不安しかない

行き先

長い間悶々としてきたが昨日遅くになってやっと新しい仕事を決めた。提示はしばらく前からあったがその気になれなくて給与面で折り合いがつかないなどを理由に断っていたところだ。場所は津軽、青森県である。住んだことがある最北端が茨城県である自分にとって本州最北端の青森県に行くということはかなりのチャレンジである。雪深いところであることは想像がつく。その中でドライバーの仕事を中心に病院の営繕などの仕事をするらしい。今いるところは寮生活をする長男とも近い距離なので会おうと思えばいつでも会える。しかし青森まで行ってしまうとそう簡単に会うことはできない。今の状況なら、経済的な面も考えるともう家族に会うことは諦めないといけないのかもしれない。一縷の望みで家族が再び回復したら、などと考えることもあるが沖縄にいる家族からも遠く離れてしまう。沖縄人の妻は寒いところが苦手である。全ての望みを諦めるしかないのか。しかし、現実問題として長男の学費を出してせめて中学校はこのまま転校せずに卒業させたい。そして希望の高校に進学させたい。そのためには収入を得なくてはならないし、この歳で新しい仕事で毎月13万円の学費がかかる子どもを抱える人間を雇うところなどそうあるものではない。色々と就職先を探してみたが手取りで20万円を超えるところはそう簡単に見つかるものではない。手取り20万円ということは基本給が30万ぐらいないといけないわけだからなかなか難しい。今までよりも経済的にはさらに厳しくなるが津軽で雇って頂く事しかない様に思えてきたのだ。

本当の理由

しかし経済面では、もしかすると実家に戻ってゆっくり探せばもう少し良いところが見つかる可能性はあった。実際、実家のすぐそばの施設では教育職に近い仕事内容で手取り25万近くまで行く職場もあった。そちらにしようかと何度も迷ったが結局津軽にした。そこに住んでいらっしゃる方もいるので失礼なことを言ってはいけないが、今の自分には津軽に行くポジティブな理由は殆どない。津軽と聞いただけで「津軽海峡冬景色」の歌が頭を駆け巡る。魅力が殆どないところになぜ決めたのか。理由はひとつだけ。実はこの病院の院長先生がクリスチャンで非常に伝道熱心な方である。自分の聖書研究の成果をハードカバーの、しかも写真が沢山入った本にして多くの方々に無料で配布しているのである。勿論自費出版である。自分の懐にはお金を残さず全てを伝道のため、もう少しはっきり言えば全てをイエス様のために捧げている方なのである。この院長先生の生き方に憧れて、その先生の側で鞄持ちでもさせていただきたいと思った、これだけが津軽を決めた理由である。自分は伝道をしたいと常々考えていた。このブログも読者は非常に少ないが自分なりの伝道ツールなのである。休職している間、他の人が世の中のため、また神様のために役立つ仕事をしているのに自分だけ取り残されて何もしていないことが悲しくて仕方なかった。何とか自分の様なものを器として用いていただけないか、と毎日祈り続け与えられた答えが祈りのミニストリーであった。自分の祈りが非常に長い時間を要するのは、これが自分にできる唯一の神様に対する献身だったからである。だから今回直接伝道に携わる方の側で仕事ができることはこの上ない喜びである。しかし、前述の通りそれ以外は何の魅力もない。むしろ子どもにあえなくなる、家族から更にとおざかる、知っている人がいない、気候が違いすぎるなどマイナス要因しかない。

それでも

アブラハムは信仰によって今まで住み馴れた土地を離れて神様が示される見ず知らずの土地に向かって出て言った。アブラハムに比べたら津軽に行くくらい何でもないことである。でも不安しかない。

「信仰によって、アブラハムは、受け継ぐべき地に出て行けとの召しをこうむった時、それに従い、行く先を知らないで出て行った。 信仰によって、他国にいるようにして約束の地に宿り、同じ約束を継ぐイサク、ヤコブと共に、幕屋に住んだ。 彼は、ゆるがぬ土台の上に建てられた都を、待ち望んでいたのである。その都をもくろみ、また建てたのは、神である。」

ヘブル人への手紙 11:8-10 口語訳

主はそこに

 

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