長男のこと

帰省

今日の沖縄便で長男は広島から沖縄の家に帰った。母親のところに戻った。飛行機に乗る直前までLINEでやりとりをしていた。何とか元気付けようと励ましの言葉をかけ続けた。母親のところに帰れる安堵感も手伝って少しずつ声に張りが出てきたので少し安心した。大人ぶっているけれどまだ中学3年である。色々な重すぎる荷物を背負っている長男を本当に気の毒にまた申し訳なく思っている。自分がもっときちんとした父親だったら息子はこんなに傷つかずに済んだのに、自分がまともな父親だったらもっと幸せだったのにと思ってしまう。搭乗してからもしばらくはLINEが繋がっていたがしばらくすると機内モードに切り替えたようだった。それでも1人で飛行機に乗って2時間近くも旅をする子どもが心配で、趣味の航空無線を聴くために入れているアプリ「Flightradar24」というものを使って子どもが乗っている飛行機を追跡していた。このアプリは地図上に現在地を知らせるマーカーがつき、速度と高度も同時に表示されるものでとても重宝している。大分の東を過ぎ宮崎から鹿児島の上空を通り沖縄本島に向かう。基地がある関係で沖縄本島上空は低空飛行をしなくてはならない。およそ1200ftの高度を維持して本島西側を通り那覇空港に向かった。着陸は新滑走路で予定時刻よりも数分早く到着した。梅雨の影響もあり飛行機が揺れて怖い思いをしなかったか、酔わなかったかと心配になってすぐにLINEで確認した。空港には母親が迎えに来ているのでこれから合流すると言っていた。

妻のような教員

昨日も書いたが、やはり一番いけないのは親である自分だと思っている。家庭の重荷まで背負わせてしまい子どもを傷つけていることを十分反省している。そのことは妻にも何度となく話しているが聴く耳を持たない。子どもへのメールで、こんなことを書いて送った。
「今回○○君(子どもの名前)がこういう風になったのは決して自分のせいでは無いから自分のことを責めないでね。パパを筆頭に周りにいる大人の責任なんだよ。本当にごめんね。でもね、もしも○○君の学校にママがいたらきっと○○君は家に帰ることもなく学校でそのまま元気に生活できていたと思うよ。ママは担任をしている時も舎監をしている時も、困っている人や悩んでいる人を発見する天才だったんだよ。そしてそういう人を見つけると家に呼んでご飯を食べさせて、ドライブに連れて行き何時間でも話を聴いて痛んだ。それを毎日のように繰り返していたよ。だからママのホームルームは本当に笑顔の生徒が多くて仲がよかったんだ。ママはそういう先生だったんだよ。」
妻は本当にそういう能力に長けている教師だった。だから生徒はもちろん保護者からも特別に信頼されていた。かつて働いていた学校には、もうこういう先生がほとんどいなくなってしまった。こういうスピリットを持った先生は何故か排除されてしまった。神様は一体どこをご覧になっているのだろう。このままこの学校の教育力を低下させ学校を潰すことが目的なのだろうか。本当にまともな先生がいなくなってしまったのだ。2人ぐらいしか残っていない。いつかこの学校を追いやられた、本物の教員が集まって教育活動ができたらいいなと、夢のようなことを考えている。教育の目的、それは救済であり子どもたちをイエス様のところに導くこと。これ以外に無い。そして教育の根本に不可欠なものは「愛」である。所謂「教育熱心な方」にしてみたら「何をバカな、甘いことを言っているのか」と言われてしまいそうである。でも本当の教育の価値が評価されるのは間も無くおとずれるイエス様のご再臨の時である。その時になっていかに間違った価値観で子どもを育てていたかが明白になるだろう。自分がかつて働いていた学校も残念だけれどやはり道を誤った学校に成り下がってしまった。
数学ヤクザ 荻野 暢也 愛のある説教

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