福音

受験生

昨日、長男から電話があり受験について教えて欲しいと言われた。現在長男は国公立の医歯薬系を希望している。人間的な目で見れば少しハードルが高い気がしている。しかし、「人の心に願いを起こさせ」るのは神様であるから、もうしばらくはそれを目標に頑張るよう励ました。共通テストと自己採点、そしてデータリサーチと二次試験の流れについて説明して欲しいと言われた。現場を離れて3年になるので、きちんと調べてから説明すると言ったが一通りのことは概ね話した。

受験、懐かしい響きである。決して楽ではなかったが勉強の楽しさを知った時でもある。「合格できるのか?」という不安さえなければどれほどストレスなく勉強できたであろうか。知らないことを知り分からないことを理解する喜びを毎日感じていた。やってもやっても成績が伸びない数学には少し閉口したが物理と英語は楽しくて仕方なかった。大学に入ってからも半年ぐらいは書店で問題集を立ち読みして問題を解くのが好きだった。物理学科なので当然ではあるが完全なる「物理フリーク」になっていた。

塾のこと

先日、教員時代の親しい友人と話した。友人は現在、急成長中の塾で働いている。現役の塾講師である。英語と数学を受け持っているが、毎日ネイティブに英語を使うので塾内でも彼の右に出る講師はいない。数学も高校教員時代には数学Ⅲ、数学Cまで教えていたのでかなりの実力を持っている。そんな彼から現在の受験事情について教えてもらった。彼の塾は小学生から高校生までが在籍しているのだが、その全ての児童生徒に教えるらしい。そして、現在は受験直前ということで塾内も生徒も受験モードになっているという。特に難しいのが「中学受験」だという。数学で言えば、小学生は方程式や関数という武器を持っていない。だから、今ある武器を最大限に生かして解かなくてはならない。その時に求められるのが「発想」だという。方程式や関数は問題数をこなすことで実力をつけることができるが「発想」についてはそう簡単にはいかない。だから中学受験の問題は解くことも教えることも難しいらしい。

そんなことを説明してくれた後、彼が言っていた。

「でも、かわいそうなんです。彼らは何のために勉強しているのか分からないんです。勿論志望校に合格するためですが、それも殆どの場合彼らが選んだわけではありません。そして合格のその先に何があるかも分かっていないのです。ただ親から勉強して合格しろとだけ言われ、忠実にそれにしたがっているのです。行き場がないんですよね」

そして

「やはり彼らに神様を伝えなくてはいけないと痛感しています」と加えた。

居場所

いつか、彼のような教育を通して真剣に福音を伝えようとしている人と協力して子どもたちの「居場所」をつくれるようになりたい。間も無くイエス様をお迎えする現代、全ての教育機会を福音宣教のチャンスと捉えていきたいものである。

どんな時も決して離れることのない神様がいることを、子どもたちに伝えたい。子どもたちを真の意味において神様に導かないといけない。そして、神様が彼らを愛し、彼らを必要とし、彼らに使命を与えようとしていることを伝えなくてはならない。

何もできない、何もない自分ではあるが神様がいるので全てを持っている。そろそろ教育伝道を始動する時がきたのかも知れない。

真理が真理でなくなる危険性

 

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寄り添う

年の瀬

寒さのせいだろうか。年末が近づくと色々な業界の方が亡くなる。仲本工事さんが亡くなられたことに大きな衝撃を受けた。それこそ、その数日前に現在の生活が紹介された矢先でショックも大きかった。やはりドリフ、しかも「8時だョ!全員集合」世代なので少年時代の思い出が消えて行くような気がして寂しい。
ちなみに加藤茶さんの奥さんは前職で受け持った生徒さんのお姉さん。

仲本工事さんの少し前にはアントニオ猪木さんも逝去されている。これもショックだった。でも感傷に浸る間も無く渡辺徹さんが11月末に逝去された。同世代で一世を風靡した音楽グループのドラマー笠浩二さんが今月14日に亡くなり、その翌日にはあき竹城さんが亡くなった。そして昨日、本当に驚いたのだが「高見知佳さん」が亡くなられた。

高見知佳さん

愛媛県出身、1978年に歌手としてデビューした方である。バラエティー番組にも多数主演され、山城新伍が司会をされるクイズ番組「アイアイゲーム」で脚光を浴びるようになりその後バラエティーは勿論のこと女優さんとしても活躍するようになる。自分と一つ違いという年齢から、芸能界で活躍する同世代の方が眩しく見えた。その後、特に高見さんを意識することもなく何十年も時が経った。
今から10年近く前だろうか。ある日、学校見学のために来校されたご家族がいらした。とてもおしゃれなお父様、そしてどこかでみたことのあるようなお母様。そしておとなしいが笑顔が素敵なご子息。教頭として対応させていただき学校説明や施設の見学等をし、最後に質疑応答のような時間を設けた。既に2時間ほどが経過していたが、お母様の軽快なおしゃべりと相手に対する気遣いなどが心地よく時間が経つのも忘れるほどだった。ご長男の高校進学はまだ先の話だったので系列の中学校を紹介させていただいた。当時お父様が沖縄で飲食店を経営され沖縄在住であったため沖縄県内の中学校を紹介した。一通りの説明が終わりいよいよ帰られるタイミングで、恥ずかしながら意を決して質問してみた。
学校には色々な方が訪問される。稀に著名人も来られることもある。しかし、有名な方だからといってこちらの態度が変われば何となくミーハーで品格を問われる気がする。一方、有名な方なのにそのことを話題にしないことで、相手に不快な思いをさせることも考えられる。いつもこのふたつで悩む。結局、大体は「意に介さず」という姿勢で対応させていただく。のだが、この時は何故か言ってしまった。

「お母様、大変不躾な質問で申し訳ありませんが『高見知佳さん』ではないですか?間違っていたら申し訳ありません」

「あら、気づいてくださいました。そうです、高見知佳です。」

この時はお声がけして良かった、と心から思った。その後何度か、いや何度も学校を訪問してくださりたくさんの良いお話を聴かせていただいた。ある時はキャンパスを一緒に歩いている時に、いたるところにハーブがあることに気づいてくださった。よろしければ、好きなだけお持ち帰りくださいと言うとローズマリー、ミント、レモングラスなどを摘んで行かれた。

ご実家の都合で愛媛に戻られてからは更に頻繁に広島のキャンパスを訪問してくださるようになった。その間、参院選に出馬されたり地域のボランティア活動に積極的に参加されたり、またラジオのパーソナリティーをつとめるなどご多忙をきわめていらした。

彼が

ニュースを詳しく見ていると、喪主がご子息になっていた。実名も出てしまっているが、あどけなさが残る彼がお母様を失った悲しみの中で喪主をつとめるのだ。そんなことを思ったら涙が出てくる。少し前に成人式を迎えたばかりの青年である。本当に辛いだろうな。恐らく芸能界や政界からの弔問があり、弔電等にも対応しなくてはならないはず。悲しむことすらできない状況なのかも知れない。祈ることしかできない。

そして、彼には是非思い出して欲しい。
「中学、高校時代の君の友人はみんな神様に祈ることを知っている人ばかりだよ。君がどん底にいて祈ることができない時にも、君に代わって涙を流して祈ってくれる友達だよ。彼らの誰でもいいから連絡してごらん。寄り添ってくれる友人がいっぱいいるから連絡をとってごらん。」

心からこう祈りたい。
「神様、お願いです。もうこれ以上人の命をとらないでください。そして1日も早く、命を失うことのない場所に私たちを連れて行ってください。」

セブンスデー・アドベンチスト天沼教会 クリスマスメッセージとハンドベルによる聖歌

 

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冬休み

大学時代の休み

長男はすでに冬休みに入ってる。次男は公立の小学校なのでもう少し学校に通う。

色々な計画があるかもしれない冬休み。自分が大学生の頃は冬休みは一切なかった。大学は休みになるのだが勉強をしないと年明けすぐに行われる後期試験に合格できない。今とは事情が違うかもしれないが自分の通っていた大学は後期試験を1月いっぱいで終わらせ2月は入学試験になっていた。だから、赤点だと入試のあとに再試や追試を行なっていたように記憶している。浪人時代が最も勉強していると思っていたが大学に入ってからはその1.5倍は勉強していたと思う。とにかく低学力の自分には難しい勉強だった。大学時代、単位を落としかけたのは1科目。忘れもしない、稲垣先生という方が教えてくださっていた「統計力学」。これが群を抜いて難しかった。この科目で後期試験が赤点になってしまった。物理学科で合格できたのは6名だけ。あとの94名が赤点。結局追試を2回受けてギリギリ合格できた。

大学生は春休みが長いのだが、春も緊張しながら過ごしていた。新年度の時間割が気になって仕方がないからだ。自分は土曜日に教会に行っていた。安息日が礼拝日なので土曜は大学に通えない。とにかく安息日に必修科目が入らないように、春休み中必死に祈っていた。

長期休暇

高校生、中学生にとっても冬休みはそれほど長くないのでたくさんの計画を立てることはできないかもしれないが、それでもクリスマスやお正月があるので濃度は高い。冬ならではのレジャーもあるし親戚が集まる機会もあるだろう。楽しくも有意義な休みが過ごせたら良いと思う。

こと勉強に関してだけ言えば、今までの学習で分からなかったところを復習することはとても良いことだと思う。先日、冬休みに入った長男と冬休みの計画を立てていた。「長期休暇は、今まで理解できなかったところの復習をするだけでは不十分。新学期に備えて学習習慣を身につけた方が良い」と話しながら一緒に予定表を完成させた。分からないところを理解できても、自習の学習スタイルが定着していなければまた次の長期休暇に同じことを繰り返すことになる。習慣を身に付けることで次のステップに進むことができる。

習慣

長男に何度も話したこと。学習の習慣は非常に大切なこと。勉強が分かることより学習習慣を身につけることの方が大切、と何度も話してきた。しかしそれ以上に大切なことも伝えてきた。毎朝ゆっくり聖書を読んで1日を始めること。そして神様を自分の王様として受け入れ、神様のご支配に身を委ねる祈り。このふたつを毎朝の習慣にしてほしいと言ってきた。

主を恐れることは知識のはじめである、
愚かな者は知恵と教訓を軽んじる。
箴言1:7

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数学の宿題多すぎない?

数学の宿題多すぎない?

ネットの新聞記事を読んでいる時に共感できるものを見つけた。名城大教職センター教授の竹内英人さん(54)の呼び掛けで9月に開かれたオンライントークイベント「数学の宿題多すぎない?」である。

実は長男もかなり前から数学の宿題が多く閉口していた。父親に対しても愚痴をこぼすことが多くなった。学力的には今ひとつの長男なので宿題の多さが、自分が計画した学習方法の妨げとなっている。「自分が計画した」のではなく父親が組んだプログラムとその方法を実践しようとしているのだ。子どもには「それくらいのことが耐えられないと理系の大学進学は難しいし、何より入学してからが大変になる」と言ってはいるが、話を聞くと確かに大変な状況である。

教員時代を思い出して

自分はどちらかというと宿題をあまり出さない教員だった。しかし、夜間の補習(全寮制の学校なので夜間も生徒の学習指導ができる)には力を入れていた。また学習方法を指導することにも力を入れていた。言い方を換えると「本を読み聞かせる」のではなく「本の読み方を教える」指導にこだわっていた。自分が何かに興味を持った時、あるいは必要に迫られた時に学習方法が分からなければ困ってしまう。だからその方法を教え、成功体験をさせて自信を持たせるのが教員時代に得意としていた方法だった。

宿題が多い理由

そんなことは無いと思う。いや、決してあってはならないのだが・・・。宿題を多く出すことで生徒に学力をつけることが「教員本人に対する評価に繋がる」からやっているわけではないだろう。そんなことは決して無いと願いたい。もしかすると宿題自体が多いことを望む親も多いので保護者に対するアピールではあるまい。

これから色々な分野でAIが活躍し、いずれ人間がAIに雇ってもらう時代が来るという。AIが得意とする分野がいくつかあるがその中でも「教育分野」は得意中の得意のようだ。実際規模や質は違えど以前から教育現場にはAIが入っている。しかし、一人一人の児童生徒と対話し小さな変化をも逃さず的確な「本が読める力」を培う教育は熟練教師にしかできない気がしている。逆に宿題を多く出す方法で「学力だけをつける」のであればAIにもできる。というかAIの方が得意かもしれない。

「数学」を通して「人を育てる」、「理科」を通して「人を育てる」。あくまでも教員は「学力」を育てているのではなく「人」を育てていることを忘れて欲しく無い。

教育現場を羨ましく思う老いぼれ教師のやっかみか?

2022年11月26日 礼拝「たといそうでなくとも」藤田 佳大 牧師

 

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学ぶ意味再考

長男と

長男は中間試験が終わり2学期後半の授業が始まった。うまくいった科目もあればそうでなかった科目もある。ここにきてやっと「少し勉強を教えてくれないかな?」と言ってくるようになった。自分には教えるほどの力は無い。本を読んであげることはできないが本を読む方法を教えることはできるかもしれない。これも怪しいのだが・・・。

何れにしても、今晩は「何故学ぶのか」というテーマで話し合う計画をしている。明日は「具体的な学習方法と心構え」について。とにかく直ぐにでも成績を伸ばしたい気持ちを持っているので「精神論」的なことはどうでも良いと思われるかもしれない。しかし、学習は学齢期の今だけの話では無い。生涯に渡って続けることで長丁場なので「精神論」を明確にしておかないと息切れしてしまう。

学ぶ意味

学校の教科目だけではない。人間関係も生きる術も全て学びである。時々これらが面倒になり全てを放棄したくなる。積極的に学びたいという気持ちがあるときは良いがそうで無いときにも学び続けるためには「学ぶ意味」を考えておく必要がある。

自分自身がクリスチャンなので一般の価値観とかなり異なることを承知している。他の考えや価値観を否定するものではなくあくまでもクリスチャンの父親としての考えである。
学ぶ意味
・自分自身をイエスキリストに似るものと成長させるため
・能力の無いものが力をいただくことで神様の力がどれだけ凄いかを周りの人に知ってもらうため
・学びの向こう側にある伝道地(イエス様のことをよく知らない方がいるところ)に行くため
例えば、狭い意味での学びを例にして受験勉強を考えてみる。医師になりたい、医療現場が自分の伝道地だと思い、白衣を購入して診察室にいれば怪しい者として捕まってしまうだろう。医療現場が自分に与えられた伝道地と考えるなら、まず医学部医学科に進学しなくてはならない。6年間の学びを経て国家試験、そしてインターンを経て正式な医師となれる。医学部に行くため、卒業するため、国家試験に合格するため学ぶが、それはその先にある伝道地に行くためである。そして与えられた伝道地にはかねてから準備されていた出会うべき人たちがいる。その人たちにイエス様を伝えるのである。もしも伝道地に行く前にその道を諦めてしまえば準備されていた方々との出会いはない。あるかもしれないが恐らくない。

今日、そんな話を長男にしてみようと思っている。果たしてダメ父の思いは伝わるのか。

『饅頭のような聖書の22の話』第15回「エルサレム問題を聖書から見る」10月17日 講師:河原 久

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手の中にあるもの

ガマ腫

高校1年の長男が中間試験週を迎えている。一週間ほど前から体調を崩しておりかなり厳しい状況で勉強にも集中できず悩んでいるようだ。妻から連絡があり急いで差し入れを送った。妻のように気の利いたものは準備できなかったが、医院にお願いして抗生剤を処方してもらった。長男は小さい頃から気管支が弱く少しの風邪でも喉を腫らせて長引く。自分もそうだったので、遺伝かもしれないと申し訳なく思っている。先ほど電話がきて抗生剤は利いているようだが、いつもとは違う腫れがあるので耳鼻科に行ったとのこと。診断は「ガマ腫」。カエルのように喉が腫れるのでこの名前がついているようだが一時的には注射で落ち着くこともあるようだが抜本的には手術で切る必要がある。舌下腺から唾液が正常に流出できず、それが溜まって腫れるとのこと。これを切るらしい。

諦めること

試験週前になると必ず長男は連絡してくる。今ひとつ調子が出ない、やる気にならない、課題が多すぎて試験準備どころではない、等々。自分は今まで一度も成績(得点数)のことで長男に意見を言ったことはない。勉強はやる気になってから、目標ができてからやれば良い、それまでは遊びも含めてできるだけ色々な経験をして視野を広げるように言ってきたつもりだった。しかし、長男にはわたしが学習で得点できることを期待している父親にうつっているようだ。もしかすると勉強と父親を同一視しているのかもしれない。

父親だから子どもの弱点はある程度分かっているつもりである。長男はとても真面目な性格で学習にも誠実に取り組む。しかし、それが評価には繋がらない。理由はある程度予想できる。「分からない」と言えないことが原因の一つだと思っている。素直に自分が分からないことを認められればもう少し伸びると思っている。本人が望む医学部も決して夢ではないと思っているが、とにかく恥ずかしさからか、あるいは不甲斐なさからか「分からない」と言えない。良い意味で諦めることが次のステップに繋がるのに、と非常に残念な気持ちでいる。何度かやんわりと指摘したことはあるが、強制はしたくない。父親に「分からない」ということが高いハードルになっている以上、自分から促せばそれは圧力になってしまい余計に精神的負担をかけてしまう。

自分も

長男だけではない。自分も同じである。神様に頼るしかなく「主よ、助けてください」と涙ながらに真剣に祈る。しかし、祈っても祈っても不安な気持ちが波のように襲ってくる。「助けてください、この問題をお委ねします」と祈りながら尚悩み続けているということは、手の中にその問題を持ったままなのかもしれないと思わされている。本当の意味で委ねることの難しさを痛感している。決して自分で解決できるなどと思ってもいないのだが、同じ問題で悩み続ける自分の信仰に問題があることに気づき始めた。本当の意味で委ねられる人間に成長したい。

Golden Angels – When I Cry

 

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三角関数

そうか!

今日もコロナに感染したスタッフにかわり送迎を担当した。エンジンをかけると前に乗っていたドライバーのセッティングになる。一応禁止になっているがテレビがついた。テレビから「三角関数と相互関係」という言葉が飛び込んできたのでしばらくその番組を観ていた。NHKの高校生講座『数学I」である。数分だけ観ていたがとても大切なことを学ばせていただいた。今まで三角関数の公式をこのように説明したことがなかったので非常に驚いたし感銘を受けた。いかに自分が無知であるかを思い知らされた気がした。

tanθ=sinθ / cosθ

直角三角形においてsinθ、cosθは次のようになる。

sinθ=c/a   cosθ=b/a 

また

tanθ=c/bとなり

tanθ = sinθ / coaθ となる

ここで分数を無くすためにa=1とすると

sinθ=c   cosθ=bとなる

すると直角三角形は次のように書き換えることができる。

ここで

tanθ=sinθ / cosθという関係が成り立つ

sin^2θ + cos^2θ =1

先ほどの図をもとに三平方の定理を考えると斜辺1は底辺の二乗と高さ(対辺)の二乗の和であるので

sin^2θ + cos^2θ =1 という関係が成り立つ

このような分かりやすい説明を今まで何故しなかったのだろう。生徒の皆さんに申し訳なく思う。知っているつもり、数学のことは自分が全て知っている、というおごり高ぶった気持ちが自分を盲目にしていたのではないかと反省させられる。

ダビデを堕落させたのは、自己過信と自己高揚の精神であった。甘言、陰険な 権力の誘惑、ぜいたくなどが、彼に影響を与えずにはおかなかった。回りの国々 との交際もまた悪影響を及ぼした。東方の諸王の間の習慣に従って、国民の間で は許されない犯罪が王には許された。王には、国民と同様の自制をする義務がな かったのである。こうしたことは、すべて、罪が、はなはだしく憎むべきもので あることを、ダビデに感じさせなくしたのである。そして、彼は心を低くして主 の力にたよる代わりに、自分自身の知恵と力にたよりはじめた。サタンは、唯一 の力の源である神から魂を引き離すとすぐに、人間の肉の心の汚れた欲望を起こ させようとする。敵の働きは、急激ではない。それは、最初は、突然でも驚くほ どのものでもない。それは、原則の城塞をひそかにくつがえすことである。それ は、初め、神に対する忠誠と、全く神に信頼することを怠るとか、世の風俗や習 慣に従おうとする気持ちなどの、一見小さいことから始まる。
人類のあけぼの電子版 p630 ダビデの罪と回心

ダビデ自身にも大きな変化が起こった。ダビデは、彼の罪とその広範囲に及ぶ 影響とを自覚して、心がくだかれた。彼は、国民の前で恥辱をこうむった。彼の 感化力は弱まった。これまで、彼の繁栄は、彼が主の戒めに忠実に従ったためで あると考えられていた。しかし、彼の罪を知った国民は、さらにかって気ままに 罪を行うに至った。彼自身の家の中での彼の権威と、むすこたちに尊敬と服従を 要求する彼の力とは弱まった。彼は、罪を責めるべき時にも、自己の罪悪感のた めに、沈黙を守った。これは、彼の腕を弱めて、彼の家の中で正義を行うことを 不可能にした。彼の悪行がむすこたちに影響を及ぼした。そして、神は、そうし た結果が起こらないように介入することをされなかったのである。神は、物事を 自然のなりゆきにまかせられた。こうして、ダビデはきびしく罰せられた。
人類のあけぼの電子版 p636 ダビデの罪と回心

息を殺して会わねばならぬ人 河原久牧師 2021年10月9日

 

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真の教育

預言者の学校

今日は朝から非常に大切なことを聖書や書物から教えていただいた。自分が理想とする教育の場「預言者の学校」について書かれている部分を読み多くの示唆をいただいた。いつの日にか神様のお許しの中でそのような働きに召していただけることを祈りながら読ませていただいた。

教育の真の目的は、魂のうちに神のみかたちを回復することである。最初に、 神は、ご自分のかたちにかたどって人を創造された。神は、人間にすぐれた性質 をお授けになった。人間の心は、良く均衡がとれていて、そのすべての能力には 調和があった。しかし、堕落とその結果によって、これらの賜物はゆがめられて しまった。罪は、人間の中の神のかたちを、ほとんど消し去った。これを回復す るために、救いの計画がたてられ、人間に猶予の期間が与えられた。最初に創造 された時の完全な状態に、人間を回復することが、人生の大目的であってその他 のすべてのものの根底に流れる目的である。青年の教育に当たって、神の目的に 協力することが、親や教師の務めである。そうすれば、彼らは、「神の同労者であ る」(Iコリント 3:9)。
人類のあけぼの電子版 p522  預言者の学校

さらに、青年教育の施設として、預言者の学校が建てられた。もし、青年が、 神の言葉の真理をもっと深くさぐり、上からの知恵を求めて、イスラエルの教師 になろうと望むならば、彼らは、こうした学校に入ることができた。預言者の学 校は、腐敗が広がるのを防ぐ防壁としてサムエルが創立したもので、青年の道徳 的、霊的幸福に貢献し、指導者や助言者として、神をおそれて行動する資格のあ る人物を養成して、国家の将来の繁栄に資するためであった。サムエルは、この 目的を達成するために、神をおそれ、知的で勤勉な青年を多く集めた。彼らは預 言者の子と呼ばれた。彼らが神と交わり神の言葉と神のみわざを学んだ時に、彼 らの生来の賜物に天の知恵が加えられた。
人類のあけぼの電子版 p520  預言者の学校

現代教育との違い

神の預言者が教えたこれらの学校と現代の教育機関との間には、なんと大きな 相違があることであろう。世の教訓と習慣に支配されない学校は、なんとその数 が少ないことであろう。適宜に制限を加えたり、正当な罰を与えたりすることが、 嘆かわしいほど欠けている。現在、クリスチャンと自称する人々の間での神の言 葉に関する無知は、驚くばかりである。表面的な話や、単なる感傷主義が、道徳 や宗教の教えとして通用している。神の正義と憐れみ、美と聖、正しい行為の確 実な報賞、罪の恐ろしい性質とその恐ろしい結果の確実性などが、若い者の心に 強く教え込まれていない。悪友たちが、犯罪と気晴らしと放縦との道を青年たち に教えている。
人類のあけぼの電子版 p522  よ預言者の学校

若者を指導者に育てる

聖書の教訓は、この生涯のあらゆる関係における人間の繁栄に、重大な関連を 持っている。それは、国家の繁栄の礎石である原則を提示している。それは社会 の幸福と密接に結びつき、家庭を保護する原則である。この原則を度外視しては、 誰一人現世で有用な人物として幸福になり、栄誉を受けることはできない。また、 将来永遠の生命を受けることを望むこともできない。人生のどんな地位、どんな 経験であっても、聖書は、それに対する必要な準備を教えている。神の言葉を研 究して服従するならば、人間哲学のあらゆる分野の周到な研究にまさって、もっ と強力で知性の活発な人物が、世に送り出されることであろう。それは、力と強 固な品性をもった人物、鋭い洞察力と正しい判断の人、神を敬い、世界の祝福と なる人々を起こすであろう。
人類のあけぼの電子版 p524  預言者の学校

まず教師が

この原則の重要性を認めて、それに忠実に従うならば、現代の教育法のどこか に根本的変化が起こることであろう。教師は、誇りと利己的野心に訴えて、競争 心をかき立てようとせずに、善と真理と美を愛する心を起こさせ、美徳を望む心 を起こさせようと努力するであろう。学生は、他を越えるためではなくて、創造 主のみこころを実現し、神のかたちに似るために、自分に与えられた神の賜物を 伸ばそうとするであろう。単に、地上の標準をめざしたり、それ自身萎縮作用を もっている自己高揚の欲望に動かされたりするかわりに、心は創造主に向けられ て、彼を知り、彼のようになろうとするであろう。
人類のあけぼの電子版 p523  預言者の学校

今日の御言葉

「それでは、これらの事について、なんと言おうか。もし、神がわたしたちの味方であるなら、だれがわたしたちに敵し得ようか。」
ローマ人への手紙 8:31 口語訳

「国家と宗教」河原 久(SADA教団名誉牧師)

 

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肯定

集団教育

ある保護者さんとそのお子さんが別々に相談のメールを送ってきた。お互いに相手が私に対して相談していることを知らないようだ。内容は高校進学について。ミッション系の中学校に在学中である生徒さんは、校風や先生たちの冷たさに馴染めないという。親身になって心配してくれる先生も2名ほどいるらしいが学校全体が校長先生に気を遣い生徒の方を全く見ていない、と本人は言っている。系列の高校に進学するのはやはり価値観が合わない気がするので積極的ではないらしい。そして色々な面で「自分は他の子より劣っている」と思っているようで集団で受ける教育に合わないと言っている。

一方母親ははなから「うちの子は学力的にも周りについていけないので個人で学習する方が良いと思っている」と言っている。子どもはどうしたら良いか、という相談をするためにメールを送ってきた。一方母親は通信制の高校を考えているがどこが良いか、との質問であった。

通信教育

通信教育課程を実施する学校はここ数年で更に増えている。青森県だけでもざっと数えて20校ほどある。自分も通信課程の大学を考えたことがあったし現在も考えている。教育に関する別の免許を取得したく大学での勉強を考えている。生活に追われなかなか実現しないが今でも時々調べている。が、今回の相談は高等学校である。コロナ禍で集団教育を心配する方も多くその需要は高い。また個別指導や集団を気にすることなく自分のペースで学べることもメリットと考えられている。通信教育課程があることで更に選択肢が増え可能性が広がったと考えている。自分が高校生の頃は色々な事情から高校に進学しなかった人もいた。積極的な気持ちで高校進学しなかった人は一人しかいなかった。この人は司法試験を受けるために高校進学しなかった。が、それ以外は学力や経済的な理由で高校進学を「諦め」た。当時は定時制もあったが4年間かかることや年齢の違う人と机を並べることの違和感、そして雰囲気の問題があり敬遠されることも多かった。が、今は違う。もっと言えば高等学校に在籍、卒業しなくても「高等学校卒業程度検定試験」に合格すれば大学に進学できる。所謂、昔の「大検」である。学びたい人には色々な可能性がある。

学習意欲

学びたい、しかしその環境が整わないので普通科の高校に通学できない。ならどうするか?という考えの中で通信制課程や検定試験などの道を模索することは非常に積極的で素晴らしいと思う。

一方で「高校ぐらいは行かないとその先がない」「しかし普通科の高校に通学する気持ちはない」そのような中で通信制や検定試験を視野に入れる人も結構多いような気がしている。何か、その人たちが肩を落としてため息をつきながら高校を考えているように思えて胸が締め付けられる。

まず第一に「何のために学ぶのか」「何故学ぶのか」を考えることができたら良いと思う。神様は全ての方に対して計画を持っていらっしゃる。それが何かを模索するところから進路を考えられたら必ず有意義な人生が送れると思う。

もしも彼らが真の謙遜を持ち続けるならば、主は神の民のために、はるかに多くの ことをなさることがおできになる。しかし、大きな責任または成功が与えられても、 なお、自己過信に陥ることなく、自分たちが神に依存していることを忘れない者は、 実に少ない。主が、神の働きをする器を選ぶに当たって、世の人々から、偉大で タラント(才能)があり、そうめいであるとほめそやされている人々を見過ごされるのは、 そのためである。このような人々は、とかく高慢で、自己過信に陥っているもの である。彼らは、神の指示を仰がないで、行動することができると思っている。
人類のあけぼの電子版 p483  初期の士師たち

2022年9月17日 「互いに愛し合いなさい」 安息日礼拝LIVE配信

 

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因数分解 

因数分解と素因数分解

現在、ひとりの中学生と一緒に勉強している。科目は数学が中心になっている。先日中学3年生の因数分解を学んだ。その少し前に「素因数分解」も学んだ。よく聞くこれらの言葉だが、この単元をどのように理解してもらうかを考えていた。自分が解けても、生徒自身が解けなければ意味がない。無い知恵を絞って教案を考えてみた。

素数と素因数分解

3という数が「どのような数からできているか」を考える。「どのような数からできているか」とは「どのような数を掛け算しているか、という意味。

例えば3
3=3×1と分解できる

もうひとつの例 8
8=2×4 と分解できる。が、ここで4は

4=2×2 と更に分解することができる。もうこれ以上分解できない(その数と1でしか割れない)状態になった数を「素数」という。

素因数分解とは「もうこれ以上割り切れない」という数を掛け算のかたちにしたもののことをいう。

(やりかた)
素数は小さい順に2,3,5,7,11,13,17,19・・・と続く。素因数分解したい数を2から順に素数で割っていく。最終的に割った素数を掛け合わせた形が素因数分解の答えとなる。

2 )16       (素数2で割ったら)
2 ) 8      (商は8、これはまだ素数2で割れるので)
2 ) 4      (商は4、これはまだ素数2で割れるので)
2      (商は2、これは素数でこれ以上割れないから・・・)

16=2×2×2×2となる

因数分解

定数を素因数分解できた。今度は文字を含む式が分解できるか(素因数分解同様掛け算の形に変形できるか)を考えてみる。ここでは素数に分解するのではなく(   )の掛け算の形にするので「素数に分解する」とは言わず「因数に分解する」という。因数に分解するから「因数分解」という。式を掛け算のかたちにできると今後方程式を解いたり関数を解析するのに非常に役立つ。

因数分解の方法1「共通因数を見つける」

例えば次のような式を考える
3ab2+12a2b

ひとつずつ項をみていくと
3ab2=3×a×b×b
12a2b=3×2×2×a×a×b

ここで両方に共通しているものは

3×a×b=3ab  ここれを「共通因数」と言い、これを使って掛け算の形にすると3ab(b+2×2×a)
=3ab(b+4a)
となる。これが因数分解の解である。

因数分解の方法2「たすきがけ」

例えばx2+4x+3という二次式を考えてみる
x2の係数が1なので、

  • まず定数項に着目
    掛けて3になるふたつの数をイメージする           3×1
  • 次にxの係数に着目
    掛けて3になるふたつの数のうち(この場合は1組しか無い)足して4になる組み合わせを考える                                                     3+1
  • すると+3と+1が上記条件にあうので
    x2+4x+3=(x+3)(x+1)と因数分解できる

慣れてしまえば直感的にできるようになるがふたつの数のプラス、マイナスまで含めると少し混乱する場合がある。なので慣れるまでは次のルールを知っておくと良い。

  • 定数項が+、xの係数も+
    x2 + 9x + 20 = (x + 5)(x + 4)            両方ともプラス
  • 定数項が+、xの係数が−
    x2 − 5x + 6 = (x−3)(x−2)                両方ともマイナス
  • 定数項が−、xの係数が+
    x2 + 2x−15 = (x+5)(x−3)               大きい方がプラス
  • 定数項が−、xの係数も−
    x2 − 5x −24 = (x−8)(x+3)             大きい方がマイナス
  • 2乗の形になる場合もあるので注意が必要です
    x2 + 10x + 25 = (x + 5)(x + 5)=(x+5)2

因数分解の方法3「和と差の積」

例えばx2-25の場合

1次のxに関する項が無く、定数項が2乗の数になっている場合、和と差の積を使うことができる。

x2-25 = x2-52
=(x+5)(x-5)

これはたすき掛けよりも容易に解けることが多い。ただし定数項が100を越えると急に解けなくなる。次の2乗の数を覚えておくと良い。

102=100
112=121
122=144
132=169
142=196
152=225
162=256

 

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