教育の基本

新しい中学校に着任

昨日の投稿でも触れているが27年程前に茨城県にあった系列の中学校に転勤した。その経緯や理由についてはまた別の機会に触れる事にしよう。この時の気持ちは「新しい学校で心機一転頑張ろう」などというものとは程遠いものであった。信頼している前任校の校長先生のアドバイスというか半ば強制的に転勤させられたのだ。自分は退職を望んでいたし全てに対してやる気を失っていた。やる気というより生きる気力を失い生きる意味を見いだすことができなかった。そのような中での転勤だったので「どうでもいいや」という気持ちが強かった。新しく赴任した学校は住宅事情が非常に悪く借家ではあるが家の数カ所に床が抜けている場所があった。恐らく5箇所ぐらい底が抜けていたと記憶している。風呂場まで行くのにかなりアクロバティックな方法を取らないと抜けた箇所にハマってしまう。だから風呂場を使ったことは一度も無かった。風呂は毎日近くのジム(プール)を使用した後併設されている温泉施設を使って済ませていた。近くに叔母家族が住んでおり自分が転勤して近くに来たことをとても喜んでくれた。毎晩食事にくるように誘われ夕飯は毎日叔母の家族にお世話になっていた。そこで1日の出来事を話すのが楽しみであった。ちなみにジムがあるところは県内でも有名な別荘地で著名人の別荘も数件見つけることができた。よく温泉で一緒になったのが「稲川淳二」さんであった。サウナでも地元の人に囲まれ親しげに話していらっしゃるのを何度も見かけた。自分の住む住宅があまりにも酷いのでこの別荘地にある家を買おうかとも思った。自分ひとりが住むには十分なサイズで庭もついている別荘が300万円台から買えた。転勤族なので別の学校に赴任するときには処分すれば良いとかなり本気で別荘購入を考えた。

出会った中学生

さて、この学校に赴任して受け持ったのが中学2年生のBクラス。各学年2学級、全校生徒150名の中学校なのでサイズ的にはかなりコンパクトな方だと言える。残念ながら今は別の場所に移転したがその半分の人数も集められなくなってしまった。担任した2年生Bクラスは27名。とても元気の良い学級で、生徒は何故か雰囲気の暗いやる気の無い私に懐いてくれた。新年度が始まってすぐに幾つかの事に気づいた。ひとつはとても明るく賑やかではあるが眼が笑っていない生徒が結構いること。そしてもうひとつが、私に対して何かを訴えようとしていること。多くの生徒が何かを叫ぼうとしている様子に気づいたが今の自分にそれを受け止めるだけの力があるのか不安だった。少しプライベイトに気持ちが向くと「死にたい」の願望モードに入ってしまう。教員として生徒の前に立つ一方で、当時流行った「完全自殺マニュアル」なる本を聖書よりも熱心に読むようなクズ教師である自分に彼らの叫びを受け止められるのか。自信はなかったけど教師の本能が勝り、気になる生徒を呼んでゆっくり話を聞き始めた。3名の話を聞いたところで確信した。「この学年にいじめがある」ことを。更に話を聞いて行くうちに、いじめている生徒は主に2人。いじめられているのも2人。他にからかわれる生徒が3人いることがわかって来た。またいじめだけでなくその他の問題があることも浮き彫りになって来た。さて、どこから手をつけるか。

生き生き生きる

最初にしたことは一番いじめられがちな生徒に、少しでもリラックスして過ごせる環境を提供することを考えた。本人と話したところ兄弟が小さいこともあり年下の子と遊ぶとホッとするとのこと。すぐに叔母に連絡し放課後叔母の幼稚園でお迎えを待つ園児と遊んだり遊具の管理やメインテナンスをさせてくれないか頼んでみた。快諾してくれた。早速翌日から放課後は幼稚園で1時間過ごすようになった。本人の表情も見違えるほど明るくなり幼稚園に行くことが生活のハリになった。その様子を見ていたいじめていた側の生徒たちも徐々に彼をいじめなくなった。毎日ボランティアをしていた生徒の幼稚園での評判はすこぶる良く園児の親御さんからもいつの間にか「satoruお兄さん」と呼ばれて親しまれるようになった。完全に彼の表情が変わった。因みに彼は現在4人のお子さんの父親で奥さん含め6人家族の大黒柱となっている。学級で一番暗い顔をしていた生徒の表情が変わったことが突破口になり学級に予期しない化学変化が起こり始めた。驚いたのはいじめていた側のひとりの生徒が、あるとき話がしたいと私のところにきたことだ。因みにこの時点で私は彼がいじめを行っていることは把握していたがそれについて話したことも迫ったこともなかった。この時の彼の話がとても印象的だった。「両親が離婚して、自分は父親から捨てられたのだとずっと思い気持ちが荒れていた。小学4年生の時からずっと満たされない気持ちがあって悶々としていた。母親を助けなくちゃいけないという気持ちだけはあったがそれとは別の自分が人をいじめるようになっていた。人をいじめて強くないと、いつか周りの人が自分のことを父親のいない奴だ、といじめてくるに違いないと思い怖かった。このような生活をやめたいので助けて欲しい。」と泣きながらまー君は自分の思いを打ち明けてくれた。心が痛んだ。彼の言う離婚という言葉が心に刺さった。今自分は加害側の親として彼に向き合っていることを申し訳なく思った。「まー君はこれからどうしたい?」と聞くと「誰のこともいじめないで全員と仲良くしたい。そしてみんなに謝りたい。」と答えた。キャビンアテンダントのお母さんの教育で彼は小さい頃からフランス料理を習っていた。「これしかない」と思った。毎日の夕食後学級の生徒を4人ずつ我が家に呼び、まー君の作った手作りのお菓子を食べてもらうことにした。食事前の時間からまー君は私の家にきて準備をする。そしてフランス料理の最後に出てくるようなデザートを作ってクラスメイトを待つ。食堂で食事を終えたクラスメイトがそのデザートを堪能する、こんなことをしばらく続けた。レシピはフランス料理である。まー君から頼まれる買い物リストには「そんなのカスミストアーには売ってないよ」と言うものも含まれ困ったが私も楽しい苦労をさせてもらった。そして何より生徒のまー君に対する視線と評価が全く変わった。これまではまー君にいじめられないように気を使っていた友人が今は心からの友人として彼と関われるようになった。そしてまー君も自然な笑顔で緊張感なく誰とでも屈託無く接することができるようになった。勿論みんなの前で謝罪もした。まー君とはそれ以降もずっと仲良く家族ぐるみのおつきあいをさせていただいている。まー君は現在自動車関係の仕事をしながら甥っ子の学費を出し母親を支えながら頑張っている。ひとりずつではあるが、化学変化のおかげで確実にみんなが生き生きと生活できるようになった。4月の年度始めと7月の1学期末の集合写真。みんなが笑っているけど笑顔の深さが全く違う。

親御さんたちと

2学期のある日、学級でPTAの役員をしていらっしゃる保護者から電話があった。週末土曜日の夜に緊急で懇談会を開きたいので同席して欲しい、とのことだった。2年Bクラスだけの懇談会のようだ。何があったのだろうとかなり不安な気持ちになった。1学期のうちに大半の保護者とは親しく話せる関係になっていたので嫌な話では無いだろうと思いながらも緊張はした。そして土曜日の夜に多くの保護者が学校に集まった。他の担任からは「先生のクラス何か問題があったの?」と心配された。「えー今日お集まりいただいたのは…」PTA役員さんが司会をしてくださり会が始まった。説明を聞いていたが今ひとつ趣旨が理解できなかった。保護者の中にべらんめー調のお父さんがふたりいらっしゃるが(ふたりともとても良い方)そのひとりが「要するにだな、日頃先生には子どもたちが大変お世話になっている。それは全員が子どもから聞いているんだ。で、何かお礼がしたくてこうやって集まったってわけよ。そこで、先生。何か欲しいものは無いの?」唐突だった。欲しいもの?仕事を離れたら死ぬことしか考えられない人間がこの世に未練を残すように欲しいものなんてあるわけが無い。物欲はかなり前になくなっていた。が、必死に考えて「生徒たちにできるだけ良い本を読ませたいのです。自分の蔵書で学級文庫を作っていますができれば生徒のために良い本をいただけないでしょうか。」自分が考え今欲しいものはこれぐらいだった。「そうじゃねーよ、先生よ。先生個人のものだよ。服とかカメラとかそう言うもの。」と言われた。それは服務規程上受け取ってはいけないものです、と言いたかったが言える雰囲気ではなかった。浅知恵と思いつきでひとつ言ってみた。「今、お子様方は大きく変わろうとしています。その変化を導くのではなく、失敗しても応援し続けることが私たち周りにいる大人のできることです。変わることはチャレンジであり不安なことです。でもお父さん、お母さんがいつもいるから心配するな、って言ってあげられるのは教員の私ではなくお父さん、お母さんだけです。そう言う彼らに対する応援の意味も踏まえて、親御さんと生徒全員でスポーツ大会をしましょう。私に何かをくださるのではなくその大会でお金を使ってください。」とお願いした。数名のお母さんが泣いていらした。そしてなんとかその思いが届きそれから約1ヶ月後の日曜日に2Bだけのソフトボール大会が行われた。笑顔が絶えない時間になった。

大人である保護者と教員が力を合わせて子どもたちにエールを送る時、彼らは必ず変われるし大きく成長できる。教育の問題点は教育現場にあるが、その答えもまた教育現場にある。愛情という眼で物事を正確に視る時、問題のほとんどは解決しているように思う。

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