痛恨のミス

目次
  1. 無い

自覚している悪い癖の一つにお金の管理がある。基本的にお金は口座に入れており必要な分だけ現金をお財布に入れているのだが、万が一のことを考えて車やスマホのケースなどにお金を入れておく癖がある。これで助かったことも何度もあるが逆にどこに幾らおいたのかを忘れてしまうので結局紛失してしまう。

生前母からお金をもらったことがある。何度も貰っているのだが最後にもらったお金は決して手をつけないよう、お財布にも口座にも入れずにいた。封筒に入れて普段持ち歩くカバンに入れていた。

無い

今日、決して手をつけないでおこうと思っていた母からもらったお金の一部を自給伝道に献身した友人に送ろうと思って封筒を探した。が、無い。どこを探しても見つからない。引っ越しや住民票の異動、国保の手続きや雇用保険の手続き書類で非常に沢山の書類を持ち歩いていた。分かりやすくファイリングしたつもりだったがどこかで紛失してしまったようだ。こんなことなら早いうちに口座に入れるか子どもの学費などに使っておくべきだった。或いは全額献金しておけばよかった。いざという時に神様ではなくお金に頼ろうとしたからこうなったのかもしれない。いずれにしても母に申し訳なくてかなり落ち込んでいる。お金そのものはこれから就職できれば稼ぐことができる。しかし、母の気持ちをそのまま無くしてしまった、、無駄にしてしまった気がして本当に悲しい。

今朝聖書の言葉に力をいただいて元気に1日を歩んでいたのに。痛恨のミスである。因みに今日与えられた聖書の言葉は↓↓

「彼らが祈り終えると、その集まっていた場所が揺れ動き、一同は聖霊に満たされて、大胆に神の言を語り出した。」

‭‭使徒行伝‬ ‭4‬:‭31‬ 口語訳

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否定

講演会

毎週通っている教会ではこの月曜日から講演会が持たれている。韓国の教団をまとめていた総代表(総理とか韓国教団理事長などというが)の金大成牧師が講師となり「預言セミナー」を開催してくださっている。祝福に満ちたお話をうかがっている。本来教会で拝聴すべきところだが、子どもの体調がすぐれないため自宅にて学ばせていただいている。明日こそ教会にて拝聴できると良いのだが。預言と聞くと、今流行りの「都市伝説」的なものを想像する方もいるかもしれないが決してそうではない。今まで聖書に記されている預言がどれほど正確に成就したのかを確認しこれから起こることを聖書はどのように解説しているかを紐解くセミナーである。一貫して聖書のみ、他の混ぜ物や人間の考えを取り除いた解説をしてくださるのでとても分かりやすい。しかも、その根底には「都市伝説」的な要素とは全く異なるキリストの愛が脈々と流れていることを知り胸が熱くなる。今の時代、どうしても人々に語らなくてはならないことである。

ハローワーク那覇

昨日は求職活動の一環としてセミナーを受講して来た。とても良いおはなしを聴くことができ貴重な経験となった。そして今日もハローワーク。今日のハローワークは気が重い。数日前から胃が痛くなった。ハローワークにはいくつかの部門があるが、前回あるセミナー(ハロートレーニング、職業訓練)を受けたく相談に行ったところかなり怒りモードで40分間ずっと文句を言われ続けた。その場所にもう一度行って職業訓練を受けられないかの相談をするのが今日のミッション。前回撃沈だったので今回は少し勉強もして行った。毎回女性が対応するのだが今日の相談員も非常に高圧的(自分にはそう思えた、だけかも)だった。終始肘をついてため息交じりに話しをする女性。苦手である。前回の人以上に非常に高圧的であり、私の考えていることは全否定。最後は鬼の形相で睨みつけられ「どうしても、と言われたので賛成はしませんが願書だけ渡します」と言われた。明日またこの願書を持って行くことを考えると本当に苦しい。職業訓練を受けるようにすすめられるのだが、窓口では全く反対の対応をされる。これは那覇だけのことなのか。全国的にハローワークに対する苦情は多くネットにあげられているが、自分だけの問題なのかもしれない。

エージェント

ハローワークに何度も足を運んでいると幾つか分かってくることがある。まず、ハローワーク周辺にたむろするエージェント。少なく見積もっても毎回10社ぐらいは来ている。有能そうな人がハローワークから出てくると声をかけるのだろう。エージェントのサイトを見ると最高齢でも40歳ぐらいまでをターゲットにしているようなので勿論自分のような還暦直前は見向きもされない。過去に何をしていたか、今持っている資格などよりもやはり年齢である。これから何年働けるかでその人の価値が決まる。そんなところだろうか。

イエス様の忍耐と愛

ハローワーク那覇の窓口では毎回嫌な思いをするが今日は特に辛かった。今までで一番気の強そうな女性で態度も横柄。かつて、この地で働いていた時には「公務員至上主義」の雰囲気が蔓延していた。が、今もその気質は変わらないのかもしれない。幸い、そこまでの怒りの気持ちがないので「腹がたつ」というレベルではないが、それでも辛かった。かなり落ち込んだし珍しく妻にもその出来事を話してしまった。

少し職安で否定されたぐらいで、悲劇の主人公のようなことを書いて恥ずかしいと思っている。イエス様がどれほどの否定をされてきたことかを考えれば自分の落ち込みが恥ずかしくなる。しかも、いやな気持ちにさせられた相手は、もしかしたら自分が福音を伝えなくてはいけない相手かもしれない。こんなことでくよくよしていてはいけない。

更に、自分自身に対する自戒を込めて今日のできごとを心に留めておきたいと思った。前出の講演会を視聴してイエスを伝える、福音を語る必要性を痛感した。しかし、その相手が素直を福音に耳を傾けてくださらない方だったらどうだろうか。自分はその方に対して「この人は可能性のない人だ」と言って頬杖をついて失礼な態度は取らないだろうか。或いはすぎるくらい素直に福音を受け入れてくださる方に対して福音に少しだけ「自分の聖書に対する知識量」「神様に対する忠誠心と信仰の篤さ」を混ぜてイエス様ではなく自分を高めようとすることはないだろうか。そんなことを考えていたら「自分だったらやりそう!」と恥ずかしくなった。

 

那覇教会「春の預言セミナー③」 金大成(キム・デソン)牧師 (元韓国教団総理)

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お世話になった方

通院

今日は次男の通院の日。およそ8週間に一度受診して薬の調整などを行なっている。数日前から今日が受診日であること、学校を休んで病院に行くことを伝えていた。が、今日からプール授業が始まる。次男はそのことがとても気になっているようで通院の確認をする度にはっきりしない返事をしていた。想定内ではあったが今朝になって通院よりもプールが良いと言い始め結局両親だけでいつもお世話になっている先生に会いに行くことにした。4月の初めから予定されていた面談及び受診だったが先生が離島の往診に出かけたり体調不良だったりで数回予定が変わって今日の予約となった。

寄り添ってくださる先生

以前からこの先生のことを妻から聴いていた。時々外来受診中の写真も送られて来て次男がこの先生に凄く懐いている様子がすぐに分かった。妻にとっても心の支えになってくださる先生、寄り添ってくださる先生である。

2年前になるが次男が学校で注意を受けた。実際には次男ではなくて他の子が悪さをしていたようで、たまたま通りかかった次男に嫌疑がかけられ注意されたようだ。次男の態度も良くなかったのだろう。声を掛けられても無視して通り過ぎたので、当該の教頭先生が次男のランドセルを引っ張りそのまま次男は転んでしまったようだ。その一部始終を外来受診の時に面白おかしく次男が主治医に話した。次男として話題のひとつとして話したつもりだったが、主治医は劣化の如く怒りすぐに当該の教頭先生と校長先生を病院に呼び出したそうだ。教育現場で20年以上働いてきた妻にとってもこの対応は非常に驚きであった。聞けば、この主治医も我が子が小学生の時に学校に怒鳴り込んだことがあったという。図工の時間に「なんでも好きな絵を描きなさい」と言われ、迷彩柄の模様を上手に描いた。ところがその模様を見た教室の先生が「こんな迷彩柄を描いてはいけない」と厳しく指導したという。これがお父さんこと主治医の逆鱗に触れた。翌日、学校に怒鳴り込んだという。そういう経験があったから次男の話を聴いて黙っていられなかったのだろう。職務の範囲を超えている、と思われてしまうかもしれないが当事者にはとてもありがたいことでありありがたい存在である。

突然

結局、当事者である次男は登校し私たち両親で病院に行った。県内でも有名な大病院である。いつも高速道路からは見ていたが実際に訪問するのは初めてである。受付を済ませて気づいたのだが先生の名前が違う。すぐに受付に行き主治医と会うために来たが、主治医ではない先生の名前が書いてあることを伝えるも要領を得ない。また今日も先生の都合が悪いのか、と思ったが小児外科医だから仕方ない。今日対応してくださる先生に会う前に看護師さんが事前情報をお知らせします、と言って話しにこられた。そこで初めて大変お世話になったこの主治医が4月にご病気で亡くなられたことを知らされた。思わず「え!」と大きな声を出してしまった。次の瞬間、妻の顔を見ると無表情の能面顔になっていた。すぐに安定剤をのんで休ませた。妻が心の底から信頼していた先生の訃報にどうして良いのか分からなくなってしまった。

病院の後、自分は県庁の方で別の用事があるため別行動の予定をしていたが「今日は一緒にいてほしい」と妻から言われた。今まで一緒にいて欲しくない、出ていって欲しいという言葉は何千回も言われたが一緒にいて欲しい、という言葉はここ10年は聞いたことがないので驚いた。自分の用事は日程を変えることもできるので何の問題もない。

天国

帰りの車の中で妻がしきりに主治医の先生がご再臨の時に天の御国に行けるのかととても気にしていた。自分には分からないし、誰が天国に行けて誰が行けないかを考えることは愚かなことだし聖書で禁じられていることを説明した。

多くの子どもたちの命を救った功績と、患者さんやその家族に寄り添う姿勢を神様が全く無視されるとは決して思えない。

この先生に対して心からの感謝をすると共に、結局肉体的に人を救っても自分を救う事はできない人間の限界性を痛感させられた。

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もうひとつの母の日

激痛

514日未明、腹部と背中に激痛を感じて飛び起きた。恐らくいつもの痛みだと思い水を飲んでまだ暗い那覇の街を歩いた。時々起こる尿管結石の痛みだと直感した。この激痛が始まると24時間ほど苦しむ。痛みと闘いながらもできることは水を飲んで歩いたり縄跳びをすることぐらい。まともに歩けないほどの痛みだが横になっていても痛みがおさまるわけではないので壁や手すりを探しながらただ歩く。やっとの思いで家に戻りうずくまっていると、早起きの次男が容赦なく身体の上に乗ってきたりして甘えてくる。ごめんね、と謝りながら状況を説明すると心配しながら部屋を出て行った。結局、一日中ほとんど次男と顔をあわせることなく母の日を過ごした。前日に作った母の日カードを次男に渡した。本人なりの演出を考えてカードをお母さんに渡したらしい。

満足していない

翌日、月曜日になって少し痛みも落ち着き前日の様子を妻から聞いた。カードだけでは満足できず、花かハンカチをプレゼントしたかったようだ。

妻と相談してもう一度母の日をやり直すことにした。小学校から帰ってきた次男に、特別アルバイトの話を持ちかけた。家に何台かある扇風機の掃除をしてくれるようにお願いした。普段は決してしないが今日は特別にアルバイト代をあげるのでお母さんにプレゼントを買ってあげたら?と提案すると喜んでその話に乗ってきた。

ハンカチ

何でも自分でやらないと気が済まない難しいお年頃。アルバイト代の1000円を持ってショッピングモールに行くと

「プレゼントは僕が選ぶからパパはアドバイスしないでね」と念を押された。はじめは花も候補に上がっていたがハンカチにした様子。妻の喜びそうな色、柄のハンカチを3点に絞って見比べている。可愛くて可愛くて後ろからハグしたくなる衝動を必死に堪えた。しばらく悩んでやっと一枚のハンカチを選んだ。レジに持って行き会計をしてラッピングをお願いしていた。ラッピングが終わるまで少し店内を見ていたら、洋服大好きの次男が何かを見つけてきた。長袖のパーカーである。欲しそうにしていたので、そちらも購入した。

演出

ハンカチを買ったことは内緒にして家に戻り夕食を済ませた。いよいよお母さんにプレゼントを渡す。作戦を立てたい、と部屋に呼ばれた。買ったばかりの洋服を着て渡したいようだ。着替えると髪の毛まで整えている。彼女にプロポーズする勢いにまたまた可愛さを感じた。独特のワールドを持つこの子には、決してこの世界は生きやすいところでは無い。毎日毎日色々なところで傷つき悲しみ、心が乾いてしまうことも多々あるのだと思う。そんな子がお母さんへの感謝を表現するためにできる限りの事をしている様子に胸が熱くなり込み上げてくるものがあった。

計画の一部始終を知っている妻も泣いていた。亡き母を思い、尿管結石の痛みの中で寂しさを感じて過ごした母の日ではあったが、翌日には次男のお陰で感動的なもうひとつの母の日を過ごさせてもらった。

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バラ

母の日

今日514日は母の日。昨日は子どもと一緒に妻に対する感謝のメッセージカードを作った。子どもはよく母親と喧嘩しているがそれでも母親を最も信頼し愛している。次男を見ているといつもそう思う。今読んでいる本に母親の重大な責任について書かれていた。

母親の感化が真理のため、善のためであり彼女が天来の知恵に導かれ ている時、その生涯はキリストのためになんという力となることであろう!彼女の感化は現世から永遠にまで達する。母親の表情やことばや行為が永遠において実を結ぶということ、大勢の者の救いまたは破滅は彼女の感化の結果であるということはなんと厳粛なことであろう。

母親は、子供を正しく訓練するときに彼女の与える感化が、大きな力をもってこの人生の変動を通して将来にまで、永遠の生活にまで及ぶことをほとんど認めていない。天の模範にならって品性を形造るには、多くの忠実な、熱心な、忍耐強い努力が必要である。しかしそうするだけの価値がある。なぜなら、神は魂を導くための正しい努力をすべて報いたもうお方であるからである。

アドベンチストホーム電子版p187

バラ

母は生前花をこよなく愛した。赤色系の花、紫、青など四季それぞれにあった花が咲き家の前はいつも何かしらの花が咲いている。今年もバラが綺麗に咲いた。母が倒れてから、その回復を祈りながら自分が帰省のたびに母に代わって手入れした。手入れといってもやり方が分からない。少し誘引したり周りの草を抜く程度のことしかしていない。

母が見たらどれだけ喜んだだろうか、と思うほど今年はよく咲いている。姉が写真を送ってくれた。

生まれて初めて、母のいない「母の日」を迎えた。想像以上に寂しく無性に母に会いたくなる。自分がもしもキリスト教の真理を知らなかったなら間違いなく「ユタ」のところに行ったであろう。ほんの少しでもキリスト教の神様から離れて祈りをおそろかにすると「母の居ないこの世界では生きる意味を見出せない」という気持ちになってしまう。自分が思っていた以上に、母を失った喪失感は大きい。気丈に振る舞う姉も時々「お母さんに会いたくて涙が出ます」とメールを送ってくる。父をはじめ家族全員が深い悲しみと再会の希望の狭間で戦っていることを感じる。

もう一人の母

本当は義母のお見舞いに行こうと思っていたが入院先の病院から遠慮して欲しいと言われた。いつも明るくユンタク(おしゃべり)が大好きな母。間違い電話をしてきた相手と親しく30分話した後教会に誘う強者である。今はもうそういう状態では無いが、信仰を持ち続け子どもたちからはじまって親戚縁者をイエス様に導いて来た。義母が天国において受ける報いの大きさを時々想像することがあるがイエス様からものすごく褒められることは間違いない。この義母がいたから妻と出会えた。本当に感謝なことである。

もう何も心配することのない、また永遠に別れることの無い天の御国に間もなく入れていただけることを希望とし母や義母のようにはいかなくても、一人でも良いからイエス様のところに導ける者として生きていきたいものである。

三天使の使命①東清志牧師

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心当たり

沖縄移住

沖縄移住をはじめて6週間が過ぎるがまだまだ沖縄県民にはなっていない気がしている。このまま沖縄に住むことに戸惑いも感じるし、沖縄について知らないことがあまりにも多い。沖縄の道をある程度知っている、沖縄の文化と県民性のほんの少しが分かっている、その程度である。しかも昔々の古い情報なので、移住者が多くなった今の沖縄を全く理解していない。数年で入れ替わる自衛隊員や基地の米兵の他に海外からの移住者が多いことにも今更ながら驚いている。何も知らないことをとても恥ずかしく感じる。

福州園

昨日は県庁に行ったが空振りというか十分に用を果たせなかった。早々に用が済んでしまったので少しでも沖縄の事を学ぶために観光に時間を費やした。

県庁出発だったので一番近い観光地である「福州園」に行ってみた。那覇市と中国福建省の交流を記念して1992年に作られた中国式(福建式)の回廊と庭園。以前沖縄に住んでいた時から何度もこの前を車で通っていたがお寺だと思っていたので中に入ったことはなかった。が、今回初めて入園してその美しさに圧倒された。中国の建築様式の繊細さと豪華さに驚いた。その昔、福建省出身の人々がこの地那覇市久米に移住した事を記念した庭園であるが、中国人の沖縄進出や土地の購入は今に始まったことでは無いようだ。福州園から100mのところで卒業生が店舗を構えているので少し寄ってみた。

首里城

次に行ったのが首里城。首里城から徒歩2分のところに親戚が住んでいるためここは観光地ではなく毎朝の散歩コースになっていた。それでも今まで20回以上は城内に入ったことがある。今回、復元工事中ではあったが中に入ってみた。以前のように荘厳な城内は勿論見学出来なかったがその分多くの資料や映像で色々と勉強させてもらった。終戦後、首里城を利用して琉球大学が開学されたことは全く知らなかった。その他にも色々なことに利用された首里城。3年後の完成が待ち遠しい。

玉陵

たまうどぅん。首里城からほど近いところに位置する玉陵。玉陵は、1501年、尚真王が父尚円王の遺骨を改葬するために築かれ、その後、第二尚氏王統の陵墓となった。浦添ようどれはそれよりも更に前の陵墓。13世紀頃に英祖王と尚寧王の一族が葬られたとされている。玉陵も今回初めて見学した。琉球の奥深い歴史、理解できたらものすごく世界が広がる気がする。

金城町石畳

玉陵から歩いて10分。よく観光案内などの写真に使われる石畳の坂道がある。ここは以前に2回訪れたことがある。この石畳近くに卒業生が昔住んでいた家がある。またこの坂の上に義兄が住んでいる。馴染みのある場所だが結構歩き難いので殆ど来たことがない。が、今回は意を決して坂の下まで歩いてみた。帰りの辛かったこと。観光気取りで下まで歩いた事を心の底から後悔したがやはり綺麗だった。

反省

このところ各地で地震が起きている。千葉、鹿児島、北海道、そしてまた宮古島でも。これからどうなるのだろうと不安な気持ちにもなるが、色々な事象を通して神様が語りかけ警鐘を鳴らしてくださっている事を感じる。今日読んでいた本にも「これはまさに自分のことだ」と反省させられることが書かれていた。

あなたは妻や子供たちに多く期待しすぎる。あなたはとがめだてをしすぎる。もしあなたがあなた自身朗らかな、幸福な性質をやしない、彼らに親切にやさしく話すなら、あなたは家庭の中に暗雲や悲しみや不幸の代わりに太陽を持ってくるであろう。

あなたは自分の考えを重んじすぎる。あなたは極端な立場を取り、妻の判断が家族の中で当然重要視されるべきであるのに、そうされることを喜ばなかった。あなたは妻を尊敬するように自分を教育しなかったし、 子供たちにも彼女の判断を尊重するように教育しなかった。あなたは妻を同等の者とみなさずに統治と支配のたずなを自分の手にとって、それを固くひきしぼっている。あなたには愛情深い、同情深い性質がない。 もし勝利者になりたいなら、また家族に神の祝福が与えられることを望 むなら、こういう性質を養わなければならない。

アドベンチストホーム電子版p176,177

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観光立県沖縄

国際通り

那覇空港から車で10分ぐらいのところに沖縄県庁、そして那覇市役所がある。向かいには沖縄では大手の百貨店、りゅうぼうがある。沖縄の台風中継でよく映されるのがこの役所前の交差点。ここからおよそ1.6kmに渡って「国際通り」が続く。終戦後いち早く復興を遂げたことから「奇跡の1マイル」とも言われた。

確かな記憶ではないが自分が最初に沖縄を訪れた1985年当時、国際通りはもう少し道幅が狭く県庁から牧志方面の一方通行だったように記憶している。昔は映画館もあり上野のアメ横を思わせる賑わいだった。

勿論、今も行くたびに修学旅行の生徒さんたちやその他の観光客を多く見かける。店舗はおよそ600。その中には昔からのお店も数点ある。飲食店や宝飾店など35年以上経っても変わらない懐かしいお店もあり、はじめて沖縄を訪問したあの日を思い出させてくれる。

外国人スタッフも多い。公設市場には中古中国人が経営するお店も数店ある。また販売員も中国、台湾をはじめ色々な国の方がいる。国際通りの話ではないが、ダイビングでいつもお世話になるショップにも行くたびに台湾のインストラクターが増えている。これも沖縄全体の変遷なのか。

コロナ

沖縄に移住しておよそ6週間。かなりの頻度で国際通り付近に出かけている。恐らく週に4回ぐらいだろうか。その殆どがモノレールと徒歩なので、国際通りの小さな変化にも気づくことが多い。その中でも「観光立県沖縄」にとって深刻と思われることがある。それが空き店舗問題。少し前まで国際通りに空き家など考えられなかった。家賃もそれなりに高いが国際通りに店を構えれば相応の見返りが期待できる。だから店舗が移転してもそこが数ヶ月空き家になることは絶対になかった。ところがコロナの影響だろうか。今の国際通りには空き家が目立つ。ある有名なミュージシャンが経営するライブハウスがあるビルも一棟丸ごと空き家になっている。このまま放置されれば富豪中国人が買い占めるかも知れない。

観光立県沖縄

沖縄の地場産業はあまり多くない。津堅島の人参は有名だが沖縄の一次産業はおよそ1.3%程度。サトウキビも有名だが沖縄全体の産業から見れば微々たるものである。建設業も多いが製造業と併せても15%に満たない。殆どが観光業、またそれに付随する産業である。だから観光客が迎えられなかったコロナ禍に多くの店舗、会社が倒産した。

偏見に満ちた表現で正確さに欠ける事を承知した上で敢えて言うなら、沖縄を訪れる観光客のマナーは決して良くない。中国人はかなり強引だが日本人のマナーも決して良くない。最近はお土産店で買うよりもサンエーやイオン、カネヒデで買う方が安い事を知った観光客がレジで値切っている。昔インドネシアに行った時に見た光景に似ている。そんなマナーの悪い観光客にも媚びないと生活が成り立たない沖縄がなんとも悲しく見える。まだ戦争が終わっていない事を感じる。

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Mac

先日、故障中のMacBook Proを引き取りに行った。やはりロジックボードの交換が必要とのことだが交換したところで必ずなおる保証は無い。仕方がないので、まずは一番大切なデータを救出すべくSSDの取り外しをお願いしておいた。またSSDケースも購入してデータの確認をしたところ無事だった。これからどうするかはまだ決めていないが、手元に救出されたデータと壊れたMacが戻ってきたので少しホッとしている。

なすすべ無し

このところ沖縄も関東並みに地震が多い。今日は昼過ぎと夕方に地震があった。今まで聞いたことのない奇妙な警報音がiPhoneから鳴り響き驚いたが、文書の内容にも驚いた。

10秒以内に到達。揺れに注意してください。」

10秒以内って、

なすすべ無し、である。

沖縄は戦闘機の離発着が増え、浦添に行った時には必ずオスプレーを見かけるようになった。北朝鮮の動きにあわせてPAC3を配備して、何となく不穏な雰囲気を感じている。

昨日、次男と海軍豪に入った。公園は毎日遊びに行っているが豪に入るのはこれで3回目。次男も2回目だと言っていた。戦争の悲惨さ、南部戦跡や慰霊の日などを少しだけ説明した。

そんな時、ふと翌日特攻隊として出陣するピアニスト志望の青年の話を思い出した。少し記憶が曖昧だったので調べてから次男に話した。

以下ホームページより抜粋

 1945年5月末、沖縄では激しい戦闘が続き、本土への空襲も激しくなっていたある日、鳥栖国民学校に突然の来訪者がありました。茶色の飛行服に白いマフラー、左腕には日の丸の縫い取り、飛行帽を手にした丸刈り頭の二十歳過ぎの青年二人。陸軍目達原(めたばる)飛行場の特攻隊員でした。線路沿いに12㎞の道のりを走ってきたといいます。

「私たちは、明日出撃します。死ぬ前に、もう一 度思い切りピアノを弾きたいのです。ここにはグ ランドピアノがあると聞いて、やってきました。」

彼らは東京の学生だったのですが、音楽の勉強を途中であきらめ、爆弾を抱いて敵艦に突っ込むための訓練をしていたのです。

音楽室に案内された隊員は、ピアノに向かい、姿勢を正すと、そこに楽譜があったベートーベンの「月光」を静かに弾き始めました。立ち会った音楽担当の上野歌子さんは、素晴らしい演奏に感動しながらも、音楽への志を捨てて国のために死地へ赴く青年の胸中を考えると、悲痛な思いに胸をしめつけられるのでした。

そこに男子生徒たちがやってきました。当時の少年のあこがれのまとである飛行兵が来たと聞きつけて、集まってきたのです。出撃する二人の隊員を「海行かば」を歌って見送ることになったのですが、上野さんは胸が詰まって伴奏する気になれませんでした。「海行かば」とは、天皇のために悔いなく死ね、と教える歌なのですから。ためらう上野さんを見て、隊員がピアノに向かいました。

「この歌は自分たちの鎮魂歌、葬送曲です。自分の曲は自分で弾きます」

 毎日のようにこの歌を歌わされていた生徒たちは、大きな声で元気に歌いました。歌い終わって、口々に「ぼくも飛行兵になります」「自分も特攻に行きます」などと言う男の子たちに、隊員は「君たちが行かなくてもいいようにお兄ちゃんたちが行くんだよ」と、さとしていました。その後、隊員たちが鳥栖に姿を現すことは、二度とありませんでした。

夢が持てないと言われる現代の子どもたち。それも本当に可哀想だが、個人が夢を持てなかった時代があった。国の夢が個人の夢。夢は色々無いといけない。沖縄にいると、間も無く個人が夢を持てなくなる時が来ることを感じる。

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家庭訪問

準備

今日、午後から次男の家庭訪問があることを事前に知らされていた。朝から少し準備というか掃除をしていた。特に汚いわけではないが、それでも入念に掃除機をかけて普段はあまりやらないフローリングシートを使って床を拭き上げた。初めてお会いする先生なので少し緊張もするし、そもそも昼間から父親が家庭訪問に同席すること自体息子の不名誉になるのではないかと迷いもあった。無職のお父さんが、担任の先生にはどのように映るのだろう。いささかの心配もあったが妻をフォローするだけの意味で同席することにした。

中学教員時代

ずっと昔になるが沖縄の中学校で教員をしていたときに、ゴールデンウィークを利用して学級全員の家庭訪問をした。およそ30名いる生徒のご家庭を1週間かけて訪問する。当時担任していた生徒の多くが南部(那覇、浦添地区)に集中していたので毎朝名護を早めに出発して午前2軒、午後4軒を目安に訪問した。当時乗っていた車にはナビが付いていなかったので地図を頼りに訪問した。初日で気づいたのだが、とにかく1家庭にかかる時間が長い。それでも30分の面談時間と移動時間30分を計算に入れていたがそれでも間に合わない。できれば生徒さんのお話をしたいのだがなかなかそうはいかない。家、門中の話から始まって沖縄のどこどこには行ったか?なになにを食べたことはあるか?等々とにかく話が核心に進んでいかない。保護者の皆さんとも非常に仲良くさせていただいていたこともあり大幅に時間が遅れてしまうことも度々。申し訳ない気持ちでいっぱいだが非常に楽しい家庭訪問であった。

家庭訪問

次男を受け持ってくださる担任の先生も、自分たち夫婦が元教員であることでかなり緊張しておられたとのこと。こちらは学校での様子を伺い、平身低頭謝罪するばかりの面談になると思っていたので少し拍子抜けした。次男はどうしても自慢の部屋や自称「秘密基地」を担任の先生に見せたかったらしい。また上手に乗れるようになったブレイブボードも披露したかったようでこれら全てができて満足そうではあった。が、なぜか父親に対してはずっと怒りモード。どうやら父親の顔を見ただけで怒りたくなるようで本人も苦しんでいる。次男に頼まれ、同居を決意したがそれが次男を傷つけている現状に毎日落ち込んでいる。神様のご計画はどこにあるのかな?とひたすら祈り続ける毎日を過ごしている。

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ついに

10年

およそ1週間前からコンピュータの挙動がおかしくなり、次第に充電できなくなった。それでも色々な方法を試みて対応していたがついに全く動かなくなった。Macの修理をしてくれる業者さんを調べてみると国際通り近くに1店舗あることが分かりすぐに持ち込んでみた。診断をしてから見積もりして連絡をいただけるとのことでとりあえず預けてみた。A1502というモデルで丁度10年前に生産されたものである。AppleHDDからSSDに変更した最初の機種で3年前にSSDを交換し2年前にバッテリーを交換した。老体ではあるが決して手放せない存在である。そんなMacが手元からなくなり何とも寂しい数日を過ごした。

診断

昨晩、やっと修理業者さんから連絡がきた。最初はバッテリー交換で済むと思っていたがその後いくつかのテストをしてメインの基板であるロジックボードの不具合であることが分かったという。しかしそれも確定では無いので今後修理を進めるかどうかを判断して欲しいとのこと。費用は恐らく10万円を超えるだろうと言われた。それでもなおる保証は無いとのこと。

とりあえず考えさせてくださいと言って電話を切った。

こういう日がくることは何となく分かっていたが、本当に突然だったので動揺した。

人格

こんなことは絶対にあり得ないが、昔からあることを疑っている。もしかしたらMacには人格があるんじゃないか、という事。勿論あり得ない。が、Macを使い始めて30年以上経つが今まで例外なく「次のMacを購入したいと思うと急に今使っているMacが不調になる」。これは本当に不思議なのだが今まで必ず同じことが起きてきた。使用しているMacが嫉妬するかの如く、急に不調になる。

adobe

Macを新調できずにいた理由は幾つかあるが、その中のひとつがadobeソフト。illustraterPhotoshopindesighnAcrobatを頻繁に使っているがこれは買い切りのモデル。現在は月額料金を毎月支払って使う仕様に変更されている。格安プランでも毎年数万円が掛かる。これが嫌で、買い切りのソフトを入れている現在のMacが手放せなかった。

コンピュータを新調したりソフトのサブスクを利用することは無職の自分にとって過ぎるほどの贅沢であるし不可能に近い。さてどうするか?

しばらく祈りながら、考えてみたい。コンピュータから離れなくてはならない時が来ているのかも知れない。

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