たそがれ

最近姉の様子が少し気になる。いつも気丈に振る舞い両親のことを一手に引き受けてくれる姉。一連の出来事で疲れているのか感傷的になっている。昨日も夕方の防災無線(暗くなるから家に帰りましょう、の音楽)を聴きながら涙が流れて来たとメールが来た。今まで一度もそのようなことを言ったことも表現したことも無い姉なのに同社ちゃったのだろう。今朝も突然自宅の庭の写真を送って来た。「今日は東京も12℃と非常に暖かいです」と書いてあった。そんな近況報告一度も無かったのに。今まで頑張って来たからガクッと来たのかも知れない。とにかく気になる。

一週間前

この一週間、どうやって生活したのか良く憶えていない。断片的な記憶はあるがなかなかそれらが繋がらない。だから曜日や日にちも良くわからなくなっている。ただ、日記を読み返して一週間前の今日、父と散歩して母のことが心配でまた悲しくて父の前で泣いてしまったことが書かれていた。一週間前、母はまだ生きていた。そんなことを考えるととても切なくなる。

昨日も職場の会議でACPのことを話し合った。自分にはついていけない。そもそもAPCの重さを数日前に体験した者にとっては傷つく話し合いでしか無かったので退室してしまった。「死」を連想するもの全てが嫌なのに。しかも明日ある方の告別式に出席して欲しいとも言われた。恐らく理解できないのだろう、人の痛みが。

そういえば

一週間前、母がなくなる朝。午前3時に目が覚めた。もう少し眠りたかったが眠れなかった。聖書を読みゆっくりと祈りとも瞑想ともつかない神様との対話の時間を2時間ほど持った。このまま少し安定してくれることをずっと祈っていた。が、11時に姉から連絡がありすぐに病院に来いとの知らせだった。

12時前に病室に通されそれからおよそ1時間強。母との時間が与えられた。本当に静かでゆっくりと時間が流れていた。クリスチャンの病院にある独特の雰囲気が悲しみの中にあっても平安を与えてくれる空間だった。

これ以上思い出すのはやめよう。

祈り

祈りを怠っては、1日、1時間たりとも安全ではない。特にわれわれ は神のみ言葉を理解する知恵を祈り求めなければならない。聖書の中に、 サタンの策略が示されている。またそれに対抗する手段も教えられてい る。サタンは巧みに聖書を引用し、彼自身の解釈をほどこして、われわ れをつまずかせようとする。われわれは、謙遜な態度で聖書を学び、ど んな場合にも神に依存していることを忘れてはならない。こうして常に サタンの策略に注意する一方、たえず、「わたしたちを試みに会わせない で・・・・下さい」と信仰をもって祈らなければならない。
各時代の大争闘電子版p529 悪魔のわな

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