変わらないもの

職員礼拝

職場では毎朝8時30分から礼拝が行われる。土曜日以外の毎日行われるが自分は送迎の都合で出席できない日がある。月曜日は比較的出席できる率が高いのだが、そのこともあって今日月曜日は自分が礼拝の担当になっていた。心をイエス様に向けるためのショートメッセージをするのである。出席者の半分以上はノンクリスチャンの方である。この方々が毎朝讃美歌を歌い主の祈りもするのだから凄いと思う。ただ聖書のメッセージがどこまで届いているのかは疑問であった。職場の服務規程に毎朝の礼拝に極力参加すること、という項目があるため仕事をクビにならないために参加している、と言っても良いかも知れない。勿論ノンクリスチャンと言ってもイエス様を求めている人もいるだろうから一概に義理や強制で参加しているとは言えない。全員がクリスチャンだったら話せることも多いのだがノンクリスチャンに向けてイエス様のメッセージを語ろうとすればかなり悩んでしまう。結局、3年前に経験した「西日本豪雨災害」について話すことにした。画像と動画を用いてメッセージをしたが次のようにまとめた。

「聖書には終わりの時代に自然災害や疫病、飢饉、戦争などがあると預言されている。毎年夏になると色々な場所で自然災害や事故のニュースを見聞きする。それらが起こる前に備えをすることは非常に大切なことだと思う。これが自然災害や事故だけなら少し人ごとに思えてしまうが、心の中の災害を含むと全ての人がその被災者になる可能性が充分にある。この心の災害に遭ったことを考えてみたい。もしかしたら今日、多くの悩みや苦しみ困難があってやっとの思いで出勤した方もいるかも知れない。心の中に逆巻く大波、大嵐で心が壊れそうになっている人がいるかも知れない。そのような方に対して聖書はこう言っている。

あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである。
There hath no temptation taken you but such as is common to man: but God is faithful, who will not suffer you to be tempted above that ye are able; but will with the temptation also make a way to escape, that ye may be able to bear it.
第一コリント10:13

またこの世の苦しみや困難をご自分の痛みとして理解してくださるイエス様は、私たち人類を2度と苦しむ事がない新しい世界に連れて行こうとしている。その場所がどのような場所であるかは黙示録が語っている。

また、御座から大きな声が叫ぶのを聞いた、「見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となり、神自ら人と共にいまして、人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものが、すでに過ぎ去ったからである」。
黙示録21:3,4

人々の幸福にしか関心がないイエス様に目を向け続ける1日を過ごしたい」と。

本当は

礼拝のメッセージは誰かをイメージして考えたわけではない。むしろ自分自身に対する自戒と励ましの意味を込めて考えたものである。職場には多くのクリスチャンでない方がいる。自分は今までクリスチャンの中でしか働いた事がない。なのでノンクリスチャンがいる職場は新鮮であり同時に怖さもあった。自分という人間をみてクリスチャンがどのような人種なのかが計られてしまう、そんな気がして怖かった。だからどんなに落ち込んでいても、家を出るまで「死による解決」だけを考えていても職場では一切そのような個人的な感情を表に出さず、とにかく明るく笑顔を忘れずに、また大きな声で挨拶することだけを意識してきた。仕事が終わってタームカードを押した瞬間に朝のどんよりとした気分に戻るのである。そのような生活だから自分自身がもっときちんとしないといけないと毎日反省している。前日、少し上向きになって夜を迎えても翌朝はまたどん底に突き落とされた気分で1日が始まってしまう。「いつまでこの生活が続くのだろう」「いつまでこの希望のない生活をしなくてはいけないのだろう」「子どもの学費を払い終えたらもう人生を終えても良いかな」などと神様が悲しむことばかりを考えて1日がスタートする。起きてから出勤までおよそ1時間ぐらいの余裕があるがその間ずっと悶々と悩み続けているのだ。こんな生活が本当に嫌で神様に助けてくださいと真剣に祈る毎日である。

昨日も今日も

今朝与えられた聖書の言葉は有名な聖句であるが読んでみてとても励まされるものだった。

「イエス・キリストは、きのうも、きょうも、いつまでも変ることがない。」
ヘブル人への手紙 13:8 口語訳

イエス様は決して変わることのない方。約束を必ず守られ、昨日言ったことを今日は撤回する、ということもない。不安定、不透明な時代に決して変わらない存在があることは本当に頼もしいことだし素晴らしい。このイエス様を信頼してもう少し歩いて行こうと思う。

20210724礼拝 説教 東清志

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