主とともに暗闇を

新しい年を前にして

2022年は安息日に始まり安息日で終わる祝福された一年だった。間も無く終わる2022年を振り返り不思議な方法で祈りに応えてくださった神様の愛を感謝のうちに思い出すことができる。1年前の写真を見ると、年末は両親と自分の3人で過ごした。その後母は帯状疱疹や骨折、脳梗塞やコロナ、そして鼠径ヘルニアと原因不明の高熱を経験することとなった。長男の中学卒業で家族が2年ぶりに2022年のことだった。父と二人で迎える新年、新しい年を前にして少々の不安と恐れがある。このまま前進して行けるのだろうかと不安になる。

行く道を知りません

12月30日、昨日帰省する前に退職願を提出した。いままでずっと悩んできたのだがなかなか結論が出ずにいた。今も結論が出たわけではないが、祈り求めていた「時」が来たように感じたので退職を決意した。規定で3ヶ月前に退職願を提出することになっているので実際には3月末までは勤務することになる。退職は、出勤初日から決めていた。自分が受けていた説明と違う雇用条件だった。決して悪気はないのだと思うが、雇用条件に「嘘」があったことにかなりショックを受けた。クリスチャンも人間であるが雇用条件に嘘があると一気に落ち込む。そのまま就職しないで両親のところに帰ろうかとも思った。実際には引越しが済んでいたので不承不承働くしかなかった。しかし、雇用条件のことだけが退職のきっかけになったわけではない。職場の経済状況も何となく分かるので、まともな仕事をしていない自分は経済を圧迫するだけの存在になっている。また、就職した時は聖書を通して「バビロンにいる祝福」を神様は語ってくださっていた。しかし2022年の夏過ぎから「バビロンから出でよ」という言葉が目につくようになった。

仕事を辞めてどこでどのような生活をするのかは全く決まっていない。仕事も探しているが見つからない。貯金も、就職して2年間で食いつぶしてしまった。長男の学費は毎月12万円ほど。4月からこれを支払える可能性は今の所ない。長男に詫びて転校も検討させてもらうしかないかもしれない。本当に先が見えない状況である。先は見えないのだが、このまま今の職場にいることは決して神様の御心ではないと思っている。

父の話

昨晩から父が色々なはなしをしてくれる。記憶が曖昧だったり状況が分からない中での話ではあるが昔の話は非常に鮮明に覚えているようで、今まで何度も聴かされたはなしをまたしてくれた。何度もしてくれた話ではあるが昨晩の話は今の自分に突き刺さった。神様が父を通して語ってくれたとしか思えない話だった。

「知っている通り、お父さんは(父のこと)昔、向島(むこうじま 東京都)に住んでいたんだけど、じーちゃん(祖父)がやっていたがま口を作る仕事を手伝っていたんだ。でも終戦になって、ハンドバッグがアメリカから入るようになるとガマ口が全く売れなくなった。これからの時代はハンドバッグじゃないと生活できない、と思ったんだ。」

父は次男だが、長男が家業を継ぎたくないと出て行ってしまったので父が祖父の仕事を手伝っていた。心臓の病を抱えた祖父だったので実際には父が仕事をして両親(祖父母)と5人の子ども(兄弟)を支えるしかなかった。父は中央大学を卒業し国語の教員免許も取得した。しかし教員の給料では家族7人を養うことができないため、教員を断念した。

「当時、ハンドバッグを作れる職人は何人かはいたけど、職人になるにはそこに修行に入り5年から10年して職人として独り立ちするのが一般的だったんだ。でもそんな時間がないので、お父さんはハンドバッグを1本買って来てそれを分解して型紙を作って見よう見まねでハンドバッグを組み立ててみたんだ。そしてそれを井出さんっていう問屋さんに持って行ったら『こんなもの商品になるわけないだろ』って激怒されて投げ捨てられたんだよ。でもどうしようもないのでどこが悪いのかを教えてもらったんだよ。そしてそこを修正して新しいハンドバッグを2本作って問屋さんに持って行ったんだ。そうしたら何度も何度も見て『まだまだ下手だけど、仕方ないから仕事を分けてやるよ』と言われハンドバッグの仕事をもらえるようになったんだ。それから頑張って一家を支えるべく一生懸命働いて、弟妹を大学まで出したんだ。」

「どんなに辛くても、途方にくれることがあっても、これからどうやって行けば良いのか分からない時でも必ず神様は道を開いてくださるから諦めるなよ。そして毎日何十回も何百回も祈りなさい。」

今までせん妄で、はっきりしない父であったがこの時は全く違った。自分が小学生の頃の父親そのものだった。確かに、自分にはどうしてもやり遂げたい夢がある。しかしこれが神様のご計画と一致しているのかが分からないでいた。でも父の話を聴いて、少し前に進んでみようと思った。経済的な後ろ盾は全くないけれど、神様がいらっしゃる。

今年もこの詩で

新しい年を前にして私は行く道を知りません
しかし過去を支えてくださった神は
その哀れみで将来を明るくしてくださる
離れていれば暗く見えるものも近寄れば明るいように

 他を望まず、知らなくてもただ進みます
一人で光の中を行くよりは
主と暗闇を行きたいのです
見える道を行くよりは
信仰で主と共に歩みたいのです

 私の心は閉ざされた将来の試みにひるみます
しかし愛する主が選んでくださったものならば
悲しみません
「主がご存知なのです」とささやいて
私は涙をおしとどめるのです

 E.G.White

20221231 「わが魂よ,主をたたえよ」 安息日礼拝

 

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何とかなる

久しぶりの実家

主人のいない家に来た。両親がこの家を離れて半年、誰も住まなくなった実家。秋から1ヶ月半ぶりに帰省してみた。数日間父とこの家で一緒に生活する。わずかな時間であるがかけがえのない時間になることだろう。自分が実家を出た後に建てた家だからこの家や近所に対して特に思い入れはないが、誰もいない家の窓を一つずつ開けながら空気を入れると何となく懐かしい思い出が蘇ってくる。30年以上、家族の歴史を見てきた家だから置物や書籍、壁や柱の傷がこの30年間を思い出させてくれる。

もう戻らない過ぎてしまった時間を思い、懐かしさと悲しさを感じる。夕食の買い物に出かけた際、空を見上げながら「この地球はあと何日ぐらい続くのかな?もう終わってもいいのに」と思った。この時間を失望と悲しさに満たされ涙を流して生きている人を思うと、早くイエス様に来ていただきたいとつくづく思う。

ペレ

今朝、また訃報が飛び込んで来た。具合が悪いことは聞いていたが元ブラジル代表のサッカー選手ペレことエドソン・アランテス・ド・ナシメントさんが82歳でなくなったという。本当に悲しかった。今は世界中にスーパースターのサッカー選手がいるが、自分がサッカーを始めた頃は色々なリーグもよく分からなかったし、選手の名前も数名しか知らなかった。知っていたのはヨハン・クライフとペレだけだった気がする。サッカーが上達するようクラブ活動以外の時間でも自主練習に励むもなかなか上達しない。そのような時にいつもペレのボレーシュートの写真を見て勇気付けられていた。父親がサッカー選手でペレもその影響を多分に受けていたが、足の怪我で現役を引退する父をみて母親はペレに高等教育を受けてパイロットなど将来性のある仕事に就いて欲しいと思っていた。父の仕事がなくなり貧しさの中で靴磨きをして家計を助け、15歳の頃からデビューを果たすことになった。自分には努力が報われるお手本のような存在であった。サッカーの神様とまで言われたペレが亡くなったことはとても大きな出来事になった。

見えない将来

今朝、与えられた聖書の言葉にとても励まされた。

「わたしはあなたを教え、あなたの行くべき道を示し、 わたしの目をあなたにとめて、さとすであろう。」

詩篇 32:8 口語訳

色々なものを手放し不安の中を生きているが、それでも神様がいらっしゃる。きっとなんとかなる。

All to Jesus I Surrender – Jennifer Jeon

 

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ACP(アドバンス・ケア・プランニング)

転院

昨晩、姉と弟と自分の3人で母のACPについて相談した。母は昨年からずっと病院にかかりっきりで家よりも病院で過ごしている時間の方が長いと思う。今年になって帯状疱疹、骨折、2回の脳梗塞、コロナ、そして今回の鼠径ヘルニア。昨日まで入院していた病院では鼠径ヘルニアと極端に悪くなっている全身状態について面倒見ることができないので転院調整をかけてくれたらしい。しかし一向に転院先が見つからない。その事情を姉の職場の方がききつけ院長先生に掛け合ってくれたらしい。院長といっても自分の親しい先輩である。その院長が「うちにくればいいじゃない」とおっしゃってくださったので母は昨日救急車で姉の勤務先に入院させてもらった。昨晩は発熱はあるものの少し落ち着いているとのことだった。

相談

兄弟で相談したのはACPのこと。高齢者だけでなく急変の可能性がある患者さんに、意識がはっきりしているうちにどこまでの治療を望むのかを書面を交わして明確にすることが現在どの病院でも行われている。心臓マッサージ、挿管、中心静脈、人工呼吸器、胃瘻等々。兄弟の中でもっともだらしないのが自分である。高齢の両親の将来について覚悟ができていない。だから、いつも仲良く祈る仲ではあるが昨晩は若干意見の食い違いがあった。自分はCVまではやって欲しいという意見だったが、姉と弟は口から栄養が摂れなくなれば弱るだけだからCVをする方が可哀想だという。そうなのかもしれない。できれば家族が全員が生きたままでご再臨を迎えられるように、というのが自分の祈りなのでなかなか母のACPを考えるのは難しかった。とにかく兄弟3人の根底にある思いは同じなので大きなぶつかりもなく平和のうちに祈りをもって相談を終了することができた。

そう言えば妻がしきりに言っていたことを思い出した。長男が生まれて数年後にもう一人欲しいと言い出した。理由は、親の老後やお看取りを一人で考えるのは可哀想、相談できる兄弟が必要だ、と妻は主張した。その通りなのかもしれない。

今を生きる

職場は年末年始も通常通り開院しているので年越しの雰囲気は全くないが、明日から週休と有給を使って実家に帰ってみようと思っている。誰もいない実家だが少し大掃除をして、チャンスがあれば父にも会ってこようと思う。先日出産した姪が今日姉の家に戻ってきた。昨晩聞いたのだが、かなり危ない状態での出産だったようで特に姪は蘇生術が施されるほど重篤な状況だったらしい。本当に出産は命がけだと思った。そんな姪の子どもを父が抱っこしている写真を姉が送ってくれた。父も色々なことがはっきりとは分からなくなっている。でも母のことを心配し胸が張り裂けそうな気持ちを抑えて、姪の子どもをだっこしている写真をみて込み上げてくるものがあった。母も病室で戦っている。姉も姪、父、母のそれぞれの状況に対応しようと必死になっている。みんなが「それぞれの人生」と「それぞれの今」を生きていることに深い感動をおぼえる。

年末になると電車の人身事故のニュースが増える。本当の意味で今を生きることが間も無く来られるイエス様をお迎えし永遠の命に繋がることだと信じている。

Golden Angels – When I Cry

 

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福音

受験生

昨日、長男から電話があり受験について教えて欲しいと言われた。現在長男は国公立の医歯薬系を希望している。人間的な目で見れば少しハードルが高い気がしている。しかし、「人の心に願いを起こさせ」るのは神様であるから、もうしばらくはそれを目標に頑張るよう励ました。共通テストと自己採点、そしてデータリサーチと二次試験の流れについて説明して欲しいと言われた。現場を離れて3年になるので、きちんと調べてから説明すると言ったが一通りのことは概ね話した。

受験、懐かしい響きである。決して楽ではなかったが勉強の楽しさを知った時でもある。「合格できるのか?」という不安さえなければどれほどストレスなく勉強できたであろうか。知らないことを知り分からないことを理解する喜びを毎日感じていた。やってもやっても成績が伸びない数学には少し閉口したが物理と英語は楽しくて仕方なかった。大学に入ってからも半年ぐらいは書店で問題集を立ち読みして問題を解くのが好きだった。物理学科なので当然ではあるが完全なる「物理フリーク」になっていた。

塾のこと

先日、教員時代の親しい友人と話した。友人は現在、急成長中の塾で働いている。現役の塾講師である。英語と数学を受け持っているが、毎日ネイティブに英語を使うので塾内でも彼の右に出る講師はいない。数学も高校教員時代には数学Ⅲ、数学Cまで教えていたのでかなりの実力を持っている。そんな彼から現在の受験事情について教えてもらった。彼の塾は小学生から高校生までが在籍しているのだが、その全ての児童生徒に教えるらしい。そして、現在は受験直前ということで塾内も生徒も受験モードになっているという。特に難しいのが「中学受験」だという。数学で言えば、小学生は方程式や関数という武器を持っていない。だから、今ある武器を最大限に生かして解かなくてはならない。その時に求められるのが「発想」だという。方程式や関数は問題数をこなすことで実力をつけることができるが「発想」についてはそう簡単にはいかない。だから中学受験の問題は解くことも教えることも難しいらしい。

そんなことを説明してくれた後、彼が言っていた。

「でも、かわいそうなんです。彼らは何のために勉強しているのか分からないんです。勿論志望校に合格するためですが、それも殆どの場合彼らが選んだわけではありません。そして合格のその先に何があるかも分かっていないのです。ただ親から勉強して合格しろとだけ言われ、忠実にそれにしたがっているのです。行き場がないんですよね」

そして

「やはり彼らに神様を伝えなくてはいけないと痛感しています」と加えた。

居場所

いつか、彼のような教育を通して真剣に福音を伝えようとしている人と協力して子どもたちの「居場所」をつくれるようになりたい。間も無くイエス様をお迎えする現代、全ての教育機会を福音宣教のチャンスと捉えていきたいものである。

どんな時も決して離れることのない神様がいることを、子どもたちに伝えたい。子どもたちを真の意味において神様に導かないといけない。そして、神様が彼らを愛し、彼らを必要とし、彼らに使命を与えようとしていることを伝えなくてはならない。

何もできない、何もない自分ではあるが神様がいるので全てを持っている。そろそろ教育伝道を始動する時がきたのかも知れない。

真理が真理でなくなる危険性

 

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騙されないで

毎晩、次男と電話で話す。映像でのやりとりなので非常に便利である。毎日楽しい話を聞かせてくれるのでこの時間を楽しみにしている。おかげで温泉に行く機会が減ってしまったがそれでも電話で話せることが楽しくてたまらない。子どもは結構ナイーブなので1日の中でうまくいかなかったことや失敗したことを引きずっていることがある。

「僕はだめなんだ」と泣いている次男を励ますのは結構時間がかかる。親だからそう思うのかもしれないが、この子に悪いところや欠点を見つけることができない。今のままで完璧な子だと思っている。勿論、キリスト教の価値観でこの子が神から離れる「罪びと」であることは間違いない。それは否定しないのだが、やはりこれ以上ない立派な子だと心の底から思っている。でも自己嫌悪に陥り、うまくできない自分を責める子どもを見て苦しくなる。

電話の最後に必ず言うことがある。

父:「いい、サタンは嘘の天才だからね。ずっと嘘ばかり言っているから絶対に相手にしちゃダメだよ。サタンの声が聞こえ始めたら『イエス様、助けてください』って必ず言うんだよ」

子:「サタンの声ってどうやって分かるの?」

父:「人をがっかりさせる言葉は全部サタンの言葉だよ。でも天才嘘つきだから『そのとおりだな』って思っちゃうんだよ。例えば『お前はこんなに悪いことをしているのに、神様が赦してくれるとでも思っているのか?神様はお前などずっと前に見捨てているんだぞ」

子:「それ、心の中でよく聞く言葉だ」

父:「これがサタンの言葉だよ。人が悪い、と言うところまではその通りかもしれないけど神様はお前を見捨てている、というところは絶対に嘘だからね。神様は悪い人を助けるのがお仕事だから、これはサタンの大ウソだよ」

こんなやり取りをする。子どもに対してではない。毎日自分に言い聞かせていないとすぐにその気にさせられてしまう。

失望と絶望

ある牧師先生が「本来人には失望はあっても絶望はない」とおっしゃっていた。生きていれば瞬間的に「望みを失う」ことはある、つまり失望である。しかし「望みが絶たれる」ことはない、すなわち絶望は無い。特にクリスチャンに絶望はないはずだと言われた。

絶望は自惚れだ、と言われたこともある。始めは意味が分からなかった。解説してもらったのだが、自分の力でやろうとするから万策尽きて「絶望」に直面する。自分でやろうとするうぬぼれが絶望を生み出すと言うのだ。本当にその通りだと思う。しかし実生活において、自分で動くしかないことがほとんどである。黙って横になってうまく行くことはあまりない。

それでも神様は「わたしに頼りなさい」と仰る。

自分で

自分の力で立ち上がることも歩くこともできない時がある。それぐらい落ち込むことがある。そんな時は祈ることすらできなくて「祈りを導く聖霊様、わたしの心をさぐりそれを綴って言葉にして祈りにかえてください」と心に思うのが精一杯になってしまう。こう言う時は、比較的安全な状態であることを体験的に分かっている。しかし、自分の力で立ち上がり、歩ける時は要注意である。「自分で」やろうとする時だからである。自分でやるからうまくいかず、失望する。

妻からのメールで「謙虚と感謝を決して忘れないように」と教えられた。その通りである。

サタンは、迫害によって真理を粉砕することができなかったのを見て、 大背教とローマ教会の出現の原因となったところの妥協策を、ふたたび 採用した。サタンはクリスチャンを、今度は異教徒ではなくて、世俗の 事物に執着して、刻んだ像を拝むのと同様に偶像礼拝者となってしまっ た者たちと、結合させようとした。こうした結合の結果は、昔と同様に 有害なものであった。宗教の仮面のもとに、虚栄とぜいたくがほしいま まに行われて、教会は堕落した。サタンは聖書の教義をゆがめつづけ、 無数の者を滅びに陥れるような伝説が、深く根をおろしつつあった。教会は、「聖徒たちによって、ひとたび伝えられた信仰」を主張するかわり に、こうした伝説を支持し、擁護した。こうして、宗教改革者たちの非 常な努力と苦難によって確立された原則が、崩壊したのである。

各時代の大争闘電子版p291 アメリカ合衆国と建国の精神

しゅのみてにたよるひは

 

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ふたりの証人

聖書

黙示録に「わたしのふたりの証人」という言葉がでてくる。個人あるいは教団教派によってこれについての解釈は違うと思うが、所属する教団ではこの証人を「旧約聖書と新約聖書」と理解している。ヨハネの時代には未だ新約聖書は無いがその基となる思想や教えはイエスキリストによって既に存在していた。この聖書がいかに大切であるかを毎日読む書物を通して痛感している。中世暗黒時代、宗教改革とその後に多くのクリスチャンが殉教した。ある時は国家からの弾圧を受けたが、そのほとんどがローマ法王権からの迫害によるものである。ローマ法王権の尽力したことはとにかく「聖書を手にとらせない」こと。聖書を読むことで真理を見出されては困る、ということだろうか。だからローマ法王権が聖書を焼いた。ローマ法王権が真理を求めるクリスチャンを殉教の死に追いやった。聖書を読み、真理に到達しないことが如何に危険なことかが歴史を通して理解できる。神様の声や指示を直接聴けた時代は良いな、と憧れたことがあるが今は聖書によって今も生きている言葉と神様のお考えを知ることができる。本当にありがたい時代である。

1260日の預言

フランスで幾世紀も続いた、聖書に対する闘争は、ついに革命へと発 展した。この恐ろしいできごとは、ローマが聖書を圧迫した当然の結果 にほかならなかった。革命は、世界がローマの政策の成り行きについて目撃したところの、最も著しい例であった。それは、ローマ 教会が1000年以上にわたって教えてきたことの結果の実例であった。

法王至上権時代における聖書の禁止については、預言者たちによって 預言されていた。また、黙示録の記者は、「不法の者」の支配のために、 特にフランスに起こる恐ろしい結果をも指摘している。

主の天使は、次のように言った。「『彼らは、42か月の間この聖なる 都を踏みにじるであろう。そしてわたしは、わたしのふたりの証人に、 荒布を着て、1260日のあいだ預言することを許そう。』・・・・そして、 彼らがそのあかしを終えると、底知れぬ所からのぼって来る獣が、彼ら と戦って打ち勝ち、彼らを殺す。彼らの死体はソドムや、エジプトにた とえられている大いなる都の大通りにさらされる。

各時代の大争闘電子版p259 聖書とフランス革命

ここに、「42か月」と「1260日」という2つの期間があげられ ているが、これは同じもので、キリストの教会がローマの圧迫を受ける期間を表わしている。1260年の法王至上権時代は、紀元538年に 始まったから、1798年に終わることになる。この時、フ ランスの軍隊がローマに侵入し、法王を捕虜にした。そして彼は配所で 死んだ。その後、すぐ新法王が選ばれたけれども、法王制度は、もはや 以前のような権力を振うことはできなかった。

教会の迫害は、1260年の全期間を通じて続いたわけではなかった。 神は、神の民をあわれんで、火のような試練の期間を短縮された。救い主は、教会にふりかかる「大きな患難」を預言して言われた。「もしその 期間が縮められないなら、救われる者はひとりもないであろう。しかし、 選民のためには、その期間が縮められるであろう(」マタイ 24:22)。 迫害は、宗教改革の影響を受けて、1798年より前に終わったのである。

各時代の大争闘電子版p260 聖書とフランス革命

今こそ聖書

聖書の構造がよく分からなくて読みづらさを感じていた。恥ずかしながら、聖書通読をするようになってほんの少しだけ聖書の構造が見え始めてきた。それまでは聖書を文脈で捉えることができず、1,2節の短い言葉で勇気付けられるところを探しそこを抜き出して聖書を読んだ気になっていた。でも文脈が少し分かると理解も深まり、逆に新たな疑問も生じる。そして御言葉がいつも心に語りかけてくれる。やはり「聖書研究」と御言葉を通して神様と交わることは形態によっては少し違うのかも知れない。どれだけ聖書に対する知識や理解がなくても、聖書の言葉は生きているので直接読む人に何かを伝える力を持っている。人の解説など必要とせず神様が直接語ってくださるのだと思う。勿論聖書研究によって御心を深く知ることも大切であるし、それがどれだけ信仰を育んでくれるか分からない。

「底知れぬ所からのぼって来る」神を汚す権力に殺された神の忠実な 証人は、長く沈黙していなかった。「3日半の後、いのちの息が、神から 出て彼らの中にはいり、そして、彼らが立ち上がったので、それを見た 人々は非常な恐怖に襲われた」(黙示録 11:11)。キリスト教を廃し 聖書を破棄する法令が、フランスの議会を通過したのは、1793年で あった。それから3年半後にはこの法令は廃止され、聖書を読むことを 許す決議が、同じ議会において採択された。聖書を拒否した結果起こっ た極悪非道さに、世界は驚きを禁じ得なかった。そして人々は、神に対 する信仰の必要と、神の言葉が、徳と道徳の基礎であることを認めたの であった。主は言われた、「あなたはだれをそしり、だれをののしったの か。あなたはだれにむかって声をあげ、目を高くあげたのか。イスラエ ルの聖者にむかってだ」(イザヤ 37:23)。「それゆえ、見よ、わた しは彼らに知らせよう。すなわち、この際わたしの力と、わたしの勢い とを知らせよう。彼らはわたしの名が、主であることを知るようになる」 (エレミヤ 16:21)。

各時代の大争闘電子版p279 聖書とフランス革命

2人の証人について、預言者はなお次のように言っている。「その時、 天から大きな声がして、『ここに上ってきなさい』と言うのを、彼らは聞 いた。そして、彼らは雲に乗って天に上った。彼らの敵はそれを見た」 (黙示録 11:12)。フランスが神の2人の証人に戦いをいどんで以 後、かえって彼らは、それまでになかったほどあがめられてきた。 1804年に、英国聖書協会が組織された。これに続いてヨーロッパ大 陸に、多くの支部をもった同様の聖書協会が設立された。1816年に は、米国聖書協会が設立された。英国聖書協会が設立されたとき、聖書 は50か国語で印刷配布された。そしてその後、聖書は幾百の国語と方 言に翻訳されてきた(付録参照)。

1792年以前の50年間、外国伝道事業についての関心はなかった。 新たな伝道協会は設立されなかった。そして、異教国にキリスト教を宣 べ伝えようと努力する教会は、ほとんどなかった。しかし、18世紀の 終わりになって、大変化が起こった。人々は、合理主義の結果に不満を 感じ、神の啓示と体験的宗教の必要を痛感したのである。この時から外 国伝道事業が、これまでにない発展を遂げたのであった(付録参照)。

印刷技術の発達が、聖書配布事業を促進した。諸国間の交通機関の発 達、昔ながらの偏見の壁や国家的排他主義の崩壊、ローマ法王の俗権の 喪失などが、神の言葉が入っていく道を開いた。数年前から聖書は、ロ ーマの通りにおいてさえ、何の束縛も受けずに販売されている。そして それは、今、人類の住んでいるところはどこにでも、配布されるように なったのである。

各時代の大争闘電子版p280 聖書とフランス革命

「宝くじに当たった」河原 久 牧師

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クリスマスプレゼント

天使の守り

今朝、ある書物を読みながら宗教改革あたりのことを学んでいた。英国における宗教改革である。英国国教会の司祭でもあったジョン。ウェスレーの話を読みながら感動で心が震える気がした。真剣に神様に仕えたいと思って行動していたウェスレーを神様は特別に守ってくださった。

神のしもべたちは、困難な道を歩いた。有力者や学者たちは、その力を振って彼らに反対した。しばらくして、聖職者の多くは、彼らに断固たる敵意をあらわし、純粋な信仰とその宣言者とに対して、教会の 扉 は ふたたび閉じられた。彼らに対する聖職者たちの説教壇からの非難は、 人々の間に暗黒と無知と不法を引き起こすものであった。ジョン・ウェ スレーは、何度となく神の憐れみ深い奇跡によって死を免れた。群衆が 彼に対して激しく怒って、もはや逃げられないように思われた時、人間 の姿をした天使が彼のそばに来て、群衆が後退したすきに、キリストの しもべは危険な場所から安全なところに行くことができた。

このようにして激怒した群衆から救い出されたのであるが、そうした 経験の1つについて、ウェスレーは次のように語っている。「われわれが 町へ向かって、すべりやすい道を下っていた時、多くの者がわたしを倒 そうとした。もし1度倒れたならば、それきり起き上がれなかったことだろうと思う。しかしわたしは1度も転ばず、すべりもせずに、彼らの手から完全に逃れた。・・・・多くの者がわたしのえりや服をつかんで引き 倒そうとしたが、彼らは、しっかりつかむことができなかった。ただ1人、 わたしのチョッキのポケットのたれぶたをつかんだが、それはすぐにちぎれてしまった。もう一方の、銀行の小切手の入っていたポケットのたれぶたもちぎれて、半分だけ残った。・・・・わたしのすぐ後ろにいた頑丈な男は、わたしを大きな樫の棒で数回なぐった。もしも彼が、それでわたしの後頭部を1度なぐったならば、もうわたしは、それでおしまいだ ったであろう。しかし、そのたびに、棒はわきにそれた。どんなふうにかは知らない。なぜならわたしは、右にも左にも動くことができなかっ たのだから。・・・・また、もう1人の男が群衆をかきわけて近づき、手を 上げていきなり打ち下ろしたが、わたしの頭をなでただけであった。

『なんて柔らかい髪をしてるんだ!』と彼は言った。・・・1番最初に悔い 改めたのは、町の英雄たち、どんな時にでも野次馬たちの先頭に立つ男 たちで、その中の1人は、娯楽場の拳闘選手だった男であった。・・・・

神は、なんと穏やかにわれわれを導いて、み心を行わせられることで あろう。2年前に1個のれんががわたしの肩をかすめた。その1年後に は、石がわたしの両眼の間に当たった。先月は1回なぐられ、今夜は町 に入る前に1回と町を出てから1回、計2回なぐられた。しかし、2回 ともなんともなかった。1人はわたしの胸を力いっぱい打ち、もう1人 は、血が吹き出るほどの勢いでわたしの口を打ったのだが、わたしは、 どちらの場合も、わらがさわったほどの痛みも感じなかった。」

各時代の大争闘電子版p251 英国における真理の前進

クリスマスプレゼント

クリスマスプレゼントとして子どもと妻にお金を送った。12月のはじめに送っていた。こちらで選ぶと好みでないものを選ぶ可能性があるので、プレゼントの選択は妻に任せてお金だけを送っていた。ただ、何となく味気ない気がして数日前に妻に宛てて新しい聖書を送った。今までよりも大きめの聖書だ。A5サイズというもの。

昨日、妻からのLINEで聖書が届いたことを知らせてくれた。殊の外喜んでくれたようで安心した。妻はクリスチャンの母親とキリスト教に関心のある父親の元に生まれ小学校から高校卒業するまでミッションスクールで過ごした。大学は一般の大学に進学したが就職したのも母校であるミッションスクール。いわばキリスト教にどっぷり浸かった人生を歩んできたが、数年前いくつかの出来事が重なり教会に対して非常に否定的になってしまった。特に牧師先生からの攻撃が酷く、普段説教壇からイエス様の愛を語る人に全く愛がないことを知り教会と絶縁状態になってしまった。責任のほとんどは私にあるのだが、それでも牧師って何なのかな?と考えさせられた。勿論、愛のあるまともな牧師先生もたくさんいらっしゃるし、実際沖縄で彼女が出会った牧師先生はとてもよくしてくださった。しかし、妻は教会こそ離れたが心は神様につながり、また求めていた。そのような状態だったので聖書を送ることがどうなるのか分からなかったが、何故か送るように促された気がして思い切って送ってみた。

反応

妻が興奮した様子で連絡してきた。一緒に送った生活費と子どもたちと妻宛の「お年玉」に興奮しているのかと思いきや、聖書に感動していたらしい。自分が欲しいもの、ジャストだったようだ。大きさ、色など。早速、聖書を読みたいから良い言葉が書いてあるところを教えて欲しいと言ってきた。聖書は文脈で、と言いたいところだったがそれが自分のいけないところ。何でも押し付けてしまう。とりあえずエレミヤ書の言葉、1節だけを紹介した。聖書に線を引いてみた、と嬉しそうに写真を送ってきた。

自分が生きているのか、現実の世界にいるのかが分からなくなる時がある。週週間前まで、妻と聖書の話ができるなど絶対に考えられないことだった。このような状況を祈り求めながらも、心の中では「この祈りは地上では実現しないで天の御国で成就すること」と思っていた。それがこの地上で実現しているのだから、時々夢を見ているのかも知れないと思う。

神様の力が確実にまた力強く働いていることを痛感する毎日である。クリスマスは決してキリスト教のお祭りではないけれど、でも神様から特別なプレゼントをいただいた。忘れられないクリスマスの出来事である。

Christmas Voice 2022

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聖書通読

4

今朝、聖書通読4回目が終わった。

今回は今年の51日から始めた。昨年5月から通読するようになったのだが、1回目は口語訳を通読した。この時期はかなりハイペースで毎日10章読んでいた。2回目が新共同訳、3回目はリビングバイブルで通読した。今回はまた口語訳に戻ったがペースを落として毎日5章にしてみた。

明日から

今回は以前と比較して半分のペースで読んできたが、それでも速い気がしている。明日からは更にペースを落として1年で1回終わるペースにしてみようかな?

天沼教会 聖歌の夕べ

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ジャン・カルヴァン

もともと

宗教改革或いは現在のプロテスタント教会を語る上で必ず名前が出てくる人物のひとりがジャン・カルヴァンである。元々、教皇を支持するクリスチャンであったが従兄弟と話しているうちに教皇権やローマ教の矛盾に気づくようになる。結局、改革支持の立場をとるようになり、他のクリスチャン同様多くの試練と逃亡を経験する。フランス人で、自国にてそれなりの立場があったにも拘らず、教皇支持者たちから追われ、ついに国外にまで逃亡する事態になってしまう。

異端撲滅の厳粛な誓いが、大聖堂において行われた。その場所には、 約300年後に、生きた神を忘れた国民が理性の女神を祭るのであった。 ふたたび、行列が整えられ、フランスの代表者たちは、誓ったことの実 行に取りかかった。「処刑台が少しの間隔をおいて立てられ、プロテスタ ントのキリスト者が生きながら焼かれることになっていた。そして、王 が近づいた時に、薪に火をつけ、行列が止まって処刑を見るようにした。」これらの証人が、キリストのために耐えたさまざまの責め苦は、あまり に痛ましくて詳述できないほどである。しかしながら彼らは、決して動 揺しなかった。取り消しを勧められた時、1人は次のように答えた。「わ たしは、預言者たちと使徒たちとがかつて教え、そしてすべての聖徒た ちが信じたことだけを信じる。わたしの信仰は神に対する確信であって、 黄泉のすべての力に打ち勝つものである。」

行列は幾たびとなく、処刑の場に立ち止まった。やがて王宮の出発点 にもどると、群衆は散っていき、王と高位聖職者たちはその日の行動に 満足し、異端を全滅するまで継続すべき仕事が始まったことを祝って別れた。

フランスが拒否した平和の福音は、徹底的に根絶され、恐ろしい結果 を招いた。フランスが全力を挙げて、宗教改革者たちを迫害しはじめた 日から、258年後の1793年1月21日、以前とは全く異なった目 的のもとに、もう1つの行列がパリ市中を通った。「ふたたび、王が主要 な人物であった。ふたたび、騒ぎと叫び声があった。ふたたび、もっと 多くの犠牲者を求める声があがった。ふたたび、黒い処刑台が立てられ た。ふたたび、その日のできごとは、恐ろしい処刑で終った。ルイ16世 は、看守や処刑者たちに押さえられて、もがきながら処刑台まで引きず られてきた。そして、そこで、人々に力いっぱい押さえられ、おのが落 ち、彼の首は処刑台上に転がった。」27 犠牲になったのは王だけでは なかった。血なまぐさい恐怖時代に、そのあたりで2800人がギロチ ンで殺されたのである。

各時代の大争闘電子版p221 フランスの宗教改革

ジュネーブ

スイスに居を移したジャン・カルヴァンは結局ジュネーブに長期にわたって滞在して福音の種まきをし続けた。ジュネーブ大学は当初神学校としてカルヴァンが創設したものである。

カルバンは、30年近くジュネーブで働いた。最初は、聖書の道徳を守る教会の設立のため、その後は、ヨーロッパ全体に宗教改革を進展さ せるためであった。彼の公の指導者としての行動は、無傷ではなく、彼 の教義にも誤りがなかったわけではない。しかし、彼は、その当時特に 重要であった真理を宣布する器であった。彼は、急速に回復しつつあっ た法王権に対抗して、プロテスタント主義の原則を維持した。また、ロ ーマの教えのもとに助長された高慢や腐敗のかわりに、単純で純潔な生 活を改革教会において促進させた。

各時代の大争闘電子版p227 フランスの宗教改革

ジュネーブから、印刷物や教師が出ていって、改革の教義をひろめた。 各地の迫害を受けた人々が、この地点に、教えと勧告と励ましを求めた。 カルバンの都市ジュネーブは、西ヨーロッパ全体のかり立てられた改革 者たちの避難所となった。幾世紀も続いた恐ろしいあらしを逃れて、避 難者たちがジュネーブの門に来た。家と親族を離れ、飢え、傷ついた彼 らは、ここで温かく迎えられて看護された。彼らは、ここに住みつき、 その技量、学問、敬虔さによって、この都市を祝福した。ここに避難し た者の多くは、ローマの圧政に対抗するために自国に帰っていった。勇 敢なスコットランドの改革者、ジョン・ノックス、多くの英国の清教徒 たち、オランダやスペインのプロテスタントたち、また、フランスのユグノーたちは、彼らの故国の暗黒を照らす真理のたいまつを、ジュネー ブから持っていったのである。

各時代の大争闘電子版p228 フランスの宗教改革

今日の御言葉

「年若い者も弱り、かつ疲れ、 壮年の者も疲れはてて倒れる。 しかし主を待ち望む者は新たなる力を得、 わしのように翼をはって、のぼることができる。 走っても疲れることなく、 歩いても弱ることはない。」

イザヤ書 40:30-31 口語訳

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寄り添う

年の瀬

寒さのせいだろうか。年末が近づくと色々な業界の方が亡くなる。仲本工事さんが亡くなられたことに大きな衝撃を受けた。それこそ、その数日前に現在の生活が紹介された矢先でショックも大きかった。やはりドリフ、しかも「8時だョ!全員集合」世代なので少年時代の思い出が消えて行くような気がして寂しい。
ちなみに加藤茶さんの奥さんは前職で受け持った生徒さんのお姉さん。

仲本工事さんの少し前にはアントニオ猪木さんも逝去されている。これもショックだった。でも感傷に浸る間も無く渡辺徹さんが11月末に逝去された。同世代で一世を風靡した音楽グループのドラマー笠浩二さんが今月14日に亡くなり、その翌日にはあき竹城さんが亡くなった。そして昨日、本当に驚いたのだが「高見知佳さん」が亡くなられた。

高見知佳さん

愛媛県出身、1978年に歌手としてデビューした方である。バラエティー番組にも多数主演され、山城新伍が司会をされるクイズ番組「アイアイゲーム」で脚光を浴びるようになりその後バラエティーは勿論のこと女優さんとしても活躍するようになる。自分と一つ違いという年齢から、芸能界で活躍する同世代の方が眩しく見えた。その後、特に高見さんを意識することもなく何十年も時が経った。
今から10年近く前だろうか。ある日、学校見学のために来校されたご家族がいらした。とてもおしゃれなお父様、そしてどこかでみたことのあるようなお母様。そしておとなしいが笑顔が素敵なご子息。教頭として対応させていただき学校説明や施設の見学等をし、最後に質疑応答のような時間を設けた。既に2時間ほどが経過していたが、お母様の軽快なおしゃべりと相手に対する気遣いなどが心地よく時間が経つのも忘れるほどだった。ご長男の高校進学はまだ先の話だったので系列の中学校を紹介させていただいた。当時お父様が沖縄で飲食店を経営され沖縄在住であったため沖縄県内の中学校を紹介した。一通りの説明が終わりいよいよ帰られるタイミングで、恥ずかしながら意を決して質問してみた。
学校には色々な方が訪問される。稀に著名人も来られることもある。しかし、有名な方だからといってこちらの態度が変われば何となくミーハーで品格を問われる気がする。一方、有名な方なのにそのことを話題にしないことで、相手に不快な思いをさせることも考えられる。いつもこのふたつで悩む。結局、大体は「意に介さず」という姿勢で対応させていただく。のだが、この時は何故か言ってしまった。

「お母様、大変不躾な質問で申し訳ありませんが『高見知佳さん』ではないですか?間違っていたら申し訳ありません」

「あら、気づいてくださいました。そうです、高見知佳です。」

この時はお声がけして良かった、と心から思った。その後何度か、いや何度も学校を訪問してくださりたくさんの良いお話を聴かせていただいた。ある時はキャンパスを一緒に歩いている時に、いたるところにハーブがあることに気づいてくださった。よろしければ、好きなだけお持ち帰りくださいと言うとローズマリー、ミント、レモングラスなどを摘んで行かれた。

ご実家の都合で愛媛に戻られてからは更に頻繁に広島のキャンパスを訪問してくださるようになった。その間、参院選に出馬されたり地域のボランティア活動に積極的に参加されたり、またラジオのパーソナリティーをつとめるなどご多忙をきわめていらした。

彼が

ニュースを詳しく見ていると、喪主がご子息になっていた。実名も出てしまっているが、あどけなさが残る彼がお母様を失った悲しみの中で喪主をつとめるのだ。そんなことを思ったら涙が出てくる。少し前に成人式を迎えたばかりの青年である。本当に辛いだろうな。恐らく芸能界や政界からの弔問があり、弔電等にも対応しなくてはならないはず。悲しむことすらできない状況なのかも知れない。祈ることしかできない。

そして、彼には是非思い出して欲しい。
「中学、高校時代の君の友人はみんな神様に祈ることを知っている人ばかりだよ。君がどん底にいて祈ることができない時にも、君に代わって涙を流して祈ってくれる友達だよ。彼らの誰でもいいから連絡してごらん。寄り添ってくれる友人がいっぱいいるから連絡をとってごらん。」

心からこう祈りたい。
「神様、お願いです。もうこれ以上人の命をとらないでください。そして1日も早く、命を失うことのない場所に私たちを連れて行ってください。」

セブンスデー・アドベンチスト天沼教会 クリスマスメッセージとハンドベルによる聖歌

 

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