エベネゼル(エベン・エゼル)Ebenezer

ペリシテ人

イスラエル民族にとって「ペリシテ人」なる存在は目の上のたんこぶのようで常に聖書に出てくる。有名な話ではサムソンが神様から禁止されているにも関わらずペリシテの女を妻に迎え入れたり、ダビデが倒した巨人ゴリアテもペリシテの兵士である。そしてイスラエルと何度となく戦いを交える。サムエル記を読んでいると両者の戦いについて書かれているのが分かる。

現在の地名である「パレスチナ」はペリシテ人の地、という意味だがパレスチナ人はペリシテ人とは関係ない。B.C.13C~12Cに かけて地中海東部に来襲した「海の民」と呼ばれる集団の一部ではないかとされているが詳細は分からない。またアブラハムの時代にはすでにカナン地方に定住しているがハム(ハムはノアの子)の子ミツライムの子であるカフトルの子孫であるとされている。

ペリシテ人との戦い1

サムエル記上には次のように書かれている。

イスラエルびとは出てペリシテびとと戦おうとして、エベネゼルのほとりに陣をしき、ペリシテびとはアペクに陣をしいた。 2ペリシテびとはイスラエルびとにむかって陣備えをしたが、戦うに及んで、イスラエルびとはペリシテびとの前に敗れ、ペリシテびとは戦場において、おおよそ四千人を殺した。 3民が陣営に退いた時、イスラエルの長老たちは言った、「なにゆえ、主はきょう、ペリシテびとの前にわれわれを敗られたのか。シロへ行って主の契約の箱をここへ携えてくることにしよう。そして主をわれわれのうちに迎えて、敵の手から救っていただこう」。 4そこで民は人をシロにつかわし、ケルビムの上に座しておられる万軍の主の契約の箱を、そこから携えてこさせた。その時エリのふたりの子、ホフニとピネハスは神の契約の箱と共に、その所にいた。
5主の契約の箱が陣営についた時、イスラエルびとはみな大声で叫んだので、地は鳴り響いた。 6ペリシテびとは、その叫び声を聞いて言った、「ヘブルびとの陣営の、この大きな叫び声は何事か」。そして主の箱が、陣営に着いたことを知った時、 7ペリシテびとは恐れて言った、「神々が陣営にきたのだ」。彼らはまた言った、「ああ、われわれはわざわいである。このようなことは今までなかった。 8ああ、われわれはわざわいである。だれがわれわれをこれらの強い神々の手から救い出すことができようか。これらの神々は、もろもろの災をもってエジプトびとを荒野で撃ったのだ。 9ペリシテびとよ、勇気を出して男らしくせよ。ヘブルびとがあなたがたに仕えたように、あなたがたが彼らに仕えることのないために、男らしく戦え」。
10こうしてペリシテびとが戦ったので、イスラエルびとは敗れて、おのおのその家に逃げて帰った。戦死者はひじょうに多く、イスラエルの歩兵で倒れたものは三万であった。 11また神の箱は奪われ、エリのふたりの子、ホフニとピネハスは殺された。
サムエル記上4:1-11

イスラエルはペリシテに敗れあろうことか「神の箱、契約の箱」がペリシテに取られてしまった。また祭司エリの息子のうちふたり、即ちホフニとピネハスはこの戦いで殺された。

ペリシテ人との戦い2

聖書では僅かなスペースしか割かれていないが、この敗戦から20年が経過したときのことを記している。

まずは神の箱、契約の箱がイスラエル人の手に戻ったことが記されている。

キリアテ・ヤリムの人々は、きて、主の箱を携え上り、丘の上のアビナダブの家に持ってきて、その子エレアザルを聖別して、主の箱を守らせた。 2その箱は久しくキリアテ・ヤリムにとどまって、二十年を経た。イスラエルの全家は主を慕って嘆いた。
サムエル記上7:1-2

神の箱はイスラエル人の手元にあるときには祝福の源になったが、ペリシテ人の手に渡ったときには災いの元になった。

そして契約の箱が戻ったときにサムエルははイスラエルの民に言った。

その時サムエルはイスラエルの全家に告げていった、「もし、あなたがたが一心に主に立ち返るのであれば、ほかの神々とアシタロテを、あなたがたのうちから捨て去り、心を主に向け、主にのみ仕えなければならない。そうすれば、主はあなたがたをペリシテびとの手から救い出されるであろう」。 4そこでイスラエルの人々はバアルとアシタロテを捨て去り、ただ主にのみ仕えた。
サムエル記上7:3-4

そしていよいよペリシテ人と戦う。

5サムエルはまた言った、「イスラエルびとを、ことごとくミヅパに集めなさい。わたしはあなたがたのために主に祈りましょう」。 6人々はミヅパに集まり、水をくんでそれを主の前に注ぎ、その日、断食してその所で言った、「われわれは主に対して罪を犯した」。サムエルはミヅパでイスラエルの人々をさばいた。 7イスラエルの人々のミヅパに集まったことがペリシテびとに聞えたので、ペリシテびとの君たちは、イスラエルに攻め上ってきた。イスラエルの人々はそれを聞いて、ペリシテびとを恐れた。 8そしてイスラエルの人々はサムエルに言った、「われわれのため、われわれの神、主に叫ぶことを、やめないでください。そうすれば主がペリシテびとの手からわれわれを救い出されるでしょう」。 9そこでサムエルは乳を飲む小羊一頭をとり、これを全き燔祭として主にささげた。そしてサムエルはイスラエルのために主に叫んだので、主はこれに答えられた。 10サムエルが燔祭をささげていた時、ペリシテびとはイスラエルと戦おうとして近づいてきた。しかし主はその日、大いなる雷をペリシテびとの上にとどろかせて、彼らを乱されたので、彼らはイスラエルびとの前に敗れて逃げた。 11イスラエルの人々はミヅパを出てペリシテびとを追い、これを撃って、ベテカルの下まで行った。
サムエル記上7:5-11

エベネゼル

前の職場に「エベネゼルの丘」という場所があった。長い間院長をされ引退後も院長として教職員や生徒を導いてくださった曽根田健二先生が命名してくださった場所である。

サムエルはペリシテ人との戦いに勝利したことを偏に神様のおかげでありそれを忘れないためにその場所に記念碑を立てた。

その時サムエルは一つの石をとってミヅパとエシャナの間にすえ、「主は今に至るまでわれわれを助けられた」と言って、その名をエベネゼルと名づけた。 13こうしてペリシテびとは征服され、ふたたびイスラエルの領地に、はいらなかった。サムエルの一生の間、主の手が、ペリシテびとを防いだ。
サムエル記上7:12-13

この場面について今朝読んだ書物に次のように書かれていた。

サムエルが、小羊を犠牲に捧げようとしていたとき、ペリシテ人は、戦いをい どんで近づいてきた。そのとき、火と煙と雷鳴の中で、シナイに降りて来られた 偉大な神、紅海を分け、イスラエルの人々のために、ヨルダン川の中に道を開か れた偉大なお方が、ふたたび、彼の力をあらわされた。攻撃軍の上に恐ろしい暴 風が起こった。そして、強力な戦士たちの死体が地上に乱れ散った。

イスラエルの人々は、希望と恐怖に震えて、黙って恐れながら立っていた。彼 らは敵が殺されたのを見た時に、神が彼らの悔い改めをお受け入れになったこと を知った。彼らは、戦いの用意はなかったけれども、殺されたペリシテ人の武器 を握って敗走軍をベテカルまで追った。この著しい勝利は、イスラエルが20年 前、ペリシテ人に敗れ、祭司たちが殺され、神の箱が奪われたその同じ場所でか ち得たものであった。国家であろうと、個人であろうと、神に服従する道は、安 全と幸福の道であるが、罪の道は、ただ不幸と敗北に至らせるだけである。

サムエルは、このできごとを人々が忘れないために、ミヅパとエシャナの間に 大きな石を記念碑として建てた。彼は、それを「主は今に至るまでわれわれを助 けられた」と人々に言って、「エベネゼル」(助けの石)と名づけた(同・7:12)。

人類のあけぼの電子版 p518  519  契約の箱ペリシテ人に奪われる

かつて敗北した場所で勝利を得ることは霊的な教訓があるように感じる。以前同じようなことで失敗して、またそれと同じ状況に陥ってしまったとき、「今回もまた失敗するだろう。きっと前と同様うまくいかないだろう」と負の記憶が蘇ってくる。しかしそこに神様がいらっしゃるのであれば以前とは違う結果になる。

エベネゼルの出来事をしっかりと心に刻んでおきたい。

When There’s No Hope (There Is Grace)

 

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