週の終わりに

一週間を振り返る安息日

久しぶりに洗車をしたと言っても洗車機を通っただけ。車の汚れを気にしながらも毎日のように雨や雪が降る天候なので洗車のタイミングを逃していた。今日は少し年末の準備をするために近所を動きまわっていたのでそのついでに洗車をした。

何となく車のいろいろなところが気になりトリップメーターをリセットしようとしたところ、68000kmを超えていた。トータルではおよそ19万kmなのだがこのトリップメーターはいつからの走行なのだろう。3年以上前だとは思うが忘れてしまった。もう20万km近く走っているのであと10万kmぐらいしか走れない。それまでに何とかお金の工面をしないといけない。先日、前のモデル(平成26年)のプリウスを80万円弱で売ってくれる人を見つけた。勿論青森仕様、四輪駆動車である。それほどプリウスが好きなわけではないが乗り換えようかとも思った。が、思い出のある車だからもう少し乗ってみようと破格の話を断ってしまった。

何れにしても洗車をきっかけに普段はあまり気にかけていない車について考え、また振り返る機会となった。

金曜日のサンセットを迎え安息日になった。この一週間を振り返る良い時間にしたいものだ。

回復の安息日

この一週間を振り返って、色々なことを思い出す。毎日のことであるが、医院長先生が患者さんからお金を借りたり、借金地獄なのにまだお金を使おうとする様子にハラハラドキドキさせられることが多かった。また、医院長先生と直接意見を交換する機会も持っていただいた。聖書理解の違いや、先生が教団から騙されたことなど色々とお話しすることができた。先生が考えていることもよく理解できたが、先生が人道的に間違っていることも明確に分かった。そしてこのままここで仕事をすることが、悪の片棒をかつぐことになっている罪悪感にも苦しむようになった。

この安息日にもう一度神様に向き合って、今後のことやなぜ自分がこのような場所に導かれたのかを伺う必要がある。そして、心を回復していただかないといけない。自分なりに一生懸命仕事をしているつもりだが、それが全てサタンの働きだったとすれば大変なことである。悔い改めながら神様に進む道を示していただく必要がある。

自分の感情に思いを向け始めると同時に、人は危険な立場に身をおくことになる。幸福と喜びを感じているうちは、彼は非常に自信に満ちていて、喜びの感情を抱いている。変化が起こる。失望と悲しみをもたらす状況が訪れる。すると、主が自分と共におられるかどうかを巡って、心に疑いが生じる。

力強いものであれ、失望をもたらすものであれ、感情を霊的状態の試験としてはなならない。神の言葉を、神の前における私たちの真の立場の証拠とすべきである。多くのものはこの点に関して迷っている。…

もしあなたが自分の罪を告白するなら、それが赦されたと信じなさい。疑いのない約束が与えられているからである。「自分の罪を公に言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、罪を許し、あらゆる不義から私たちを清めてくださいます」(1ヨハネ1:9)。それなのに、神の赦しの愛を疑うことによって神の御名を汚すのはなぜか。あなたの罪を告白したなら、神の言葉が失望させることがないこと、約束してくださったのは真実な方であることを信じなさい。あなたの罪を告白することがあなたの義務であるのと全く同じく、神がご自分の言葉を守り、あなたの罪を赦してくださると信じる事はあなたの義務である。ご自分がすると言われたことをその通りに実行し、あなたの不義を全て赦してくださる方としての神に対して、あなたは自分の信仰を行使しなければならない。…

ああ、罪を犯し、悔い改めながら、どれほど多くのものが常に有罪宣告の雲の下で喪に服していることか。彼らは主の言葉を信じない。主がすると言われたことをその通りに実行してくださることを信じない。あなたは疑うことによってキリストの心を傷つけている。キリストは私たちを救うためにご自身の命を与えることによってその愛の証拠を与えてくださった。私たちが滅びることなく永遠の命を受けるためである。…

私たちは信頼しなければならない。神の言葉を無条件に信じるように、私たちの魂を教育し、訓練しなければならない。

E.G.White 手紙 10   1893年
今日の光 2 20210429

聖書研究ガイド21年4期11課

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