知識の始め

自分が好きになる

昨日は長男、次男二人と電話で話すことができた。寮生活をしている長男は少し勉強に苦労しているようで幾つか物理と数学の質問をしてきた。図解しないと電話だけでは上手に伝えられないので概論的な話だけをしてあとはzoomなどを使って説明することを約束した。そして次に電話をしてくれたのが次男。少し咳が出るので外で遊ぶことができず母親と近くをドライブして過ごしたらしい。途中でよく行く「100均」で筆ペンを買ってもらったという。いつも鉛筆を使っているので筆の感触がとても気に入って家に帰って来てからずっと漢字の書き取りをしていた。自分に電話をしてくれた時もカメラをオンにして漢字を書いている様子を伝えてくれた。こうなれば何でも書きたくなる。次に計算を披露してくれた。今まで次男の学習のためにゲームソフトやiPadを購入して送ったことがある。勉強の動画を作って次男に見てもらおうとした。が、それ以上にゲームをするようになりこれはうまくいかなかった。その他本や100玉そろばんを送ってトライしたが長続きしなかった。勉強ではうまくいかず次にカメラを贈った。これはかなり気に入ったようで今でも色々なことに使っているようである。特に「顕微鏡モード」というのがあるので接写して色々と観察しているようである。贈ったものは結構高価なものばかりだったがそれほどの効果はなかった。しかし、110円の筆ペンが今のところ次男のスイッチになっているようである。長々と計算の様子を映像で送ってくれたが途中である計算の法則に気づいたようである。誰にでも分かる何でも無いこと、当たり前のことである。しかし、自分は次男がそのことに気づいたこと自体に驚き大声で「凄いね。よくそのことに気づいたね。計算の方法は誰でも分かるけどその意味を知らない人が多いんだよ。それなのにその意味が分かるなんて凄いよ」と何度も褒めた。

次男の声がどんどん高ぶって行く様子が伝わって来た。そして最後に「パパ、少し自分のことが好きになってきたよ」と言ってくれた。次男は常々「自分が嫌い」と言って自分を受け入れることができない。このことでずっと悩んできたから「自分のことが好きになってきた」という言葉は録音しておきたいほど嬉しかった。

やる気スイッチ

何かをきっかけに人は大きく変わることがある。昨日の次男もそうである。一過性のことかもしれないし長続きするかもしれない。恐らくまた落ち込むことがあると思うがそれでも重要な通過点になったことは間違いない。人はなかなか変わらない、これは真理であると思う。特に歳が進めば進むほど変わりにくいのかもしれない。しかし何歳であっても何かのスイッチが押されると変われる気がする。実際、自分も数年前と比較して大きく変化していることを実感している。この「やる気スイッチ」が何かが分からない。運良くこのスイッチに出会えれば良いのだが出会えなければなかなか変わることは難しいのかもしれない。聖書はこのことについて明確に述べている。最高の知恵に満たされたと言われる「ソロモン」というイスラエルの王様が言っている言葉である。

「主を恐れることは知識のはじめである、 愚かな者は知恵と教訓を軽んじる。 わが子よ、あなたは父の教訓を聞き、 母の教を捨ててはならない。 それらは、あなたの頭の麗しい冠となり、 あなたの首の飾りとなるからである。」
箴言 1:7-9 口語訳

「おそれる」という言葉が難しい表現であるが、「神様が全てを創られた全知全能の方でありその方が自分を愛し導いてくださっている」ことを認めることだと思う。このことがやる気スイッチになり全ての知識の源になる、というのだ。

何ができても、できなくても構わない。でも「主を畏れること」だけは人生をかけて成し遂げてもらいたい。これが子どもたちに対する唯一の願いである。

Lirik Lagu Above All by Nikita

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