神様の子ども達

大好きな生徒達

長い間教員生活をしてきたが、昨日の人事発表で私はまた休職という決定がなされたようだ。勿論自分には事前の話はなかったが強制的に休職を命令された。医師も「職務可能」と書いた診断書を書き換えて「職務不能」としているため私が所属している組織がいかにやってはいけないことをしているかを何度も言われた。主治医も悩みながら診断書を書いている。職務可能であるニュアンスを少しでも出したら私学共済の審査に引っ掛かってしまったことが3度あったためかなり大袈裟、というかほとんど真実とは違う診断書を書かざるを得なくなっている。「あなたの学校のことはよく知っているけど、全員がクリスチャンの学校でしょ?その教育局長の尾上(仮名)という人や学院長の山地(仮名)という人はとんでもない人だね。これが続くようなら訴えることも考えたほうがいいですよ。「職務可能」と書いた診断書のコピーはこちらにもあるわけだから訴えるなら協力しますよ」とも言われている。教員に戻ることは勿論仕事をすることすら許されない惨めな生活を強いられると昔のことが懐かしくてたまらなくなる。

今から20年ほど前に沖縄の中学校に転勤になったことがある。余暇を利用して趣味の釣りやダイビングに興じる時期があってもいいのでは無いかと舐めたことを考えて転勤希望を出したらその通りになった。中学校では1年生の担任や教務主任などの仕事が与えられた。1年生はとにかく可愛かった。少しだけ大人な女子とまだまだ幼い男子のアンバランスが可愛くて仕方なかった。何を言っても素直に聞き入れ、失敗してもきちんと謝ることができる生徒ばかりで一緒にいることがとても心地よく自分の家にいるようだった。

5月の連休に生徒は一度自宅に帰省するがその期間を利用して担任は各家庭を訪問する。1日に5,6軒を訪問するが、当時乗っていたVOLVOにはナビがついていなかったので地図を頼りに各家庭を訪問した。沖縄のお父さんお母さんはどこも歓迎してくださるので学校での様子を話すというよりはお父さんと釣りに行く約束をしたり、お母さんの趣味について聞かされたりと本来の家庭訪問とは一味違っていた。沖縄は伝統的に長男が大事にされるというが、どの家庭からも長女だろうが次男だろうがみんな愛されている様子が伝わってきて暖かい気持ちになった。このお父さんお母さん達とは自分が沖縄を離れる最後までとても親しくさせていただいた。日曜日の午前は授業があるが午後は休みなので自宅にいたら急にある生徒のお父さんが釣りに行こうと誘ってくれたり、BBQをやろうと食材を持ってきてくださったり、次の休日は「アーサー(あおさ)」を取りに行くと予約してこられたり、休日の午後は多くの保護者を集めてソフトボールをしたりボウリングに行ったりした。今でこそ、内地のチェーン店が沖縄にも進出しているが、自分がいた頃はまだそういう時代ではなかった。沖縄は飲食店と居酒屋の区別がない。夜、食事をしようと居酒屋に入ったら保護者と鉢合わせ、ということが何度もあった。自分が沖縄を去る時には安謝の港にほとんど全員が集まってくれて出航を見送ってくれた。今は無くなってしまったが昔は鹿児島と福岡から那覇行きのフェリーが出ていたので自家用車と一緒に海を渡ることができた。

毎週のお楽しみ

毎週土曜日は午前中に教会のプログラムがあり午後から聖書の勉強を少しだけしてそのあとは自由時間となる。その自由時間を使って生徒達をマイクロバスに乗せて出かけるのが恒例になっていた。よく行ったのが「比地大滝」。JALの「プライベートリゾートオクマ」のそばにある滝である。滝までの道が自然豊かでとても癒される。この大滝から度胸試しで飛び込む生徒もいてヒヤヒヤしたがそれでも楽しかった。あとはビーチでBBQをしたり現在は「美ら海水族館」がメインになっているが「海洋博記念公園」「嘉津宇岳(かつうだけ)」などにも行きとにかく夕食まで遊び続けた。本当に楽しかった。あの頃が懐かしくてたまらない。

彼らが2年生になった時には夏休みを利用して男子を連れて無人島キャンプに行ったこともある。「伊是名島」から船を出してもらい、以前は有人島だった「具志川島」に渡り3泊4日の旅程で過ごすキャンプだ。初日以外の食料は全て現地調達。毎日必死になって魚を釣る。とにかく全員が食べられるだけの食材をみんなで協力して調達するのである。毎日何かしらハプニングがあってドキドキしながらも楽しくて仕方なかった。

沖縄の子は泳げないとよく言われるが、自分がいた当時は確かにそういう面もあったと思う。沖縄はプールを完備していない学校が結構あるのだ。御多分に洩れず自分がいた中学校もプールがなかったのでシーズンになると体育の時間、近くのビーチにて水泳実習を行う。ところが体育の先生も少し泳ぎは不得手だったので途中から自分が水泳実習を担当することになった。海で水泳を教えるのはプールの何倍も難しいが殆どの生徒がある程度泳げるようにはなった。

過去、現在、未来

歳をとったのか、自分の戻れない過去が急に懐かしくなったのか或いは教員の道が断たれて失望しているからなのかは分からないが、過去の自分を回想する時、いつも笑っていたことを思い出す。心の底から幸せを感じてどの瞬間も笑っていたように記憶している。実際は悩んだり泣いたりしたこともあったはずなのに何故か思い出の自分は笑っているのである。5年後、もし自分が生きていたら今の自分をどのように回想するのだろう?決して笑った自分としては思い出さないだろう。ここ1年半以上笑った記憶がないからだ。いつか心から笑える日が来たらいいなと、と望みながら今日もいなくなってしまった神様を捜している。神様、どこに行っちゃったんだろう?

全く別の話であるが自分の所属している教会は全世界で同じテキストを用いて聖書の勉強をしている。現在はイザヤ書を学んでるが、今週はヒゼキヤ王とアッシリアの敗北のところを勉強した。この解説をしている動画を見つけた。ヒゼキヤは絶体絶命のピンチの時にあって、聖書の神様を信頼し続けた王様である。そのことの解説がなされているので是非視聴していただきたい。

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