対話

訪問者

昨夜遅くに実家に着いた。先に寝ているようにいったが案の定両親は起きて待っていた。朝も早かったし仕事を終えてからの長距離移動で疲れもありできれば早く眠りたかったのだが色々と話したそうだったのでしばらく両親と話していた。相変わらず同じ話を何度も繰り返すことが多いのだが断片的な言葉から両親の日常生活を把握しようと努力する。また冷蔵庫をみると少し様子が分かるのでそちらも覗いて見た。苦労しながらも二人で色々な工夫をして生活している様子が見て取れる。姉夫婦や姪がかなりサポートをしているようで色々なところに覚え学のようなものが貼られていた。父と話している時に「お母さんの認知症もかなり進んでいるけど、毎日のように『今日は誰か来ないかな。子どもたちは来ないのかな』と言っているよ。自分の二人の姉が亡くなったこともよく理解できていないようだし最近は母親(自分にとっては祖母)の声が聞こえると言っているよ」と教えてくれた。今の所まだ自分の名前は覚えているが自分の家族については記憶が怪しくなっている。病状も良くない中で、誰かが訪ねてくることを心待ちにしているのがとても切なかった。自分が場所を選ばずにでいる仕事に就いていれば良いのだが現在はそうではないのでどうしても両親だけにしてしまうことが多い。自分は何もしていないのだが姉夫婦はかなりの頻度で両親を訪ねてくれ何かあればすぐに駆けつけてくれる。色々な人のお陰で、更に両親が病気を抱えながらも寝たきりにならないおかげで何とかなっているので感謝すべきことはたくさんある。

キリストへの道

父が、最近は聖書の他に「キリストへの道」を読んでいることを教えてくれた。偶然だが、自分も2週間ほど前まで毎日キリストへの道を読んでいた。読むと大切なところも素通りしてしまうのでノートに書き写していた。見開き1ページを読みながら書き写すと30分ぐらいかかる。とても薄くてすぐに読めるので全ての方にオススメしたい本である。この本を毎日読みながらお祈りをしていると神様がすぐそばにいてくださることを実感できるのだという。

問題は山積しているが、まだまだ両親から学ぶことはたくさんある。

「キリストへの道」の詳細はこちら

 

聖書研究ガイド2228

 

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田舎館

地元探訪

青森県民となって1年が経過した。いくつかの興味あるところには出かけたがまだまだ青森のことが分かっていない。そもそも津軽にいるためか三八上北、下北方面は殆ど行ったことがない。青森にいつまでいるかは神様しか分からないことであるがここにいるうちに少しは青森のことを理解できるようになりたい。それにしても毎日家と職場とイオンの3箇所だけを行ったり来たりしているだけなので地元のことすら良く分かっていない。近くに「前田屋敷」なるところがあるが恐らく昔の偉い方のお屋敷なのだと思う。「諏訪堂」というところにも大きなお屋敷がある。が、誰のお屋敷なのかは分からない。近所のことも何も分からないので先日少しだけ近くを散策した。

まずは「田舎館駅」。自分は「田舎館村(いなかだてむら)」在住なのだが、最初この住所を聞いた時に「住所に田舎ってつくところってどんなところだろう」と興味が湧いた。20年ほど前にさだまさしさんがラジオの深夜放送でリスナーの住んでいるところがどれだけ田舎なのかを競わせるコーナを設けていた。因みに田舎館村の役場があるところは「南津軽郡田舎館村畑中」という。さださんもどれだけ田舎なのか気になり当地を訪れコンサートを行ってくださったと言う。

実際に住んでみると、数年前まで住んでいた広島の山奥よりもはるかに都会である。そもそも田舎館村役場の庁舎が立派である。田舎館城を再現する作りで遠くからも目立つ建物である。また、弘前の中心地までは車で15分。家から5分も走らないうちに弘前市に入ってしまう。コンビニも多く弘前に行けば夜中までやっているお店もある。

その田舎館を走る鉄道が弘南鉄道である。以前は川部駅から黒石、そして弘前へと延びていたが現在は前田屋敷駅と川部駅がなくなってしまった。川部駅は現在五能線と奥羽本線の駅として機能している。数年前には三浦春馬さんも撮影で来られ駅前の旅館が休憩所になったそうだ。

弘南鉄道田舎館駅駅舎を入るとGOMAさんという平川市のアーティストが描かれたユニークな絵が出迎えてくれる。簡素な無人駅であるがライカQ2で撮影するのにはぴったりの雰囲気を醸している。因みに田舎館村は「田んぼアート」で有名な場所でもある。コロナの影響で自分はまだ見たことはないが2つの会場で数種類の稲を正確に植え付けることで出来上がる作品は全国から人を集めるほどの人気だという。今年は開催してほしい。

禅林街

田舎館村から国道102号線で走ること5分。弘前市に入る。どこにでもあるイオンは有名だがこちらにきてはじめて知ったチェーン店もある。うちの医院とも関係の深い「スーパーさとちょう」。同様にスーパーのチェーン店は多い。ユニバース、ITOKU、CUBセンター、メガドラッグ等々。そんなお店をみているうちにドン・キホーテが見えてくれば弘前第一の中心街。そして更に進むと第二の中心街。駅を中心としたヨーカドーやhiroroなどが並び人出も多くなる。

青森に来て間もなくの頃、ある患者さんを弘前中央病院にお送りするように言われた。カーナビがついてない車だったのでスマホのナビの力を借りることで無事に送り届けることができた。帰りになんとなく覚えているだろうと思ってナビをセットしないで走り始めると記憶にない場所に進んでしまった。気づけば左右がお寺ばかりの不思議な空間に迷い込んでしまった。結局、何とか抜けることができたがしばらくはあの時見たお寺の集合体は夢だったのか幻だったのか現実だったのかがよく分からなくなってしまった。が、そのうちにその場所が実在し「禅林街」と言うことを知った。田舎館駅の次は「禅林街」に決めた。

そもそも禅林街は弘前市西茂森にある史跡。弘前藩(通称津軽藩)2代目藩主の津軽信枚(のぶひら)が弘前城築城の際、種里から移築したことから始まった。この地の主な宗派となっていた曹洞宗の長勝寺を移築するのに伴い同じく曹洞宗のお寺32寺を長勝寺の参道に向かいあわせる形で配置した。長勝寺を含めて33寺あることから「禅林33ケ寺」の通称もある。そのお寺は次の通り。

藤先寺、月峰院、天津院、常源寺、恵林寺、永泉寺、盛雲院、正伝寺、川龍院、正光寺、安盛寺、宗徳寺、泉光院、京徳寺、海蔵寺、鳳松院、宝積院、照源寺、寿昌院、清安寺、勝岳院、長徳寺、嶺松院、蘭庭院、高徳院、宝泉院、陽光院、福寿院、万蔵寺、隣松寺、梅林寺、長勝寺、普門院

どこかの説明で弘前城と長勝寺が元々の計画では位置が逆だったという説を読んだ気がしたがあてにならない記憶である。

それぞれの土地と人には歴史がある。それを知ることはとても大切なことであるように思う。イスラエルの歴史を知ることも。

禅林街

 

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MISAWA

久しぶりの休日

先日、久しぶりに安息日以外の休みがもらえた。母の様子が思わしくなく、母を支える父も疲れ切っているので実家の様子を見に行きたいところだが今回は1日だけの休みなので来週帰省することにした。天気もあまり良くなかったので家にいても良かったのだが少し気分を変えたく外出した。午後からの外出なのであまり遠くにはいけない。雨も降りそうなので屋根があるところを考えていた。しばらく悩んだ末、以前から気になっていた三沢に行こうと思った。青森に来て奥入瀬までは行ったがそれより先の太平洋側に行ったことがなかった。特に異国情緒あふれる三沢には行きたいと思いながら行けずじまいになっていた。少し時間は掛かるが走行距離20万キロを超えたオンボロプリウスを走らせ三沢に向かった。太平洋側に県民は津軽人のようになまっていないと聞いたことがある。久しぶりに標準語が聞けるのか?途中から雨が降ってきたが県立航空科学館に着く頃には小雨になっていた。電車も好きだが飛行機も大好きな自分にとって天国のような場所だった。多くの飛行機を見学し青森が飛行機と切っても切り離せない場所であることを初めて知った。そういえば昔、小学生の頃だっただろうかミス・ビードル号の話を本で読んだ記憶がある。航空機を満喫した後、基地の町三沢に少しだけ立ち寄った。スカイプラザMISAWAは沖縄市の雰囲気がありとてもワクワクした。できれば一日中居たい土地である。

YS11

航空科学館では久しぶりにYS11を見ることができた。所沢の航空記念公園に行った時に全日空の機体だったと記憶しているがYS11が展示されているのを見た。高校の教員をしている時に、ある生徒の家庭訪問を頻繁にしている時期があった。彼の家は鹿児島。当時はまだ「九州新幹線」なる便利なものはなかった。陸路で行くにはかなり時間がかかる。なので現在の広島西飛行場から飛行機で鹿児島に飛んでいた。36人ぐらい乗れるSAABの機体だった。鹿児島空港に到着すると決まってとなりにYS11が駐機していた。引退の話があったのでいつかは乗りたいと思いながら結局実機に乗ることなくYSは引退してしまった。この時の後悔からボーイング747引退の情報を聞きつけてからは出張のたびに必ず747に乗るようにしていた。YS11は本当に素晴らしい飛行機だと思うし日本の技術の全てが凝縮されている気がする。こんな名機がなくなってしまうのはとても残念だが、航空科学館ではYS11の隣の部屋にHONDAのジェット機「ホンダジェット」が展示されていた。乗れる人数こそ少ないが非常に美しい機体である。その美しさを超える機能性が世界から高く評価されている。

世代の交代はやむを得ないことなのだろう。色々なことを考えさせられたMISAWAトリップであった。

三沢

 

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両親

母の病気

昨晩姉から連絡があり母の状態について教えてもらった。まず眼科の診断は「ぶどう膜炎」とのこと。

このまま治療しなければ失明の可能性もあるとのことでとりあえず抗生剤による治療を開始している。こちらも問題なのだが昨晩話したのは両親の認知症のこと。二人とも認知症なのだが父の方が少し程度は軽い。母は今の所子どもたちのことは分かるが色々な記憶がかなり曖昧になる。また急に怒りだすなどの症状もあり父もその対応には手を焼いている。併せて毎日宅配弁当をお願いしているのだが、弁当のない時は父が買いに行く。濃い味付けのものが多く高脂血症や糖尿病、高尿酸血症の薬が増えていることも指摘された。姉の見立てでは二人だけで生活させるのには限界を超えているのではないかとのことである。看護師である姉夫婦の見解は的確だと思う。一方で両親は施設などには入らずできるだけ自宅で過ごしたいと考えている。そうなれば誰かが同居するしかない。姉夫婦は東京、というか勤務先の病院にほど近いところに家を買っているので両親と同居することはできない。弟は広島で教員をしているので実家に戻ることはできない。自分も青森で稼ぎ経済的な面で家族を養わなくてはならない。誰も動けないのだが、消去法で動けるとしたら自分なのかもしれない。収入をどこから得るようにしたら良いのか、両親の面倒を見ながら仕事をすることが果たして可能なのか等々考えなくてはならないことが山ほどある。

悩みの中で

正直言ってどのようにしたら良いのか分からない。しかし両親をできるだけ希望通りに生活させたい。昨晩からずっとこのことに集中して祈っている。ずっと先延ばしにしてきた問題がいよいよ待った無しの状態になってしまった。答えはまだ与えられていないが、最善の道を神様が用意してくださっていることを信じ祈り続けたい。何よりもこのような高齢とはいえ、認知症を患いながらも自分のことを一生懸命に祈ってくれる両親がいることを心から感謝したい。

「恐れてはならない、わたしはあなたと共にいる。 驚いてはならない、わたしはあなたの神である。 わたしはあなたを強くし、あなたを助け、 わが勝利の右の手をもって、あなたをささえる。」
イザヤ書 41:10 口語訳

2022年5月7日 「湖上を歩く」 安息日礼拝LIVE配信

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母の日

昔の記憶

先日、母の日のプレゼントを送った。配達指定をしたのだが「5月5日から8日の間のどこかで配達する」ことしかできないと言われた。母の日、8日に届いて欲しかったが仕方ない。結局6日に届いてしまった。すぐに両親から電話があった。プレゼントが届いたことを知らせる電話ではあったが少し話しているうちに母の体調が思わしく無いことを知った。以前の帯状疱疹が原因かどうかは分からないが失明の可能性や命の危険も指摘されたという。認知症を患っているのでどこまでがお医者さんの診断なのかが良く分からない。とりあえず姉にも相談し、紹介状を書いてもらった先の獨協大学病院に一緒に行って医師の診断を聞くことにした。とにかく健康面は衰える一方なので不安で仕方がない。しかし、掛かってきたお礼の電話はとても穏やかで明るかった。

自分も歳をとったのか、両親のことを考えると感謝で胸が熱くなり同時にもう戻れない自分が子どもだった頃を思い出して涙を流してしまうことがある。自分一人の力で生きている錯覚をして何にも頼らなくても生きていけると勘違いしていたあの頃。困ったことがあれば両親に相談すれば良い。叱られることはあっても必ず解決してくれた。何でも話し、文字通り「果報は寝て待て」状態でいつの間にか苦難は通り過ぎてしまっていたあの頃。本当に懐かしい。

家が工房で常に自宅には両親、祖父母、職人さんがいた。そのような環境だったので仕事場に行って父と話をするのが大好きだった。ハンドバッグを作りながら色々な話をしてくれた。ネタがなくなれば父の落語会が始まる。これが特に好きだった。一方、母は兄弟の中でも特にできに悪い自分に注意をすることが多かった。というより、兄弟の中で叱られるのはいつも自分だけである。姉も弟もきちんとしている。自分だけがどうしてもうまくいかないのである。自分が悪いのだが、注意を繰り返す母を少し避けていた気がする。

叱られることが多い自分ではあったが、母に対してとても感謝していることがある。昔から母のこの部分が大好きだった。それは、前日どれだけ叱られても翌朝は全く記憶にないと言った感じで明るく挨拶し接してくれるところだ。あれだけ酷く叱られれば翌朝も小言から始まって良いはずなのに全くそうでは無い。全く新しい気持ちで自分を受け入れてくれている。だから自分はいつも親から見捨てられるかもしれないという不安を持ったことがない。もっとも、どの家庭にもあったはなしだが「お前は橋の下で拾ってきた子だ」とは何度も言われた。拾ってきた割には過ぎるくらいの愛情を注いでもらった。

風前の灯のような命かもしれないが、自分には掛替えのない尊い命なのである。母のことを書いていたらまた目頭が熱くなった。

お母さん、ありがとう。

わたしこそ、わたし自身のために
あなたのとがを消す者である。
わたしは、あなたの罪を心にとめない。
イザヤ43:25

讃美歌1編 510「まぼろしの影を追いて」多重録音

 

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段取り

給与計算

来る日も来る日も給与計算のシステム(というほどのものではないが)を構築するのに苦労している。今まで全てを手計算(実際にはエクセルを使っているが関数らしいものをほとんど使っていない)で行なっていたのをエクセルに全部任せられるようにしてほしい、とだけ言われた。タイムカードに出勤退勤時間を入力するだけで有給の管理や給与明細、賃金台帳、給与データ、勤怠データなどを出力できるようにとのことだった。まず会計のことが全く分からない自分である。給与の計算方法も全く分からない。タイムカードの打刻をデータ化すると同時に控除や手当を入力すると全部が出来上がる仕組みを作ることは自分のような全くの無知な人間には不可能に近い。それでもこのところずっとそのことを考え思考錯誤してきた。問題を複雑にしているのは、入職の際の条件が一人一人違うということである。基本給もその時の言い値なので整合性がとれていない。休暇や休憩時間についても。またパートさんについては更に問題が複雑になっている。それらをひとつひとつ聞きながら何とか「関数」に反映できるよう無い知恵を絞って考えてきた。そして昨晩やっとそれらしいものが出来上がった。これから2日間でデータを入力しないといけないが入力にもかなり時間がかかりそうなので予定までに仕上がるか心配だった。

やり直し

この職場に来て色々なことを学んでいるが、特に「忍耐」を学んでいる。給与計算のフォームを作るにあたって必要な項目やその並び順などを入念に聞きサンプルを見せているのだが、前回の指示と今回のリクエストが全く逆であることが多い。特にエクセルはセルの番地が決まっているので後で変更するのは結構大掛かりな作業になる。ひとつのブックに40シートぐらいあり、そのブックが7つある。これらを、できるだけ大元だけを操作することで全てのデータが出力できるように考えているので自分でもどことどこが比較対象なのか、引照はどこなのかを忘れてしまうほどである。前回「もうこれで全てですか。訂正があれば今指摘してください」とお願いしているがその時は何も指示されずできあがったものに「やっぱりここは・・」と気安く訂正を入れてくる。こんなことを5回ほど繰り返しているので嫌な予感はしていたが、やっと出来上がったフォームをみせたところ「こことここは順番を変えてください」とまた言われてしまった。一瞬、元の自分が牙を剥きそうになった。が、何とか抑えて「もしかすると期限までに仕上がらないかもしれません」とだけ言っておいた。本当に今日からデータ入力してもギリギリなのに、この訂正をしていたら1日は遅れてしまう。休日出勤か安息日の夜から徹夜で仕事をするか。

リンク

前述の通り、この給与計算のフォームを自分がいなくなった後も使って欲しく、できるだけ分かりやすく操作する部分を最小限にして余計な操作ができないようにしている。使い勝手を良くするにはその影で複雑なリンクが何度も何度も行われる必要がある。全てが関わり合っているので一箇所だけを訂正することはできない。訂正したところにリンクしている全ての関数を書き直さなくてはならない。

もっと知識があれば自分のしていることなどあっという間に仕上げることができるのだろう。その知識がなければとにかく複雑な計算式を展開するしか無い。

しかしよく考えてみると自分の人生も同じような気がする。どこか一部分を変えることにより全体が変わってしまう。全てが複雑にリンクして自分の人生が組み上げられている。その視点からすれば、複雑に絡み合った自分の人生を叡智に富んだ方に全部お願いしてしまうのはあながち見当外れでは無い気がする。

「御霊もまた同じように、弱いわたしたちを助けて下さる。なぜなら、わたしたちはどう祈ったらよいかわからないが、御霊みずから、言葉にあらわせない切なるうめきをもって、わたしたちのためにとりなして下さるからである。」
ローマ人への手紙 8:26 口語訳

使徒行伝シリーズ ㉙「荒野に下る道」 花田 憲彦 牧師 2022-4-23

 

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虎屋の羊羹

気持ちを表す

毎朝出勤すると既にハウスキーピングの方がお掃除を始めている。自分よりも1時間以上前に出勤して仕事に就いている。タイムカードを押して事務室に向かう廊下でいつもこのスタッフと会う。「おはようございます」とお互い元気な声で挨拶をする。毎日の日課になっている。が、今日は挨拶の後「すみません」と呼び止められた。そして徐ろに袋を渡して来られた。「いつもお世話になって・・・・・」。この連休を利用して東京からお嬢様が帰郷されたという。コロナの影響で2年間会えなかったので少し連休が取れるように手配したことを思い出した。どうやらそのお礼らしい。お礼を言われるほど大したことをしたわけでもないので少し戸惑った。受け取って良いのだろうか、と悩んだ。が、結局受け取ってしまった。後で中を見ると「虎屋の羊羹」だった。自分より6つ年上の方であるが何となく同じ時代の人なのだな、と感じた。というのも、高校生の時に父からあることを教えてもらった。これは決して一般論ではないと思うが共感する人も多少いると思う。「自分の気持ちを伝えるときには必ず菓子折りを用意しなさい。菓子折りなら何でも良いわけではない。迷ったら虎屋の羊羹にしなさい」と教えられた。だから今でもそれを守っている。虎屋は少し高価なので舟和の芋羊羹やあんこ玉にしてしまうこともあるが基本は虎屋である。恐らく自分と同世代のしかも東京の人じゃないと通じない感覚なのかもしれない。今日、久しぶりに虎屋の羊羹をいただいて父の教えを思い出していた。

キリストの手紙

菓子折りとは少し意味合いが違うが聖書の中に面白い表現がある。「キリストの手紙」という表現である。

わたしたちの推薦状は、あなたがたなのである。それは、わたしたちの心にしるされていて、すべての人に知られ、かつ読まれている。 そして、あなたがたは自分自身が、わたしたちから送られたキリストの手紙であって、墨によらず生ける神の霊によって書かれ、石の板にではなく人の心の板に書かれたものであることを、はっきりとあらわしている。
コリント人への第二の手紙3:2-3

パウロはキリストの生き方を模範としている者を「キリストの手紙」と言っている。キリストに従う人は聖霊の感化を受けて行動しているためその全ての行いが人の心に影響を与えると言うのである。自分はまだそう言う存在になれていないがそのようになりたいと強く思う。虎屋の羊羹を受け取った人が相手の気持ちを理解するように、自分の言動でキリストを認めていただける存在になりたいものである。

聖書研究ガイド22年2期6課

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嬉しくないお礼

送迎で

昨日に引き続き今日も送迎の手伝いをさせてもらった。日、火、木の透析グループの方は入れ替わりが激しくて自分が送迎をしていた頃の患者さんが半分ほど入れ替わっている。以前からいらっしゃる透析患者さんで少しやりにくいタイプの方がいらっしゃる。常に文句というかクレームを言って来られる方で他の患者さんとも結構トラブルを起こす。先輩の女性ドライバーは以前に「ブレーキの踏み方が悪い」とか「車が掃除されていない」などと散々文句を言われたのでこの方の送迎NGになってしまった。自分にも結構文句を言って来られるが、実はあまり気にしていなかった。決して相性が良いわけではないが少し自分の10年後を見ている気がしてシンパシーのようなものを感じていた。今日はこの方の送迎も担当することになった。

以前とは違って

名前だけ知らされたので少し緊張したが迎えに行って驚いた。この方は大柄でいつも送迎車であるセレナに頭をぶつけながら乗り込むのだが、歩くときには杖を持って少し体を支えていた。しかし今日、自宅から出てきたときには車椅子だった。車椅子から降りていただいて車に乗るのだが、もうほとんど自分の力では立つことができない。抱きかかえるような形で何とか立ってもらいずっと体を支えながら座席に着く。以前とは全く違った。医院についてからも、降車場所から透析室までは5m程なのだが歩くことができず車椅子を使った。帰りも同様。以前は車を自宅前の道路に止めていたが今は自宅玄関の前まで送迎車を入れて降車してもらう。また抱きかかえるようにして玄関まで一緒に行きドアを開けて家族の方を呼んだ。

そして

玄関のドアを閉める前に「ありがとう、悪いね」と仰った。この方がお礼を言うのを聞いたことが無かったのでとても驚いた。同時にこれほど嬉しくない「ありがとう」をかつて経験したことがない。今まで言わなかった人が「ありがとう」と言えば嬉しいはずなのに少しも嬉しく無かった。むしろ悲しい気持ちになった。この方にはもっと元気に悪態をついてもらいたかった。「どうもありがとう」が「自分はこれほど弱ってきました」と聞こえて悲しかった。

何も分からないのに勝手なことを言ってはいけないが、やはり職場の医院はよく人が亡くなる。透析の方も本当に入れ替わりが激しい。別の病院に移るのではない。亡くなるのだ。だからうちの医院に来られている透析患者さんを見ながら心の中で「今すぐ他の病院に行ってください。近くには鷹揚郷(おうようきょう)がある。一度に200人が透析治療を受けられる。設備もスタッフもきちんとしている。そう言うところに行って命を大切にしてもらいたい。

「すべてあなたを攻めるために造られる武器は、 その目的を達しない。 すべてあなたに逆らい立って、争い訴える舌は、 あなたに説き破られる。 これが主のしもべらの受ける嗣業であり、 また彼らがわたしから受ける義である」と 主は言われる。」
イザヤ書 54:17 口語訳

【LIVE】4月23日安息日礼拝「ジャガイモから学ぶ自己犠牲の法則」

 

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久しぶり

送迎

今日は7ヶ月ぶりに送迎の仕事をした。ゴールデンウィークで休みをとる職員さんも多くシフトの変更が各部門で行われている。そのなかで送迎の方も休みをとるので送迎担当が少なくなってしまった。そこで自分に白羽の矢が立てられ今日は早朝から目屋の迎えに入った。その後弘前、黒石の方を迎えた。「あれー、久しぶりだね!」とどの患者さんも挨拶してくださり自分もほんの少しだが古巣に戻った気持ちを味わった。午後は送り。かなり遅い時間に透析治療が終了する方もいるので結局1日送迎の仕事をしていたことになる。以前に乗っていた日産セレナは廃車になり今日乗ったのは2代目セレナ。車は違うけれど車高やショックの感じなど7ヶ月前を懐かしく思い出させてくれた。以前と違うところは、自分から患者さんに話しかけることができるようになったこと。以前も話はしていたが、下手に話しかけて理解できない津軽弁で返答されては困るので極力自分からは話しかけていなかった。津軽弁が分かるようになったわけではないが少しだけ度胸がついたのかもしれない。

明日も

今日1日だけの助っ人のつもりだったが、最後の患者さんを送り届けた後「明日もお願いできますか」と言われた。別に構わないが、送迎の仕事をやりたがっている他部門の職員さんも何人かいるので何となく気がひける。結局患者さんの自宅を知っているのが自分だけなので明日も送迎に入ることになった。

送迎の仕事の良いところはいくつもあるが、自分にとっては患者さんのことを常に考えていられること。安全運転は勿論のことだが、透析治療を終えた患者さんは気分が悪くなっていたりめまいやだるさを感じている。なので車酔いしないように、できるだけ等速でブレーキはかけていることが分からないほどに優しく踏む。「今のブレーキは少し効きすぎたかな」「発進時のアクセルはもう少し穏やかな方が良かったかな」など患者さんがどのような気持ちになったかを常に考えて仕事ができるのは送迎の良いところだと思っている。その分緊張もするがやり甲斐はある。

最後の患者さんが「久しぶりなのによく道を憶えていたな」と仰った。忘れていませんよ。以前に何十回も通った道ですから。

「祈」   八木重吉
ゆきなれた路の
なつかしくて耐えられぬように
わたしの祈りのみちをつくりたい

Here I Am To Worship / The Call – Hillsong Worship
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まだ・・・

安息日なのに

自分のいたらなさ、まだまだ自分が変えられていないことを痛感した。

教会での礼拝を終え家に戻っていくつかの礼拝ライブを視聴した。大変恵まれる時間である。今日は3つの教会のライブ配信を視聴し、久しぶりに好天だったので自然散策でもしようと外出した。特にあてがあったわけでもないがとりあえず弘前方面に向かおうと102号線を黒石方面から弘前方面に向けて走っていた。細い道や裏道を抜けながら弘前に向かうことが多いのだが今日は国道を使った。弘前に向かう国道は7号線か102号線のどちらかである。102号線の方が空いているのでこちらを使った。空いている分スピードを出す車もいるので7号線よりも少し気を使う。少し車が多い中、車線を頻繁に変えるトヨタ86がいた。田舎にありがちだが追い越し車線を非常に遅い速度で走る車がいる。連休ということもあるのか若干遅めの車が追越車線を走っていた。後ろから追いついた86が走行車線に入り追越車線の車を抜いて再度追越車線に戻った。そんなことを繰り返していたが、結局信号待ちなどで思ったほど前には進めず信号待ちで自分の隣に86が来た。自分はスピードを出さないので右折以外は走行車線しか走らない。しかも50km/h以上出さないので遅い部類の車だと自覚している。煽られることもよくある。しかし20年前の大事故以来絶対にスピードを出さない運転に変わった。青信号になって威勢良く飛び出した86だがまた前方に遅い車がいてその車を軽く煽っているようだった。そのすぐ後ろまで追いついた自分だったが、驚いたことにその86が自分の車の前に急に割り込んで来た。急ブレーキを踏んだ。おそらく数センチのところで止まれたのでぶつからなかったが心臓が口から出そうになった。勿論86はそのまま勢いよく飛ばして行った。心音が聞こえるほど恐ろしかった。が、次の瞬間怒りの気持ちが出て来てしまった。実はここ数年、落ち込んだり人を赦せなかったり批判的な気持ちになることはあったがとっさに怒る、という感情を持ったことがなかった。それまでは結構短気だったので少しずつ変えらているのかな?などと思っていたが、そんなことはない。今日、見事にその感情が突如湧き上がってしまった。しかも安息日で先ほどまでオンライン礼拝で大変祝福されていたのに。気付いた時には86を追いかけていた。結構無茶な運転をする割に運転がそれほどうまくないのか86に追いつくのは訳なかった。

怒りが・・・

86の前につけてそのまま徐行に入り102号から少し入ったところで停車させた。86の運転席のドアを開けて「今、自分の車を確認していましたか?ウインカーも出さずに後方を全く確認しないで走行車線に入ったんじゃないですか。その前にも何回となく車線変更を繰り返していたけど危険な運転をしている意識はなかったのですか。しかもそれほど運転が上手いとは思えなかったけど、そんなことをしたらすぐに事故を起こしますよ。あなたが無理な運転をして自爆すればそれは自業自得だけど、安全運転をしている人の命を奪うこともあるんですよ」と矢継ぎ早に説教をした。相手は平身低頭謝っていた。後方確認はしていたけど自分の車を確認していなかった、という。ドライバーなら誰でも知っている「死角」についてもう一度説明した。最後に「あなたの運転技術にはふさわしくない車だ。車に笑われないようにもっと上手な運転ができるようにしなさい。そして最高のマナーを身につけなさい」と言った。誰が何の車に乗ろうが勝手である。86だから運転が上手でないといけない理由はない。

清められていない

86が立ち去るのを見ながら、まだ自分に怒りの感情があることに失望した。神様のお力でこの性質は葬られたと思っていたのに。ヤコブやヨハネのように。人間の本質が変えられていないことを痛感した。
この怒りの感情をどうしても捨て去りたい。
悲しい安息日になってしまった。

2022年4月30日 「前の雨と後の雨」 安息日礼拝LIVE配信

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