3.11

今年も

今年も「東日本大震災」の日が来た。当時、自分は広島に住んでいたのでこの震災を体験していない。発生から1時間以上経過した頃にやっとこのことを知った。今日と同じ金曜日だったと記憶している。金曜日は日没から「安息日」になるため、それに備える作業を生徒と一緒に行っていた。

当時、高等学校で働いており保護者からの連絡でこの巨大地震を知った。被害の状況などは全くわからなかったがすぐにテレビをつけていくつかの断片的な情報を自分の頭の中で組み立てた。実家のことも大いに気になったが、当時教頭だったので何よりも生徒の自宅や保護者の安否などが気になった。当然のことだが連絡がつきにくくなっていた。電話が繋がらない。気ばかりが焦り、なにも手につかなかった。

すぐに校長、もう一人の教頭と話し合い今後の対策を検討した。この時期は春休み直前なので、東日本の生徒を帰省させるか否か、させるならどのような方法をとるかを検討した。考えながらも時事刻々情報が入り状況が絶望的であることを知った。「帰宅困難者」などの言葉をこの時はじめて聞いた。10時間以上かけて自宅に戻った会社員の話を聞いて、もう都市部は壊滅状態であることを知った。

「計画停電」なる言葉もこのとき知った。年老いた両親が、どうして良いのか分からず途方に暮れていた。繋がらない電話を何度もかけてとにかく安心させ必要な物資を送った。しかし、しばらくして物も送ることもできにくくなった。

今も

自然災害だけでも恐ろしいのに、明日巨大地震が起こらない前提で戦争をしている。愚かすぎると心から思う。サタンに心が支配され今にも核兵器を使用する勢いのプーチン。地球の運命が現在この一人に委ねられているのかと思うと納得がいかないし、一刻も早い解決を願うばかりである。しかし、おかしいのはプーチンだけではない。ここ2週間ぐらいで各国の意見や考えを少しだけ知ることができた。それぞれが自分たちの利権を求めている。これでは、平和に向けて一致できるわけない。ただ聖書の預言では、これから頭角を表す2つの国、勢力が「平和」を盾に世界中を一つの方向に導くという。ただ、その先にあるものが「永遠の滅び」であることも同時に教えている。今日現在、自分の住んでいるところに限って言えば巨大地震などの自然災害は無く表面的には穏やかに過ごせている。しかし、その陰には戦争があり、自分の家族もそれに巻き込まれるのではないかという恐怖がある。先行き不透明な生きにくい時代だからこそ世界中の人が真の神様に出会えることを祈るものである。

「あなたがたは、主にあっていつも喜びなさい。繰り返して言うが、喜びなさい。 あなたがたの寛容を、みんなの人に示しなさい。主は近い。 何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。 そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう。」
ピリピ人への手紙 4:4-7 口語訳

 

ウクライナ南東部で戦闘激化 小児病院空爆3人死亡(2022年3月11日)

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