新しく生きる

年男

昭和38年生まれの卯年。2023年に還暦を迎える年男。父が還暦の頃をよく覚えている。その時の父と自分を比べるとまだまだその域に達していないことを痛感する。父は裸一貫、0から始めて長男にかわって家族を養い自分の夢を諦めて仕事と信仰に精進した。土地を買い家を買い子どもたちを大学までだしてくれた。家も土地も無く長男の学費にアップアップの自分とは次元が違う。サラリーマンとして働く途上のどこかで考え方や「真の強さ」を履き違えてしまったように感じる。イエス様を目標に、そして父を見習って、教団職員の悪い部分である甘えを払拭して新しく生き直す必要を痛感している。

父の話

昨日の投稿の続きになるが、今から20年ほど前に父が東京中央教会で行った礼拝メッセージの原稿が見つかった。見つかったというより父が見つけて見せてくれた。よく知っている話である。しかし、今の自分にはこういう話が心に刺さる。かつての自分のように教団職員は一応生活が保障されているので生きるか死ぬかで困ることはあまりない。しかし自営業の父はそうではない。そんな、二進も三進もいかない状況の苦悶を語ったメッセージである。

要約すると次のような話になる。

イエス様の御愛
「病みて知るクリスチャンの本音の温かさかな」という言葉の意味を体験したのは今から2年半前(2002年)のこと。大腸癌を患い東京衛生病院に入院中多くの方々からお見舞いや励ましの言葉をいただいた。千先勉牧師は書道家にお願いして聖書の言葉を色紙にしたため頻繁にお見舞いに来てくださった。人々の優しさに触れるたびにイエス様がどれほど自分を愛してくださっているのかを実感する毎日であった。イエス様の愛を実感する日々ではあるが、これまでを振り返ると決して平坦ではなく山あり谷ありの人生をイエス様と一緒に歩かせていただいた。間も無く、イエス様が来られて天の御国に連れて行ってくれることを思うと嬉しさが込み上げてくる。自分がこの地上で体験した不思議なことを携えて天に行けることは何よりの喜びである。この地上で経験した不思議な話をひとつ紹介させていただきたい。

1945年3月10日の東京大空襲の経験は自分にとって決して忘れることのできないものになっている。神様がどれほどすごい方なのか、をこの経験が絶えず思い起こさせてくれる。この日、自分は15歳の少年で、家には心臓病で寝たきりの父と、母そして5人の弟妹がいた。日付が変わって10日になった夜中からアメリカ軍の爆撃機B29が東京の上空を飛び回った。270機が飛来して来た。そしておよそ2時間に渡って焼夷弾を投下し続けた。38発をひとまとめにして、B29がそれぞれもっている1520発を投下し続けた。その時に住んでいたのが向島で、裏手に京成線の線路があった。自分はその線路の土手に登って焼夷弾が投下され一面焼け野原になる光景を目の当たりにした。このままでは自分の家も焼かれると思ったので直ぐに家に戻り両親に緊迫した状況であることとこれから逃げるしかないけどどうするか、と聞いた。どうするかというのは心臓病の父のことである。長年トイレ以外歩いたことのない父が避難できるとは思えなかった。戸板に寝かせて兄弟で担ぐことも考えたが幼い弟妹がそのようなことをするとも思えなかったのでどうするかと聞くと、父は『大丈夫、自力で動ける』と言った。とりあえず暖をとる布団だけ持って逃げた。早く歩くことのできない父を心配しながら荒川の土手まで逃げた。多くの人が焼け出されて土手に集まっていた。我が子を泣きながら探す母親を数名見かけた。「もはやこれまで」とも思った。一方で長年歩くこともできなかった父が自力で逃げられた奇跡を心から神様に感謝した。

やがて爆撃も落ち着き、今後どうするかを考え始めた。自宅が燃えたことは近所の人が教えてくれた。今日どうやって生きたら良いのかが分からなかった。とにかく神様に「助けてください」とひたすら祈った。それからしばらくしてある男性が声をかけてきた。

「おじさん、おじさんじゃない?」

見覚えのある人だ。この人は以前自分の家で働いていた朝鮮の人でしばらく前に自立すると言って辞めた人だ。

「おじさん(祖父のこと)、家が焼けちゃった?わたしの家にきたらいいよ。うちは家が焼けずにのこりご飯もたくさんあるから。うちにきたらいいよ」

そう言ってこの方のお世話になることにした。1週間ほどお世話になってから母の実家である長野(篠ノ井)に疎開することになった。

父の教え

昔から穏やかで優しい父だが、しつけには少し厳しいところがあった。たとえば玄関の敷居を踏むと叱られた。また学校に行く前に「行っています」というと叱られた。目上に人には「行ってまいります」というものだと指導された。また、今では時代錯誤であるが、自分が住む東京下町には朝鮮の方々を下に見る悪い習慣があった。しかし父は常に「朝鮮の人と言いなさい。朝鮮人とは言わないように。そして朝鮮のひとに対していつも親切にしなさい」と指導された。実は空襲の時に自宅に招いてくださった元職人さんは朝鮮の方だった。その方は仕事中にいつも日本人から受けた意地悪などを仕事中に病床の祖父に訴えていた。クリスチャン一家なので心をゆるして話してくださったのだろう。そんな話をいつも仕事をしながら父は聞いていたので、外国の方に対する差別意識には非常に敏感だったようだ。

信仰の継承

実は信州から帰ってくるときに更に驚くべきことが起こるのだが、長くなるのでそのことは割愛したい。

父と生活しているこの数日間で多くのこと、それも信仰生活に関することをたくさん教えてもらっている。文字通り信仰の継承である。どんな時も神様がともにいてくださることを父は身を以て経験しているから説得力がある。

人間の力が全く及ばない状況、人間の力を全くあてにできない最悪のピンチ。しかし、人間の限界を超えた状況こそが神様の働ける領域となる。神様はそのような状況の中にあえて人を導き出して、神様だけに頼ることを教える。今朝、読んだ創世記もそうだ。アブラムが老齢であるにも拘らず子をもうける約束。人間的には絶対にありえない。しかしそこに働ける神の力が存在することもまた事実である。

2023年、神様の世界とこの地上の世界をシームレスに行き来できる信仰生活を送ってみたい。神様を本気であてにしながら、聖書の言葉が生きていることを毎日体験していきたい。

だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである。
 コリント人への第二の手紙 5:17 口語訳

20221231 礼拝「今年を振り返って」藤田 佳大 牧師

 

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