ふたつの礼拝メッセージ

安息日の祝福

あっという間に安息日が終わってしまった。「よし、新しい1週間も頑張るぞ」という気持ちよりも神様と交わることだけを考えた安息日が終わってしまうことのもの悲しさの方が大きい。今日も礼拝が終わって家に戻ってからいくつかの教会を物色して礼拝メッセージを視聴した。どこの教会も深くて心に染みる話ばかりだった。ここではふたつの教会で聴いた礼拝メッセージを紹介したいと思う。

自分自身で

ナタナエルの経験から、自分自身でイエスキリストを求めることの大切さを教えている。現代はイエスキリストに直接語りかけていただける時代ではないが自由に聖書を開きその御言葉からイエスを知りその御心を理解することができる。自分自身で、個人的にイエスを求めることの大切さを教えてくれる礼拝メッセージである。因みに説教者は牧師先生ではなく信徒である。

2021年6月19日「自分自身で」礼拝LIVE配信(メッセージは15:55から)

 

執り成しの祈り

そして彼らに言われた、「あなたがたのうちのだれかに、友人があるとして、その人のところへ真夜中に行き、『友よ、パンを三つ貸してください。友だちが旅先からわたしのところに着いたのですが、何も出すものがありませんから』と言った場合、彼は内から、『面倒をかけないでくれ。もう戸は締めてしまったし、子供たちもわたしと一緒に床にはいっているので、いま起きて何もあげるわけにはいかない』と言うであろう。しかし、よく聞きなさい、友人だからというのでは起きて与えないが、しきりに願うので、起き上がって必要なものを出してくれるであろう。

And he said unto them, Which of you shall have a friend, and shall go unto him at midnight, and say unto him, Friend, lend me three loaves;
For a friend of mine in his journey is come to me, and I have nothing to set before him?
And he from within shall answer and say, Trouble me not: the door is now shut, and my children are with me in bed; I cannot rise and give thee.
I say unto you, Though he will not rise and give him, because he is his friend, yet because of his importunity he will rise and give him as many as he needeth.

ルカによる福音書11:5-8

執り成しとは二者の間に立って仲を取り持つこと。ルカによる福音書のこの例えから執り成しの祈りの大切さについて解説している非常にわかりやすいメッセージである。

2021年6月19日 安息日礼拝〈執り成しの祈り〉東清志牧師(メッセージは29:25から)
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