凄い病院
13時39分、母が亡くなった。家族みんなに囲まれて。自分は長男だからしっかりしないといけないのだが最もだらしない。ずっと泣いてばかり。
たまたま、別のご葬儀があり懇意にしている葬儀社さんがいたからその方に相談することはしたがあとは全くダメ。
昨年12月28日に他院から救急車で搬送されたと聞いて、衛生病院が最期の場所になるのかも知れないと漠然と思っていた。ここなら姉が勤務する病棟だし容態は逐一連絡してもらえる。面会や看取りについてもご配慮いただいた。当分、母を失った悲しみは続くだろうがやはり衛生病院のレベルは違うことを痛感した。
神様の存在を信じている主治医(院長)はじめ看護師さんの手厚いケアとサポートをいただきどれだけ救われたか分からない。最期はチャプレンの牧師先生もいらしてくださり心を込めて聖書を読みお祈りをささげてくださった。
父
危ない、との知らせがありすぐにタクシーを手配したが配車にかなり時間がかかると言われた。仕方がないので途中で流しのタクシーを拾おうと父と歩き始めた。いつものように父には「また、お母さんに会ってこようか?」と言って出たのだが父は分かっていたようだ。いつもより断然スピードが速い。結局、衛生病院迄の1km強をかなり速く歩き通した。
病室では、一緒に天国に行こうと連呼していた。病室に入っておよそ1時間後に母は亡くなったがずっと手を握って「神様が一緒にいるから心配しなくて大丈夫だよ」「賑やか好きだったのにずっと一人で頑張って大変だったな」「もうすぐイエス様が来てくれるから、また天国でみんな一緒に暮らそうね」と繰り返し言っていた。
相思相愛という言葉は両親のためにあると思えるほどお互いを自分以上に心配する夫婦である。
猫背の父。背中が更に曲がっている。
家族は勿論、ここにいない親族に連絡しながら再会の希望を語り合った。
イエス様、今から来てくれないかな〜。
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