合宿

長男の勉強

長男の1学期は1週間前に終了した。が、以前に投稿したこともあったがバイオリンがいたずらされたことや教師に対する不信感が募り一時自宅に帰省していた。一時というか3週間以上自宅にいたことになる。自宅と言っても妻と次男がいる家で私がいる家ではない。そのようなことがあったので担任のT先生も気にかけてくださりこの長男を学校に残して1週間の勉強合宿をしてくださることになった。本当に申し訳ない限りである。恐らく子どもを溺愛する妻が担任の先生にお願いしたのだと思うが、自分も教員だったので学期が終わって合宿をすることがどれほど大変かよくわかっているつもりである。恐らくとてもお忙しい中、学習指導をしてくださったのだと思うがとても親身になって教えてくださったようだ。長男からはどのような勉強を担任の先生に教えていただいたかの報告をもらっていた。安息日の午後も子どもを放置せずに自然界の中で神様を感じられるようにとハイキングに連れて行ってくださったようだ。長男も自慢のカメラでたくさん写真を撮ったようで非常に満足して連絡をくれた。

最も大切なこと

長男一人だけのためにそこまでしてくださった担任の先生に連絡を取らせていただいたが、この先生が何よりも自分が求めている「信仰教育」を大切にしておられる先生であることを知り本当に励まされた。確かに長男のいる学校はミッションスクールであり教員もクリスチャンばかりであるが、内情はキリスト教にあまり関心がない先生もいる。学習指導にしか興味がない先生、自己実現に走っている先生、イエス様よりも自分を印象付けようとする先生等々。でもこの担任の先生は何よりもイエス様、そして信仰教育を大切にしてくださっている。自分が子どもに望んでいることは学力をつけて社会で活躍できるようになることでもなければ自己実現を目指して幸せになることでもない。この子にはイエス様を第一とする価値観をしっかりと植えつけたいと願っている。この担任の先生ともその辺の価値観が一致し意気投合した。こういう先生に出会えたことは子どもにとって生涯の宝になることだと思う。また担任の先生とは、現在が調査審判の最中であることも厳粛に受け止めなければならないこと、教員の中にもこの厳粛な状況が理解できていない人が多くいることを話した。イエス様を見上げてイエス様のために生きて欲しい。イエス様の御心を行い自己実現ではなく神実現の人生を送ってもらいたいと願っている。

エレンホワイトが教育と信仰教育について次のように述べている。

ある人々は、安全で危険性がないと思っている一般的な教育内容を教会学校の教育内容に取り入れられると考えています。教会学校や病院などで働いている人たちは、一般社会で行われている事柄を研究し、日常的に使われている事柄を自分たちの学校や病院の運営に取り入れなければならないと考える傾向があります。しかしながら、神様の御言葉の研究に特別な注意を払わないならば、私たちはたくさんの間違いと危険性に出会います。教育内容に聖書を取り入れるとき、不信仰な教育内容と併用するような方法を取るべきではありません。神様の御言葉の内容は最優先される課題であって、主要科目なのです。私たちは聖書の研究において過去の時代よりも進歩してきましたが、まだまだ多くの学びと研究を必要としています。
エレンホワイト次世代につなぐ信仰 電子版 p6

【こころ食堂礼拝】「切っても切ることはできない」

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