選 択

優先順位

早急に仕事を探さないといけない状況になった。この年齢で、しかも子どもたちは学齢期なので教育費も掛かることからそれほど安い給与では家族を養うことができない。またできれば別居をしていても家族からあまり離れたところでは仕事をしたくない。そんなことを言っていたら見つかるものも見つからなくなってしまう。

何を優先すべきか毎日迷いながら祈り続けている。優先順位の大切さを実感している。何を優先すべきか。家族、経済、家族との物理的距離、仕事内容等々。選択すべきことはたくさんあるがその中でも一番大切なことは何かを考えていた。恐らく自分にとって一番大切なのは安息日(土曜日)に礼拝できる環境が整っている職場。これが最も優先されるべき項目だと考えている。次は家族との距離かもしれない。

自分が何を優先し何を選択するかで人生そのものが変わってきてしまうのだと思う。

選択による人生の変化

牧師先生から次のような文章をいただいた。勿論実話である。

引用して紹介したい。

私はモンゴルの建設工事現場でフックマン(重機やクレーンのフックに吊られた資材を降ろす担当)として働いていました。

マンションの建設現場では、背の高いクレーンが建築資材を大きな金属製のフックに付けて持ち上げますが、私が待機している場所まで上がってきたら、建築材料をフックから外すのです。

あるとき、建設現場の3階で資材を降ろし終える前に、フックが突然動き出しました。吊り下がったままの資材を手で引き寄せて止めようとしましたが、逆にフックが大きく降り戻って私を直撃したのです。3階から地面まで真っ逆さまに落下した私は、その後意識を失いました。現場から病院はとても遠かったため、医師が現場まで駆けつけてくれました。

午後になって意識が戻ったとき、医師は私に、足の骨折と脊髄の損傷について説明しました。怪我の状態がひどく、このまま病院に運ぶことはできないと医師は言いました。当時のモンゴルは今ほど医療設備も整っていなかったため、医師は私の怪我の状態を正確に把握することができませんでした。脊髄が損傷していると言っても、それ以上詳しいことはわからなかったのです。

その日から私は2年間も病院で寝たきりの状態になり、麻痺した身体を動かすこともできませんでした。ちょうどその頃、私の町にめずらしい外国人が数人やってきていました。あとになってわかったことですが、彼らは外国伝道のために訪れた宣教師だったのです。

私には8人の子供がいて、一番上の子は中学2年生でした。子どもたちは外国人が主催する集まりに参加するようになりました。私も妻も宗教を信じているわけではありませんでしたが、子どもたちの参加を禁じたりはしませんでした。やがて子どもたちは、外国人をわが家にまで招待したのです。当時は彼らが何をしているのかわかりませんでしたが、今となっては、彼らが私のために心を合わせて祈ってくれたのが理解できます。彼らの祈りのおかげで、私は驚くほど順調に癒されていったのです。

回復するにつれ、理学療法を取り入れることになりました。ベッドのそばに金属の手すりとロープを設置して、つかまりながら運動するのです。最初は頭を持ち上げるだけでも痛みを感じていたのですが、ここでも子どもたちの祈りが聞かれたのでしょう。私はまもなく杖をついてゆっくり歩けるほどに回復しました。

子どもたちはセブンスデー・アドベンチスト教会に通うようになり、そこで讃美歌を歌うことが楽しみになりました。私も礼拝に参加して祝福されました。聖書を学ぶようになって私の人生は変わり始めました。これまではお酒を飲む習慣がありましたが、完全にやめました。神様に忠実に生きたいと思ったからです。これは大きな変化でした。私と妻はついにバプテスマを受け、アドベンチストの教会員になったのです。

歩けるようになって数年たった頃、悪夢が再び襲ってきました。私は両足の痛みに悩まされるようになり、再び麻痺の状態に戻ってしまうかもしれないと恐れたのです。

検査の結果をみて、医師は厳しい表情を浮かべながら、

「手術が必要ですね。しかもかなり難しい手術になります」と私に言ったのです。痛みは脊椎の損傷から来るもので、根本的な処置が必要だと言うのです。私の手術がうまくいかなかったときのために、医師は家族に承諾書にサインするように求めたほどでした。

妻と私は真剣に祈りました。所属教会の牧師も私のために祈ってくれました。この祈りがあったからこそ、手術は成功したのだと思います。術後の経過もよく、私は奇跡的にわずか一週間で家に帰ることができたのです!

今、私は元気で健康的に暮らしています。家族は全員クリスチャンになり、友人たちにもクリスチャンになってほしいと願っています。彼らを教会に招待すると何人かは教会に来てくれましたが、まだイエス様を受け入れた人はいません。でも神様が彼らに働きかけてくださっていると信じているので、思い悩んではいません。なぜって、神様は病床にいる私に手を差し伸べてくださり、二度も奇跡を起こしてくださったお方なのですから! 私の努めは彼らを教会に招待することであり、あとは聖霊の働きにお任せするだけです。今では、さらに多くの友人を教会に招待するようになりました。彼らが教会に来てくれることを心から願っています。

子どもたちにキリスト教を禁止ない選択、外国人が主催する集まりに参加することを許可した選択、更にその外国人たちが家に来ることを拒まなかった選択。これらがこの人の人生を大きく変えた。それらの選択によって自身もクリスチャンとなり健康を取り戻し、霊的な健康も回復することができた。

自分の前にある多くの選択。これらを神様のお知恵をいただいて正しい選択に導かれるよう祈り続けていきたい。

ネット上に選択の大切さをショートメッセージにした動画を見つけた。是非ご視聴いただきたい。

今日の選択が永遠を左右します

 

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