誰かが

帰省

昨晩遅くまで仕事があったので、今朝帰省することにした。しばらく入院していた父も一昨日退院できたので顔を見せに行くことにした。新年も元旦が安息日なので休診だが2日から平常診療なので正月休みは無い。元旦の明日はいつものようにオンライン礼拝をして、昼食を摂ってすぐ帰ることになる。それにしても、今朝青森を出る時は吹雪いていたのに、関東に来れば雪などどこにもない。気温も真夏のように感じられる。着ている服も明らかに都会の人より1枚多い。雪のない生活、雪かきをしない生活に戻りたい。

実家に着き、久しぶりに両親の顔を見てとても安心した。今年は9月から毎月帰省し、その度に今回が親と会える最後かもしれないと思っていたのでこうして両親の顔を見て年末を過ごせるのは幸せな事だとつくづく思う。これが昨年ならこうはならなかった。コロナで外出も出来ず、更に休職中だったので経済的にも何度も帰省するゆとりは無かった。全ての事を神様が支配しておられる事を今になって実感する。

新宿のあの事件

しかし。神様が全てを御支配されているのであれば何故このようなことが起こるのか分からなくなる出来事も沢山ある。昨日29日、9歳の男の子が新宿の高層ホテルから落ちて亡くなった。その後のニュースでお母さんが2人の子どもを連れてこのホテルに宿泊し翌朝3人で飛び降りようとしたことが分かった。お母さんも心の病があったようで相当追い込まれていたのかも知れない。何よりこの9歳の男の子が柵に座らせられた時、どれほどの恐怖を味わったかを考えると胸が締め付けられる。信じていたお母さんに突き落とされた時の絶望感。話を聞いただけで、おかしくなってしまう。

誰かが

自分も追い込まれて、「消えて楽になりたい」と、何度も思ってきたので共感できる部分もある。ただ、子どもは違う。親と一心同体ではなく、ひとつの別の命でありその子にしか生きられない人生がある。

教員をしていた時、何人もの不遇(?)な境遇にあっても努力し夢を叶えた生徒に出会った。子どもの能力は計り知れない。勝手に知能障がい、学習障がい、A.D.H.D.などと診断して体よく個性にあわせた指導などと社会では言うがそのような子どもたちが如何に夢を叶えているかを見たことがないのだろう。中には医師になった生徒もいる。自分はクリスチャンなので、人間の力を超える領域をいつも意識している。神という存在が計画するのであればどのような不可能も可能になる。それを前職の学校では何度も見せられてきた。神という存在を認めないと説明のつかないことが沢山起きるのが学校であり、子どもの世界なのだ。

このお母さんが、人間の価値をきちんと分かっている誰かと接していれば結果は違っていただろう。そしてその「誰か」に自分がなれなかった事に責任を感じる。

今日新幹線の車中で阿佐ヶ谷の人身事故のニュースを受けた。中央線の人身事故は日常茶飯事なので驚かなくなってしまったが世の中には、クリスチャンが出会わなくてはならない心萎えた人が沢山いる。

年の瀬に、もうこれ以上神様を知らない方の命をとらないでくださいともう一度祈りたい。

聖書研究ガイド22年1期1課

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