ひとりぼっち

帰郷

昨晩遅くに実家に帰省した。夜から父と2人で実家で過ごしている。リハビリ病院に入院中の母は、やはり後遺症が重く、認知機能が著しく低下し、言葉もあまりしゃべれず、感情のコントロールもできないのが現状だと言う。ほぼこの状態で固定するのではないかとの説明を受けた。そんな母だが、日常的によく人の名前を呼ぶらしい。その中で1番多いのが私の名前だと聞いて涙が出てきた。1番迷惑をかけて、兄弟の中でも最も心配をかけたので印象に残っているのかもしれない。おそらく今の自分を見ても息子だと認知できないと思うが、それでも自分の名前を覚えていてくれる事は本当に嬉しい。父の認知昨日もさらに低下している。今日も一緒に病院に行ったが、そこでの挙動もかなりおかしかった。こうやって両親が弱り、自分の知らない状態に変化していくことに絶えず戸惑いを感じている。それでも、特に母は命を落とすような状況であったにもかかわらず、神様が深い哀れみの中で、それを支え生かしてくださっているので、今の状態を何とかしてほしいなどと思うこと自体、神様に失礼なことだと思っている。

剪定

朝から庭のかりんの木を中心に剪定をしていた。母がとても花好きなので、狭い庭にたくさんの植物が植えられているが、もう手入れができないので数年前から自分が母に代わって手入れをするようになった。特に木の剪定は体力的にもかなりきつくこの時期が来ると少し憂鬱な気持ちで帰省する今年は、父の面倒を見ることを理由に剪定をやめようと考えたが、やはり見栄えも悪く空き家と分かってしまうので重い腰をあげてみた。剪定しながら、「もうこの庭を、母は見ることもないのだろう」と思ったら、無性に寂しくなり、今すぐ母に会いに行きたくなった。

ひとりぼっち

両親のこともさることながら、他にも心に重くのしかかる問題があり、「どうしたらいいのかな?」と肩を落とす日々が続いている。神様が1番良い道を用意してくださっているのに、悪路をひとりぼっちで歩いている気がしてならない。神様に申し訳ないと思いながらも、信仰の目が開かれず、状況にばかり目を向ける。これではいけないと思いながらもなかなか前を向くことができない。そんな時すばらしいメッセージをいただくことができた。是非このメッセージから力をいただいてほしいと思う。肩を落として歩いた1週間ではあったが、癒しと再創造の日である安息日を迎えた。すべての人に安息日の祝福があることを祈りたい。

私がひとりぼっちの時

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