決定打

不信仰

イスラエル200万人のエジプト脱出劇のこと。彼らは度重なる不信仰により不平不満をモーセとアロンにぶつけた。主観になるがシナイ山で律法が与えられその他の生活様式、特に幕屋についての指示をいただいている時に麓では偶像をつくっていた。この罪は大きいと思っていた。が、モーセのとりなしもあり神様は再度イスラエルの民に哀れみを垂れてくださった。が、結果的には40年間の荒野生活によりヨシュア、カレブなど一部の例外を除いて第一世代は約束の地カナンに入ることはできなかった。ホレブを出発して約束の地カナンとの国境近くカデシ。ここで12名の偵察隊が送り込まれた。非常に肥沃な土地でぶどうなどは房が大きすぎて木の棒に吊るして大人が二人掛かりで運ぶほどだった。魅力的な土地だったが、ここに住む人たちがアナク人の子孫で巨人だったのをみて偵察隊は恐れおののいた。40日の偵察期間を終えて12名が宿営に戻ると早速報告会がもたれた。肥沃な土地であることを認めながらも10名は征服不可能と断言した。ヨシュアとカレブだけが大丈夫だと報告するが民は10名の報告を鵜呑みにして絶望的になった。

ここで事態は一変した。斥候たちがサタンにそそのかされて失望し、彼らの不 信を口にしたとき、人々の希望と勇気は絶望にかわった。彼らの不信仰は、会衆 の上に暗い影を投げ、選民のためにくり返し表わされた神の大きな力を忘れさせ た。人々は落ちついて反省しようとしなかった。ここまで彼らを導かれたおかた が、必ずこの土地をお与えになることを彼らは考えなかった。神がどんなに驚く べき方法で、海を開いて道となし、パロの追跡軍を滅ぼして、圧制者より救って くださったかを、彼らは思い起こさなかった。彼らは、神を考えに入れなかった。 そして、ただ武力だけに頼っているかのように行動した。
人類のあけぼの電子版 p328  12人の斥候

そして民はここで死んだ方がましだと叫んだ。

人々は、反逆して、「この荒野で死んでいたらよかったのに」と叫んだ。今この 願いは聞かれることになった。「あなたがたが、わたしの耳に語ったように、わた しはあなたがたにするであろう。あなたがたは死体となって、この荒野に倒れる であろう。あなたがたのうち、わたしにむかってつぶやいた者、すなわち、すべ て数えられた20歳以上の者はみな倒れるであろう。・・・・しかし、あなたがたが、 えじきになるであろうと言ったあなたがたの子供は、わたしが導いて、はいるで あろう。彼らはあなたがたが、いやしめた地を知るようになるであろう」と主は 宣言された(同・14:28―31)。そして、カレブについて主は言われた。「た だし、わたしのしもべカレブは違った心をもっていて、わたしに完全に従ったの で、わたしは彼が行ってきた地に彼を導き入れるであろう。彼の子孫はそれを所 有するにいたるであろう」(同・14:24)。斥候たちが、40日の旅をしたのと 同じように、イスラエルの軍勢は、40年の間荒野をさまようことになった。
モーセが、この神の決定を人々に知らせると、彼らの怒りは悲しみに変わった。 彼らは、その罰が正当なことを知っていた。10人の不忠実な斥候は、疫病にか かって、全イスラエルの目の前で死んだ。彼らの運命を見て、人々は自分たちの 運命を知った。
人類のあけぼの電子版 p331  12人の斥候

不信仰の罪

イスラエル200万人の第一世代がカナンに入れなかった最大の原因が度重なるつぶやきと不平不満ではなく、神様を計算に入れなかったことだった。神様がカナンに行けと命じられたのに、その約束を忘れ不信仰に陥り神様をあてにせず人間的な考えで絶望的になったことが彼らをカナンに入国させない理由だった。不信仰がどれほど大きな罪なのか、神様に対する侮辱なのかが示されている。

しかし、似たようなことで神様を侮辱していることがあるように思った。よくある質問だが「あなたは天の御国に行けると思うか?」との問いに、自分の罪深さを前提に謙遜のつもりで「わたしなんか・・」と言ってしまうことがある。これもイエス様の十字架の犠牲を冒涜する大罪なのだろう。

祈りの力

昨晩も1時間ほど眠ってすぐに目が覚めてしまった。眠らないといけないと思ったら余計に眠れなくなった。そして本を読み始めた。いつも読んでいる本では無い本、「キリストの実物教訓」という本である。この中に「祈りの能力」という章があり非常に力強いメッセージをいただいた。そのいくつかを紹介したい。

自分にはなんの価値もないと感じる人も、神に自分の願いをゆだねる のをためらってはいけない。世の罪のために、キリストを与えることに よって、ご自分をお与えになった神は、すべての魂の責任をご自分で負 われたのである。「ご自身の御子をさえ惜しまないで、わたしたちすべて の者のために死に渡されたかたが、どうして、御子のみならず万物をも 賜わらないことがあろうか」(ローマ 8:32)。わたしたちを励まし力 づけるために与えられたこうした恵み深いみ言葉を、神が成しとげてく ださらないことがあろうか。
キリストは、ご自分の嗣業である神の選民をサタンの手の中からあが ない出すことを、何よりも望んでおられる。しかし、わたしたちが、サ タンの外部的な権力から救われるに先だって、サタンの内部的な力から 救われなければならない。
キリストの実物教訓 p121 祈りの能力

わたしたちは、しきりに願うことによって、神に対するわたしたちの強い 信頼をあらわす。わたしたちのこうした必要感が、熱心に神に祈りをささげ させ、そして天の父は、わたしたちの嘆願を聞いて心をお動かしになる。
キリストの実物教訓 p120  祈りの能力

サタンは、 また人々の心に、自分たちはもう救われる見込みがなく、彼らの汚れは、 とうてい洗い清められ得ないものであるというように思わせて、恐怖に おとしいれようとしている。こうして、サタンは人々の信仰を失わせて、 全く自分の誘惑のとりことし、神に反逆させようとしているのである。
神の民は、サタンの告訴に対して、自分の力では返す言葉がない。自 分を振りかえって見れば、絶望するほかはない。しかし、彼らは助け主 なるキリストの助けを仰ぎ、あがない主の功績にすがるのである。「こう して、神みずから義となり、さらに、イエスを信じる者を義とされるの である」(ローマ 3:26)。神の子供たちは、神がサタンの非難を沈黙 させ、彼の策略を失敗に終わらせてくださることを確信して、神に叫び 求める。「どうぞ、わたしを訴える者をさばいてください」と彼らは祈る。 そして、キリストは、大胆に訴えてくるサタンを、十字架の大議論によ って沈黙させられるのである。
キリストの実物教訓 p116 祈りの能力

Because He Lives 살아 계신주 – Jennifer Jeon 제니퍼 전(영은)

 

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