911

ネプチューン・スピア作戦

20年前、あの痛ましい事件が起こった。あれから20年も経過した気がしない。航空機がワールドトレーディングセンターに向かっていく画像があまりにも衝撃的だったからだろうか。それともその後も頻繁に起こるテロ事件のせいなのかよく分からない。何れにしても悲惨すぎる事件だ。宗教が絡むと人間はどこまでも「正義のため、神のため」と残酷になれる。クリスチャンである自分にとって人ごとではない。キリスト教こそ十字軍でエルサレムを奪還するためにイスラム教徒を殺害し、教会の権威に従わない人々をどれだけ迫害し殺してきた歴史がある。そんな過去の過ちを学び「なんて酷いことを…」などと思ってしまうが一方で911の首謀者であるウサーマ・ビン・ラーディンが2011年5月に決行されたネプチューン・スピア作戦で殺害されたことを喜んでいるのも自分である。また、北の将軍様も同じような計画でやってしまえば良いのに、と考えてしまう。自分の心の中に住み着いている悪魔の影響を垣間見る思いだ。結局人間が努力したところで本当の幸せを作り出すことなどできない、と思っている。世界宗教者会議が行われ今後教皇を頂点とした宗教者たちの連合体が新しい世界秩序を生み出して行くのかも知れないがそれすら人間の考えること。必ず悪魔の影響を受けており誰かが経済的、政治的利益を受け世界を支配するようになるのだと思う。そのようなものは決して真の幸せではない。

良きサマリヤ人

礼拝を終えて家に戻り、いくつかの教会で行われている礼拝にオンラインで参加した。その中で良きサマリヤ人の話を非常に深く掘り下げているメッセージを見つけた。
聖書の記述は以下のようになっている。
「するとそこへ、ある律法学者が現れ、イエスを試みようとして言った、「先生、何をしたら永遠の生命が受けられましょうか」。 彼に言われた、「律法にはなんと書いてあるか。あなたはどう読むか」。 彼は答えて言った、「『心をつくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。また、『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』とあります」。 彼に言われた、「あなたの答は正しい。そのとおり行いなさい。そうすれば、いのちが得られる」。 すると彼は自分の立場を弁護しようと思って、イエスに言った、「では、わたしの隣り人とはだれのことですか」。 イエスが答えて言われた、「ある人がエルサレムからエリコに下って行く途中、強盗どもが彼を襲い、その着物をはぎ取り、傷を負わせ、半殺しにしたまま、逃げ去った。 するとたまたま、ひとりの祭司がその道を下ってきたが、この人を見ると、向こう側を通って行った。 同様に、レビ人もこの場所にさしかかってきたが、彼を見ると向こう側を通って行った。 ところが、あるサマリヤ人が旅をしてこの人のところを通りかかり、彼を見て気の毒に思い、 近寄ってきてその傷にオリブ油とぶどう酒とを注いでほうたいをしてやり、自分の家畜に乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。 翌日、デナリ二つを取り出して宿屋の主人に手渡し、『この人を見てやってください。費用がよけいにかかったら、帰りがけに、わたしが支払います』と言った。 この三人のうち、だれが強盗に襲われた人の隣り人になったと思うか」。 彼が言った、「その人に慈悲深い行いをした人です」。そこでイエスは言われた、「あなたも行って同じようにしなさい」。」
‭‭ルカによる福音書‬ ‭10:25-37‬ ‭口語訳‬‬

ある卒業生

自分が担任した卒業生と現在連絡を取り合っている。その主な内容は数学の学習指導である。諸事情により高校を途中で辞め検定試験を受けて高校卒業同等の資格を得た。直ぐに進学したかったが経済的なこともあり、またその後発症する難病との戦いもあり1年浪人することになった。現在その途上で数学が分からなくなると質問して来る。実は、親御さんがこの子の面倒を殆ど見ないのである。高校を中退したのも親御さんがこの子に対してお金を払わなくなったことが大きな原因である。かなり重篤な症状の病にかかるも退院後は新しいパートナーとのことで手いっぱいのようでこの子には全く手をかけない。自分はこの状況を全く知らなかったのだが、以前にこの子が通っている教会に20年ほど前に担任したある卒業生が通っていた。この昔の卒業生に年齢が20歳離れている大学受験を控えている卒業生のことを軽い気持ちで「支えてあげてね」と頼んでいた。それがきっかけではないと思うが、あまりにも親御さんが面倒を見ないので昔の卒業生が自宅の離れを改修して人が住めるようにリフォームしてこの大学受験を控える子を引き受けてくれたのである。毎日の食事や健康チェックなど全ての面倒を見てくれている。またこの面倒を見てくれている卒業生は最近までオーストラリアにいたので英語も堪能で、受験指導もしてくれている。本当に心強い。何とかしたい、何かをしないといけない、と思う人はたくさんいる。しかしそれを行動に移せる人は非常に少ないと思っている。そこにはイエス様の愛に通じるものがあると思う。ふたりの卒業生から非常に多くのことを学ばせてもらっている。
メッセージは1:07:48から

20210911礼拝 説教 東清志

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