アンパンマンの思い出

全寮制に集まる生徒

本校は教育的観点から全寮制を採用している。どれほど家が近くても家から離れ寮で生活する。朝6時の起床から22時の消灯まで全員が同じようなパターンで生活する。掃除も洗濯もベッドメイキングも布団干しも全て自己で行わなくてはならない。授業中、急に天気が悪くなると気になるのが朝干してきた布団のことだ。そんなことを気にしながら生活する高校生はあまりいないと思う。ルームメイトと相談して平等に部屋の掃除をする。個人の持ち場は勿論自分で整理整頓する。あまりにも汚れている場合は舎監から呼び出され注意を受ける。お風呂も16時30分から19時までの間しか入れないので自分の予定に合わせて入浴時間を決めなくてはならない。食事の時間も勿論決まっている。遅れたら食べることはできない。携帯電話、スマホは毎日舎監に預ける。21時半から消灯の22時までの30分間のみ返却され使用できる。かなり厳しい印象を受けるが、生活している当の本人たちは毎日充実している様子。スマホやコンビニがなくてもそれが当たり前の生活なので自分なりに他の楽しみを見つけている。携帯を使わない分、コミュニケーションがダイレクトで友達関係はかなり濃密である。このような特殊な環境なので集まってくる生徒も様々である。まず地域は国内の至る所から集まる。文字通り北海道から沖縄まで殆どの県をカバーしている。外国からの生徒も数名いる。韓国、中国、アメリカ、イギリス、フィリピンなど。集まる生徒の多くが本校のキリスト教教育に賛同して入学してこられる。なのでその背景となるご家庭がクリスチャン家庭であることが多い。しかし中には、子どもの生活を矯正するために本校を選ぶ家庭もある。また出張や転勤が多く、親御さんが子どもの面倒を見ることができない家庭もある。特殊な事情として親御さんの事情、特に離婚などで両者が子どもの世話をすることを拒否した結果として本校の門を叩く例もある。経済的にも学力的にも大きな違いがある。しかし色々な環境から本校に集まってきても寝食を共にし濃密な友達関係を築いているので一般的にはあまり見られない光景も見られる。例えば東大を目指している生徒が、高校卒業も怪しいような成績面で低空飛行を続けている生徒に進路相談をしたり、女子から注目されるモテ男君が彼女に振られたと言って、モテない君に励ましてもらったり。学力や経済力を人を判断する基準になっていないのが本校の特徴なのかもかもしれない。

とにかく明るいjunさん

junさんはとにかく明るい女子生徒。入学当初から明るかった。友達関係も女子特有のグループを作ることはなく誰とでも仲良くすることができる。また誰に対しても壁を作らないため多くの友人から信頼されていた。また、彼女のキャラクターが所謂「天然」なのだ。学力も高く定期考査ではトップクラスの成績をとる割にとぼけたことを本気で言うことが多く、その辺も彼女が周りから親しまれているところなのかもしれない。junさんは高校2年生の頃から何故か私がいる教頭室に遊びに来ることが多くなった。多くなったと言うより殆ど毎日くる。この辺も他校と違うところだと思うが、本校の教員室は休み時間になると生徒が多く集まる「溜まり場」になる。教員室のハードルが非常に低いのである。その中にある教頭室なので教頭室にも多くの生徒が用もないのに集まってくる。junさんは毎回友達を連れて来ては何かを話して帰って行く。私も仕事の手を止めて話しに付き合うのだが、ある時気づいたことがあった。junさんのカバンにアンパンマンのキーホルダーがつけられていた。別に女子なので特に気にしなかったが、彼女の筆箱や財布もアンパンマンのデザインだったので余程好きなのだと思った。洒落ではなく本気で好きなようだ。高校2年生でアンパンマンが本気で好きと言うのは大丈夫かな?と一瞬不安になったが50歳を過ぎても名探偵コナンが好きな自分が人のことを言えないと思った。

アンパンマンが好きな理由

またいつものように教頭室に遊びに来ていたjunさんに
「アンパンマンが好きなんだね」
と何気なく言ってみた。すると彼女は
「そうなんです。私、アンパンマンが大好きなんです。何で好きなのか知りたいですか。教えてあげますね。」
と知りたいとも何とも返事をしないうちから彼女はひとりで喋り始めた。その日は友達もいなく彼女だけだったので何と無く話す気になったのかもしれない。彼女はお祖母さんと生活している。ふたつ上の兄と一緒にお祖母さんがお世話をしてくださっている。お母様が病気と聞いたことはあったが深い理由はその時まで分からなかった。

「私の両親は、自分たち子どもが小さい頃に離婚したんです。そして母に引き取られ母は祖母と暮らすため実家に戻りました。当時はまだ祖父も生きていたので祖父母と母、そして私たちの5人で生活していました。でも、母が出て行ってしまったんです。ある日突然に。」

と何かコメディーの一場面を紹介するかのように笑いながら面白そうに話してくれた。その、ある日…のこと。

「その日、何と無くいつもと違う雰囲気を感じていたんです。部屋は綺麗に片付いていたし母は大きな荷物を準備していたし。嫌な予感がしたのでその日、幼稚園に行くことを強く拒んだんです。でも母はそれ以上に強く促すので、仕方なく幼稚園に向かいました。その途中でやっぱり帰る、と泣きましたが母は困りながらも頑張ろう、と励まし幼稚園に連れて行こうとしました。そしていつまでも泣くので途中のコンビニで私の好きなアンパンマンの絵本を買ってくれたんです。幼稚園から帰ったらたくさん読んであげるから、と約束してくれたので仕方なく幼稚園に行きました。そして時間になって家に戻るとき祖母が迎えにきていました。家に母はいなかったんです。朝買ってもらったアンパンマンの絵本が部屋においてありました。祖母に母がいないことを伝えると、そのうち帰ってくるよと励ましてくれアンパンマンの絵本を読んでくれたんです。母とはそれっきりです。」

junさんにとってアンパンマンはお母さんとの果たされなかった約束の証でありお母さんに対する叫びでもあったことを理解し涙が止まらなかった。junさんはあっけらかんとして

「やだ、先生泣いちゃったんですか?私の話し方が感動的過ぎました?」

といつもの調子である。

ドラマではこう言う話を観たことがあるが現実に生徒がそれに巻き込まれていると思うと辛かった。

今日は12月25日、クリスマス。この日をイエスキリストの誕生日と言って祝うが実際には12月25日ではない可能性が高い。またイエスキリストが生まれてから西暦が始まったと言われているが実際にはイエスキリストが生まれたのは紀元前である。それは別問題としてイエスキリストはこの地上に「人々を招くため」に来られた。本来神であられた方が人間となってこの地上に誕生された。キリスト教の世界では神であるイエスキリストが人間として生まれたことを「受肉(じゅにく)」と言うそうだ。イエスキリストは勿論全ての人を招いているが、特に罪の重さに耐えきれなくなった人、孤独に耐えられなくなっている人、自分を無価値な存在と思い自死を考えている人などを招こうとしている。そしてその人たちのために最高のプレゼントである「救い」を、ご自分が十字架で死ぬことを通して与えたのである。

junさんはこのキリストの愛に触れて心が癒され、しかし母親に叫びたい気持ちをイエスキリストにぶつけながら毎日を笑顔で過ごしている。先日も彼女と連絡をとった。元気に看護師として働いている。彼女なら病床にある人の痛みと苦しみが分かるはずだと確信している。このクリスマス、本当の幸せや本当のプレゼントが何かを考えてみることは大変意義深いことだと思う。

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