そのままの姿で

長男の成長

いよいよ長男の卒業式まで3週間となった。卒業前に入試もあるので今は勉強に力を入れているが親としては中学校で学ぶべき大切なことを見落とさないでほしいと願い祈る毎日である。本音を言えば長男に限らず次男も成長しないでほしいと思っている。成長するということが何故かとても寂しく感じられる。成長することで親から離れていく気がして寂しい。しかし現実的にはいつまでも一緒にいてあげられるわけではないので、一人で生きていけるように力をつけてほしいとも思っている。

昼頃、ちょうど礼拝が終わった頃に妻からメールが届いた。動画が送られてきた。昨日、長男が全校生徒の前で証をしたのでその動画を送ってくれた。長男だけが証をしているのではなく、同級生が全員証しする「卒業祈祷週」なるものがこの週に行われその一人として話しただけである。その動画を観たが非常に考えさせられる内容だった。またその内容から長男の信仰的な苦悶や成長を感じることができた。

証し

長男は次のようなことを話していた。

日本人は非常に優秀な民族と言われることが多いがその中でも道徳的な意識の高さは世界に誇れるという。公共施設の清潔、遺失物が見つかる確率の高さなど。W杯などで日本人が負けた試合にも拘わらず観客席を掃除して帰った姿には世界中に称賛が集まった。しかしその反面、日本人は自分を主張することが少なく自分がそう思っていなくても周りに合わせる生き方を学んできた。なので、人と争うことを好まず人と違うことをしたがらない。一見良いことに思えるが、真の自分で付き合わない友人関係が本当の友情と言えるのかは疑問である。自分は卒業を前にして真の友を得ることのできた中学生活に感謝している。

自分はミッションスクールの小学校からこの中学校に入学した。それまで求めていたイエス様に出会えた気がした。そして中学1年の夏前にバプテスマを受けた。その後、お祈りも聖書を読むことも毎日しており順調に生活していたが、いくつかの問題が起こるようになり、現在はその信仰も少し揺らいでいる。中2の時に少し問題がありしばらく心が疲れそれが体調に現れるようになった。ストレス性の不調ということで少し休んだが4,5日で回復した。そして普段の生活に戻れたが、3年になって更に大きな問題に直面した。人が信じられなくなり神様にも祈りはしていたが本当に存在するのかすら疑うようになっていた。そしてある日、あまりにもいろいろなことが重なりその現実に耐えられなくなり母に電話をしたところ、いつもと違う様子に気づいてすぐに帰ってくるように言われた。そして久しぶりに母と弟の待つ沖縄に戻ったが、心が回復するまでに1ヶ月という時間がかかった。それから学校に戻り今まで以上に一生懸命祈りようになったが、それまで孤独の中にいたと思っていたことが誤りであることに気づいた。母がくれる電話、父が電話や手紙でくれる御言葉や祈り、また友人の支えや励まし等々。自分の本音をそのまま受け止めてくれる人がいることに気づき少しずつ自分を取り戻すことができるようになっていた。自分は今、100%の確信をもって神様がいると言い切れないが自分のこの状態を神様にぶつけ「神様がいるなら、その存在を示してください」と祈っている。神様に対して本音で向き合わなければ、本当の関係というものも結べない気がしている。人から言われてことを鵜呑みにするのではなく、自分の本音を神様にぶつけ真の神様との関係を確率できるようにしたい。元々自分を表現するのが苦手な自分だが神様に対しては常にそのままの姿でいたいと思っている。

そのままの姿で

長男のメッセージから多くのことを学ばせてもらった。

自分はありのままの姿で神様の前にでているだろうか、と考えさせられた。罪を包み隠さず言い表すことができているだろうか。自分が悪いことを自覚しているのに、人の責任に言及して祈ることはないだろうか等々考えさせられた。神様はそのままの姿で「わたしのもとに来なさい」と招いてくださっている。その招きに心から応じたいものである。

2 Satoshi Sakaguchi【俺と神様シリーズ】

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