ついに

今日の出来事

今日は朝早くから起きて引っ越し荷物の最後の準備をした。その間何度か友人であり同僚から「お手伝いします。いつ頃行きましょうか?」と何度か連絡をもらっていた。こんな自分に最後まで寄り添ってくださる方がいることが勿体無くて涙が出る。昨晩自宅にきてくれた3人の友人もそうである。今日も仕事があるというのに遅くまで付き合ってくれて最後の最後まで励ましてくれ楽しませてくれた。本当にありがたい。午前10時過ぎに引っ越し荷物の業者さんが来てくださった。今回はお金がないので極力低費用で抑えようとヤマト便を使った。どうしても持って行きたい洗濯機だけ「家財宅急便」というのにしてそのほかは全て処分し必要なものだけをダンボールに詰めた。当初25箱ぐらいと踏んでいたが結局38箱になってしまった。それにしても安かった。家財道具は全て処分できるならヤマト便で引っ越しするのが結構良いかもしれないと思った。荷物が一つまた一つと減っていくたびに自分や家族がこの家にいた証がなくなっていく気がして寂しくなった。手伝いに来てくれた前出の友人とともにトラックに荷物を積み込んだ。精算も終わり早々に荷物が出て行ったので掃除に取り掛かった。友人は外回りのゴミ捨てをしに清掃工場まで行ってくれたのでその間に家中の掃除をした。荷物がなくなるとこんなにも殺風景なのかと痛感した。掃き掃除、フローリング磨き、窓磨き、サンの掃除などを一通り終わらせたが友人はまだ戻ってこない。恐らく友人の顔を見たらまた泣いてしまいしっぱつできなくなる気がしたので、いないことを良いことに今のうちに出発することにした。一度車に乗ってエンジンをかけようとしたが、今までどうしてもできないことがあったので思い切ってしてみようと思った。

できなかったこと

実は学校のキャンパス内にある住宅を借りて住んでいたが隣の隣には弟夫妻が住んでいる。弟は、自分と同じ物理を学び物理学科に進学し、やはり同じように素粒子を専門にしている教員である。全く同じ道を通って来たがタイプが全く違う。能力的にも人間的にも弟の方が優っている。しかし数年前、自分が教頭で彼があるコースの長をしている時から意見が食い違うようになって来た。自分は人間が持っている本来の能力を尊重し、生徒はまだ未完成なので今の状態で判断するのではなく将来を見ながら希望を持って指導したいという考えを持っていた。それに対して弟は、本来生徒は右も左も分からないのだから先駆者である教員の言うことをまず実行するところから学習は始まる、と言う考えなのだ。その辺から少しずつ意見がぶつかるようになり、ここ5年ぐらいは全く会話もしなくなった。実家に帰るときも帰省のタイミングをずらし弟と会わないよう細心の注意を払っていた。そんな弟だが、もしかしたら今生の別れになるかもしれないと思ったら一言でも挨拶しなくてはいけない気がした。そこで一度乗った車から降りて弟の家に行った。チャイムを鳴らすと弟が出て来た。このタイミングで自分が既に涙モードに入っていた。去りたく無い場所から去らなくてはならない寂しさ、色々な思い出が走馬灯のように浮かんでくる状態で涙が流れて止まらなくなってしまった。一瞬弟を見て「じゃぁ、行くから…」と言うのがやっとだった。弟も「もう行くの。気をつけてね」と車まで送りに来てくれた。何年ぶりに話しただろうか。話すと言うほどの会話では無い。しかし、何故か懐かしかった。昔の優しい弟に戻っている。人に対して攻撃的にしかなれなかった弟が優しくなっている。正直驚いたが「じゃぁ」と行ってそそくさと車に乗り込み窓を開けて大きく、そしてずっと手を振って弟と別れた。

神様の計画?

車に乗って走り出してからずっと号泣していた。35年住んだ街を離れる辛さと寂しさ。大声で泣くことしかできなかった。そして、昨日で終わりにしたつもりだったがもう一度「祈りのロード」に行った。昼間なのでサングラスをかけて思いっきり泣きながら祈った。本当にずっと泣いていた。このまま高速に乗ったら事故を起こすのでは無いかと言うくらいずっと泣いていた。1時間ぐらい泣いて少し落ち着いたところで色々と祈りながら考えていた。そしてひとつだけ思い当たると言うか気づいたことがあった。ずっと「祈りのロード」で祈り続けた家族や仕事のことがことごとく聞かれなかったこと、その通りに神様がしてくださらなかったことの意味が少し分かった気がした。もしも家族が出て行かず仕事も職種こそ変わるものの同じキャンパスにいたままだったら、弟とのわだかまりは残ったままだったように思う。自分も頑固だし弟はそれ以上に頑固である。だからどちらかが折れて歩み寄ると言うことはなかっただろう。でも自分が教員を辞め、失礼な表現だが異国の地に行くような気分で津軽に行くとなればもしかしたら生きて会えるのはこれが最後になるかもしれないと思ってしまった。だから弟に歩み寄ることができた。これが神様の計画だったのかな?と考えていた。その後運転しながら、寂しさや悲しさ、不安が波のように押し寄せて来て何度も泣きながら運転をして来た。今は浜松まできた。寂しい、悲しい。しかし神様が何かをしていらっしゃる実感もある。神様にすがって行くしかない。神様に頼って、神様を信じて。

山路越えて

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