肯定

集団教育

ある保護者さんとそのお子さんが別々に相談のメールを送ってきた。お互いに相手が私に対して相談していることを知らないようだ。内容は高校進学について。ミッション系の中学校に在学中である生徒さんは、校風や先生たちの冷たさに馴染めないという。親身になって心配してくれる先生も2名ほどいるらしいが学校全体が校長先生に気を遣い生徒の方を全く見ていない、と本人は言っている。系列の高校に進学するのはやはり価値観が合わない気がするので積極的ではないらしい。そして色々な面で「自分は他の子より劣っている」と思っているようで集団で受ける教育に合わないと言っている。

一方母親ははなから「うちの子は学力的にも周りについていけないので個人で学習する方が良いと思っている」と言っている。子どもはどうしたら良いか、という相談をするためにメールを送ってきた。一方母親は通信制の高校を考えているがどこが良いか、との質問であった。

通信教育

通信教育課程を実施する学校はここ数年で更に増えている。青森県だけでもざっと数えて20校ほどある。自分も通信課程の大学を考えたことがあったし現在も考えている。教育に関する別の免許を取得したく大学での勉強を考えている。生活に追われなかなか実現しないが今でも時々調べている。が、今回の相談は高等学校である。コロナ禍で集団教育を心配する方も多くその需要は高い。また個別指導や集団を気にすることなく自分のペースで学べることもメリットと考えられている。通信教育課程があることで更に選択肢が増え可能性が広がったと考えている。自分が高校生の頃は色々な事情から高校に進学しなかった人もいた。積極的な気持ちで高校進学しなかった人は一人しかいなかった。この人は司法試験を受けるために高校進学しなかった。が、それ以外は学力や経済的な理由で高校進学を「諦め」た。当時は定時制もあったが4年間かかることや年齢の違う人と机を並べることの違和感、そして雰囲気の問題があり敬遠されることも多かった。が、今は違う。もっと言えば高等学校に在籍、卒業しなくても「高等学校卒業程度検定試験」に合格すれば大学に進学できる。所謂、昔の「大検」である。学びたい人には色々な可能性がある。

学習意欲

学びたい、しかしその環境が整わないので普通科の高校に通学できない。ならどうするか?という考えの中で通信制課程や検定試験などの道を模索することは非常に積極的で素晴らしいと思う。

一方で「高校ぐらいは行かないとその先がない」「しかし普通科の高校に通学する気持ちはない」そのような中で通信制や検定試験を視野に入れる人も結構多いような気がしている。何か、その人たちが肩を落としてため息をつきながら高校を考えているように思えて胸が締め付けられる。

まず第一に「何のために学ぶのか」「何故学ぶのか」を考えることができたら良いと思う。神様は全ての方に対して計画を持っていらっしゃる。それが何かを模索するところから進路を考えられたら必ず有意義な人生が送れると思う。

もしも彼らが真の謙遜を持ち続けるならば、主は神の民のために、はるかに多くの ことをなさることがおできになる。しかし、大きな責任または成功が与えられても、 なお、自己過信に陥ることなく、自分たちが神に依存していることを忘れない者は、 実に少ない。主が、神の働きをする器を選ぶに当たって、世の人々から、偉大で タラント(才能)があり、そうめいであるとほめそやされている人々を見過ごされるのは、 そのためである。このような人々は、とかく高慢で、自己過信に陥っているもの である。彼らは、神の指示を仰がないで、行動することができると思っている。
人類のあけぼの電子版 p483  初期の士師たち

2022年9月17日 「互いに愛し合いなさい」 安息日礼拝LIVE配信

 

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