ゆえに、罪のない者たちが危険にさらされることであった。彼は、真剣な叫びと 涙をもって神に祈った。すると突然、力強い手が彼の上におかれた。彼は、敵が 彼の命をねらっているのだと思い、敵の手からのがれようと全力を尽くした。
人類のあけぼの電子版 p150  苦闘の一夜

夜中の格闘

格闘は夜明け近くまで続いた。見知らぬ相手の指がヤコブの腰に触れるや、彼 はたちどころに不具者になってしまった。ヤコブは、この敵がだれであるかがわ かった。彼は天使と戦っていたことを知った。彼のほとんど超人的力でも勝てな かったのはそのためであった。この方は、「契約の天使」キリストで、ご自分をヤ コブに現わされた。不具となり、激しい痛みに苦しみながらも、ヤコブは、彼を 放そうとしなかった。ヤコブは悔いくずおれて天使にすがり、「泣いてこれにあわ れみを求め」、祝福を懇願した(ホセア 12:4)。彼は、罪の許しの確証をどうし ても受けなければならなかった。肉体がどんなに苦痛を感じても、この目的から 心をそらせることはできなかった。彼の決意はますます強く、信仰は燃え、最後 まで耐えぬこうとするのであった。天使は、ヤコブからのがれようとして、「夜が 明けるからわたしを去らせてください」と言ったが、ヤコブは答えて、「わたしを 祝福してくださらないなら、あなたを去らせません」と言った(創世記 32:26)。 もしこれが、ヤコブの高慢無礼で自己過信から出たものであれば、彼は、直ちに 滅ぼされたことであろう。しかし、それは、自己の無価値を告白するとともに、 神が忠実に約束を果たされることを信頼する者の確信であった。
人類のあけぼの電子版 p151  苦闘の一夜

一方エサウは

ヤコブが天使と格闘している間に、もう1人の天使がエサウのところに送られ た。エサウは夢のなかで、父の家から20年の間離れて暮らした弟を見た。また、 彼が母親の死を知って、どんなに悲しむかを見た。そして彼が、神の軍勢に囲ま れているのを見た。エサウは、この夢を兵卒たちに語った。そして、彼の父の神 がヤコブと共におられるから、彼に害を加えないように命じた。
人類のあけぼの電子版 152  苦闘の一夜

主はそこに

しかし、ヤコブの生涯は、罪に陥っても真に悔い改めて神にたち帰る者を、神 は見捨てられないことを証明している。ヤコブが、自分の力をふるって獲得でき なかったものを得たのは、自己降伏と堅い信仰によってであった。こうして、神 は、彼の熱望した祝福を与え得るものは神の能力と恵みだけであることを教えら れた。最後の時代においてもこれと同様である。彼らは危険に当面し、絶望に陥 るとき、ただ、贖罪の功績だけに頼らなければならない。われわれは自力では何 もできない。全く無力で無価値なわれわれは、十字架につけられ復活された救い 主の功績に頼らなければならない。そうするかぎり、だれ1人滅びることはない。
人類のあけぼの電子版 p154  苦闘の一夜

ヤコブは、不撓不屈の精神を持っていたから祈りが聞かれた。彼の経験は、たゆまず祈りぬくことに力があることを証拠だてた。今こそわれわれは、神に聞かれる祈りと不動の信仰についての教訓を学ばなければならない。キリストの教会、 また、クリスチャン個々の最大の勝利は、才能や教育、あるいは富、または人間 の援助によって得られるものではない。その勝利とは、神との交わりの部屋で熱 心に苦闘する魂が、信仰によって力強いみ腕をつかむときに得られる。
すべての罪を捨て、熱心に神の祝福を求めようとしなければそれを得ることが できない。しかし、ヤコブのように、神の約束をしっかりにぎり、彼のように熱心に屈せず願い求めるものはみな、彼のように聞かれるのである。「まして神は、 日夜叫び求める選民のために、正しいさばきをしてくださらずに長い間そのまま にしておかれることがあろうか。あなたがたに言っておくが、神はすみやかにさ ばいてくださるであろう」(ルカ 18:7,8)。
人類のあけぼの電子版 p155  苦闘の一夜

主はそこに

 

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