バビロン
所属するキリスト教会の教団が発行する聖書研究ガイドを用いて聖書の学びをしていると大きな恵みをいただくことができる。今週はバビロンという古代都市とバビロンが象徴する性質について学んだ。
偽物は本物と見間違えるように作られている。某国の某通販サイトは驚くほど本物に似ている商品がたくさんある。憧れのMartin D-45の模造品は写真で見る限り本物と殆ど変わらない。150万円以上するものだが偽物は5万円程度で買える。もしかしたら使用している木材だけ考えても5万円の価値はあるのかもしれないがMartinというロゴが入った段階で正真正銘の偽物である。そう考えると、宗教の偽物も「あの宗教は危ない」と誰もが知っている団体ではないような気がする。偽物の宗教は、本物を自称する自分が所属する団体から派生するのではないかと思っている。全てが教団の教理と一致しておりライフスタイル、安息日、什一献金、聖所の理解など全てに矛盾がない。しかし、ほんの少しの自我、ほんの少しの混ぜ物が盛り込まれ礼拝の対象が神様から人間に変わっている、などということがないかを常に吟味しておく必要がある。
退職
昨日、ある方から電話があった。自分の親しい友人についてであった。彼が退職したという知らせだった。
退職した友人とは中学時代からの同級生で、今まで多くの時間を共有した仲間の一人である。二人とも釣り、アウトドアが好きなことから常に行動を共にすることが多かった。同じ職場で働くことも数回あり仕事の合間に釣りやキャンプに出かけていた。自分の離職をきっかけに彼とは少し疎遠になってしまったがそれでも心の友である。そんな彼が退職したと聞いて不安になった。病気なのか、ご家庭の事情なのか、組織の上層部と揉めたのか、色々な憶測が頭を駆け巡った。そういえば今日与えられた聖書の言葉があった。
「絶えず祈と願いをし、どんな時でも御霊によって祈り、そのために目をさましてうむことがなく、すべての聖徒のために祈りつづけなさい。」
エペソ人への手紙 6:18 口語訳
余計な憶測をすることより彼のために祈る必要を感じた。
しばらくして、連絡があり彼の退職理由が分かった。彼は終末のこの時代に伝道することの必要性を痛感し「自給伝道」を始めるために退職したとのこと。大学生のお子様もいて経済的にも不安があったと思うが彼は退職を選んだ。中学3年生の時、毎朝5時から聖書研究会を同級生全員で行なっていたことを思い出した。あの時のスピリットがまだ生きていることを知り心が震えた。
そういえば、彼がある研修会に参加したのちに興奮気味に語ってくれたことがあった。
「パウロはテント職人として自給していた。勿論周囲の厚意も受けていただろうが基本的には自給していた。パウロから学ぶべきことはたくさんある」と熱く語っていたことを思い出す。
一歩を踏み出すことでひらかれる神様の道があるのだと思う。御託を並べてその一歩を踏み出せない自分が恥ずかしくなった。
祈りのノートに彼の名前を書き加えた。
宜しければこちらのクリックもお願いいたします
↓↓↓↓↓↓↓