神を認める

一人静かに

昨日、牧師先生がメッセージと証の文章を送ってくださった。
ふたつの話を紹介してくださったがとても考えさせられる内容で、同時に励まされた。ひとつ目のメッセージは次のような内容だった。

 

『静まって、わたしこそ神であることを知れ。』詩篇46:10

メソジスト運動を起こしたジョン・ウエスレーをご存知だと思います。彼の母はスザンナといいます。彼女にはジョンを含めて19人の子どもがいました。彼女の時代は現代のような便利な時代ではありません。冷蔵庫、洗濯機、掃除機などはありませんでした。

毎日の家事と育児がどれだけ大変だったか・・・。食事を作り、手洗いで洗濯をします。加えて子どもたちに勉強も教えました。想像を超えた忙しさだったことでしょう。彼女は戦争のような毎日の生活の中で、午後一時から二時までの一時間は何をしていても働きの手を止めて寝室に一人こもって祈っていたと言います。

彼女は、神様の前に静まり、祈って聖書を開いてみ言葉に耳を傾けたのでした。この時間こそが彼女の力の源泉だったのです。そして、その祈りの中からウエスレーのような人物が育っていったのです。

私たちも多忙な毎日を過ごしています。時間に追われるような日々です。でも、だからこそ神様の前に静まる時間が必要なのです。イエス様は、「私から離れては、あなたがたは何一つできないからである」(ヨハネ15:5)と言われました。このイエス様の言葉の意味を知る必要があります。

神様の前に一人静まる時間を確保しましょう。聖書を開いたら、日常の喧騒の中で聞き逃している神様のみ声が聞こえてきます。その言葉によって私たちは生きるのです。

もう一つの証

イタリアで建設業を営むロバートは、誰から見ても成功者の一人でした。しかし彼は心のなかで、もっと神様に近づきたいという渇きを常に感じていました。身の回りで起きたいくつかの出来事を通して、彼は神がすべてを備え、導いてくださると確信し、安定した職業を捨てて全時間を伝道者として献身する決心をしました。

アフリカでしばらく働いた後で、彼はウクライナにいる貧しい人々を援助するための物資を集める仕事に導かれました。友人にも協力してもらい、彼は4台の大型トラックを用意して衣類や物資をいっぱいに積み込みました。ウクライナ国境を通過するのはかなり厳しいことが予想されましたが、神様がどんな計画を用意してくださるかを考えると興奮して眠れないほどでした。

案の定、国境に着くとすぐに警備員に呼び止められました。

「国境を越えることができるのはスーツケース2個だけ、それ以外の荷物は1キログラムごとに超過料金を払わなければならない」と彼は冷たく言い放ちました。もちろんロバートはそんなお金など持ち合わせていません。自分たちの信仰心が足りないのだ、と考えた彼らは、何度も何度も、渾身の祈りを捧げましたが、警備員の態度が変わる様子はありません。何日経っても、ついにトラックは国境を超えることができなかったのです。

あきらめたロバートは、大型トラック4台分の積荷を何日もかけて降ろすと、国境にある倉庫の中に運び込みました。そしてウクライナ国境からほど近い教会の牧師と連絡を取り、物資を届けに来たが国境を越えられなかったので、荷物はすべて倉庫に一時保管していること、また倉庫の鍵の暗証番号を伝えた後でイタリアに戻っていったのでした。

ウクライナ人の牧師は興奮しながら、6人の屈強な男性と一緒に倉庫に向かいました。一人が2つずつ空のスーツケースをもって倉庫に入り、衣類や物資をいっぱいに詰めこんだあとで、再び国境を越えて戻っていきます。こうして彼らは毎日同じ段取りを繰り返し、倉庫の中の物資を少しずつ国内の困っている人々に配っていったのでした。

しかしこのような作戦が見破られるのも時間の問題でした。ついに警備主任が彼らを呼び止めました。「お前たちは何をしている?」 

男たちは、貧しい人々を助けるために物資を運んでいるのだと説明しました。しかし警備主任は「貧乏人のために物資を運ぶなどと馬鹿げた嘘をつくな! 本当のことを話せ!」と男たちに迫りました。彼らは正直に、自分たちは神を信じるクリスチャンであること、そして神に導かれてこの仕事をしているのだと説明しました。

警備主任は彼らをじっと見つめながら、「神がいるというなら、俺の前でそれを証明できるか?」と挑発してきました。牧師と仲間たちはその場に座り、警備主任を相手に、神と三位一体についての聖書研究を始めました。次の日は別の真理について彼に語り、さらに翌日も同じ様にしました。最終的に、彼らは倉庫から荷物を運び出しながら、1ヶ月間、この警備主任を相手に聖書研究を続けたのでした。

翌月になって、すっかり真理を受け入れるようになっていた警備主任は、他の11人の警備員を呼び集め、彼らにも自分と同じ聖書研究を授けてほしいと牧師に頼みました。さらに1ヶ月が過ぎ、そこにいたほぼすべての警備員が真理を確信し、全員がバプテスマを受ける決心をしたのでした。

「もうスーツケースで荷物を運び出す必要はない! 超過料金も課さない! トラックごと国境を通過することを許可する!」 警備主任は牧師たちに笑顔でそう言ったのです。

2ヶ月間という長い期間が過ぎましたが、神様はウクライナの教会のためだけでなく、国境にいた警備員たちにも救いの手を伸ばしてくださいました。主が行われたこの奇跡を聞いて、ロバートがどれほど驚いたか想像してみてください! ロバートの祈りは瞬時にかなえられることはありませんでしたが、神様は後になって確実に祈りを聞き届けてくださったのです。

私たちも同じです。祈っても、祈っても、道が開かれないときがあります。しかし私たちは、神様が必ず私たちの祈りを聞き届け、栄光の輝きとともに、神のタイミングと方法で答えてくださることを信じなければなりません。その日その時には神が働かれているお姿が見えなかったとしても、それでも私たちは神様に信頼することを学ばなければならないのです。

なぜなら、神のみ心にかなう祈りで答えられないものなどひとつもないからです。

どのような時にも神様のタイミングというのがある。それは全てを円滑に、そして平和にするタイミングである。神様のその時まで信じながら祈り続けることの大切さを学んだ。
静まって神様が誰であるかをもう一度熟考し、その神様の元に立ち返ること。我が家に帰るごとくキリストの元に立ち返ることが求められている気がする。

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