イスラム国空爆

代償を支払わせる

ISによる自爆テロに対する報復としてアメリカ軍がドローン無人機による空爆を実施したとのニュースを観た。バイデン大統領は「テロに関与したものは追い詰めて代償を支払わせる」と宣言しているという。争いが絶えないことに対する悲しみを覚える。元々はアブラハムの子どもたちだったのに、と思う。キリスト教も聖地エルサレムをイスラム教諸国から奪還することを目的として「十字軍」を派遣した。宗教が絡むと争いは感情的なものから信仰的なものに変化するのでタチが悪い。自分もクリスチャンであるが宗教という枠組みでキリスト教を捉えることには抵抗がある。純粋にイエス様を尊敬しイエス様のように生きたいと思っているだけである。しかもイエス様は戦争や争いを預言してはいるがそれを肯定したり積極的に争うことを勧めてはいない。むしろ非暴力を貫かれた。米国やイスラム原理主義者たちが報復合戦を繰り返している以上平和など望めるわけもない。本当に悲しいことである。

混乱させる人

今日も教会に行き礼拝をした。礼拝の前に行われる聖書研究の時間も礼拝同様とても恵まれた学びができるので好きな時間である。ところが、毎回この時間を妨害する人がいる。牧師がいるときは結構大人しくしているが牧師がいない週は聖書とは関係なく自分の発言できる話題に引き込もうとする。この方は初老のおばさんでこの教会を昔から支えてきたという自負があるらしい。だから何かにつけて自分がどのように教会を守ってきたかを自慢する。聖書の学びをほとんどしてこないのに発言だけはしたいらしく、新聞で読んだことや人の意見に対する反論をしている。教会でこの人はどのように思われているのか分からないが信徒たちは比較的この人を受け入れている雰囲気である。教会の理事でもあり何かにつけて、自分が教会書記なので全てを把握しないと気が済まないという雰囲気を出してくる。正直言って、この人がいるから聖書研究の時間が苦痛でたまらない。特に司会者に意見を求められそれに答えると聖書とは全く異なった観点から反論してくるので意見を言うことも躊躇する。本音は「発言したいなら聖書をもっと学ぶべきだし、聖書と違う話をしたいのならば教会外でやるべきだ」と言うのが自分の考えで常に穏やかではない。

何のために

自分が安息日を守り、更に土曜日に教会に行く意味を考えていた。嫌な思いをし、また人に対して攻撃的な気持ちを持つために安息日を守っているわけでも教会に行っているわけでもない。クリスチャンと言いながらその実前述の報復合戦をする人たちと同じではないか。こう言う争いの気持ちが火種となり分裂や分派が起こるのだろう。分派といえば自分の所属する教団にも分裂はある。あるグループは熱心に聖書に従おうとして別れて行った。またあるグループは長年の教団内で起こった問題を取り上げ三面記事的にそれを糾弾することが正義だと思ってバーチャル教会を立ち上げている人もいる。先ほどもFacebookを見ていたら、バーチャル教会の指導者がコメントをしているを見てしまい情けないきもちになっている。どこかで争いがなくなりみんながイエス様のようになれたら、と心の底から思う。そして醜い自分の心がイエス様によって聖化されることを祈るばかりである。世界の不穏な状況から自分の醜い姿を見せられた一日であった。

 

「イスラム国」空爆 メンバー殺害 自爆テロ受けアメリカが報復

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