創始者・開拓者

福井達雨先生

卒業生と連絡をとることが多い。電話やメールを通して近況を教えていただき、その後自分の祈りのリストに名前が加えられる。2週間ほど前に連絡をとったのは福井揚(ふくいよう)さん。中学3年、高校2,3,年で担任した。以前にも彼のことやお父様のされている止揚学園について投稿している    揚さんから連絡をもらい9月初旬にお父様が逝去されたことを教えてくれた。心筋梗塞とのこと。ならば、強い痛みに辛い思いをされたのではないかと思った。90歳とは思えないほどお元気だったのでご家族の間では「きっと100歳までは生きられる」と話していたという。しばらく揚さんと思い出を語り合った。

止揚学園

創設者である福井達雨先生は1962年、滋賀県東近江市佐野町にて「止揚学園」をはじめた。学園は自分よりも1つ年上なので今年60周年ということになる。達雨先生は、知能に重い障がいのある4名の方々に出会った。その中の一人は牛小屋を改造して作られた穴で生活していたとのこと。その様子を知り、あまりにも酷いことを母親に訴えるも「この子は社会に出ればいじめられたり石を投げられたりする。この穴にいる時だけがこの子を守ってあげられる時」と言われ、達雨先生はハッとさせられた。こんな酷いことを・・・と怒り心頭の気持ちだったが、自分自身がこの子を穴に入れていた社会の一員であることを自覚し母親に謝罪したという。知能に重い障がいを持った方は今もたくさんいらっしゃる。しかし、日常生活で彼らを見かけることはあまりない。自分が子どもの頃はもっと見かけていた気がする。恐らく自分たちの見えないところに集められているのだろう。あるいはそこで守られているのだろう。そのような施設のひとつが「止揚学園」である。  

上と下

よく、「古代に実在した高度な文明」というような表現を目にする。この手の表現にいつも疑問を感じる。現在が高度な文明で過去にはそれよりも低レベルの文明しか存在しなかった、という考えが前提になっているからだ。恐らく進化論の発想が根底にあるからだろう。ノアの洪水前の人類が今より大きかったことを知っているのだろうか、と思ってしまう。自戒を込めて言うが自分の所属する教会はよく「まだ、安息日の真理を知らないから教えてあげないと・・・」というような表現をすることがある。同じイエス様を信じているはずなのにどこか「未熟なクリスチャン」と見下げている気がしてならない。そういう表現を見聞きするたびに、自分の教会や教団に対して「安息日、聖所、再臨の真理を知っていてもあなたたちにはイエス様が最も強調された愛がありますか?他教派の教会には心からの愛情をもって新しく教会にくる方を送迎したり接待する方々がいますよ」と心の中で呟いてしまう。

神には、光の中を歩まない安息日を守るアドベンチストの 中の大勢の人よりも、 光に従うことに忠実で、 自分の知識を最大限に生かすことができる子供たちが、 プロテスタント教会の中に大勢いて、 カトリック教会の中にも大勢いる。
E.G.White 1889年、 手記30

両親が認知症や脳梗塞の後遺症で記憶が曖昧になり多くのことが分からなくなっている。そのような状況になった親を受け入れられなくなっている自分に気づかされている。これもどこかで自分が上で親を下に見ているからだと反省している。両親が怒らないで笑顔でいる影にどれほどの不安や苦しみ、悲しみ、理解されない辛さ、伝わらないもどかしさがあるのかを考えた時にやはり両親にはかなわないと率直に思う。知能に重い障がいを持った方をどのように(どの位置に)認識しているだろうかと自問してみた。正直な気持ちを言えば、やはり下に見ていると思う。人間としての価値、尊厳は同等であることは理解している。しかし「お世話をしてあげないといけない」存在と思っていることも事実である。

イエス様の弟子たちが「誰が一番偉いか」を話しているのと同じ様子がずっと心の中で展開していることを自覚し反省させられる。

福井達雨先生が遺されたものは多い。先生のご生涯をかけて伝えたかったことはこれだったのではないだろうか?と思う。「自分は何様のつもりだ?」

そう言えば、今朝与えられた聖書の言葉もそのことを教えてくれていたのかもしれない。

「わたしは、あなたの指のわざなる天を見、 あなたが設けられた月と星とを見て思います。 人は何者なので、これをみ心にとめられるのですか、 人の子は何者なので、これを顧みられるのですか。」
詩篇 8:3-4 口語訳

止揚学園クリスマス劇

 

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