輻輳

KDDI

一昨日から通信障害でその対応に追われるKDDI。昨年10月に母の容態を案じて実家に帰る途中に自分の携帯が使えなくなったことを思い出す。Docomoの通信障害であることが判明するまでは自分の端末の不具合だと思っていたので何度も電源を切ったりVPNの設定を変更するなど思いつく殆ど全てのことを試みてみた。が、結局回復しなかった。幸いなことに、新青森までの在来線で通信障害になったが新幹線に乗れがwifiが使えたので姉たちにもすぐに連絡がとれ事なきを得た。KDDIの謝罪会見の様子を写真でみたが、携帯が繋がらないことがこれほど大きな社会問題なのだと改めて痛感した。ルーターの入れ替えを行ったところ不具合が起きたためすぐに元に戻すもLTE回線に多くの利用者が殺到し輻輳(ふくそう)状態になったとのこと。こういうことで大手キャリアの信頼が失われ契約者が減り頭を下げて謝罪している人たちが異動にいなるのだろうか。如何に現代が通信技術の上に成り立っている社会かが浮き彫りになった。

サブ回線と大手キャリア

昨年発生したdocomoの通信障害以降「サブ回線」に注目が集まっているが、逆に自社では回線を持たず大手キャリアの回線を借りて運用する格安キャリア(MVNO)は徐々に契約者が減っているとのこと。携帯電話の料金が高いことで国から指導を受けた大手キャリアが料金をさげたり別ブランドを立ち上げて格安料金の提供を始めたことが原因なのだろう。加えて「繋がらない、繋がりにくい」という不安やストレスが自社回線を持つ大手キャリアに戻る要因になっているという。「途切れることなく常に繋がること」が現代の最重要課題なのだろう。常に繋がる・・・。スタンドアロンが難しい世の中を象徴している気がする。

繋がる

完全な孤独を経験したことがない。が、それに少しだけ近い状態はあったかもしれない。今も人と喋ることは殆どなく時々子どもがかけてくれる電話に向かって親の方が夢中になって喋ってしまう状態だが、人と喋らない分心の中で常に神様と繋がることができる。寂しさを感じることもあるが、それでも神様と繋がっている安心感が自分の生活を支えている。人と繋がっていても、将来に対して不安を感じる昨今神様とのつながりを世界中の人が経験できたら良いと思う。

かつて生徒だった方が、自分に与えられた境遇の中で必死に神様と繋がり続けている証を見つけた。教員だった時期にこの方の痛みにどれだけ寄り添っていただろうかと反省すると共に、経験に裏付けられたお話に心打たれ感動した。やはり神様は生きている、やはり神様は自分のそばにいて繋がっていてくださっていることを実感した。

7 Noa Tamura【私と神様シリーズ】

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