慰霊の日

沖縄での教員時代

およそ20年くらい前になるが沖縄の中学校で働いていた。自分が最後まで働いていた高校の系列中学校である。名護湾を一望できるロケーションでとても素晴らしい環境にある中学校だった。広島から転勤して中学1年生を受け持った。30名ほどの小さな学級であったが県外(和歌山)からひとりの生徒がきておりそれ以外は県内からの進学者だった。あるとき彼らに「終戦記念日はいつですか?」と質問してみた。意図があってした質問である。ほとんどの生徒が8月15日とは答えなかった。そんなことを聞いたこともある、程度の記憶である。彼らにとって終戦記念日は6月23日なのである。彼らはその内情をあまりよく分かってはいなかったが沖縄では慰霊の日が終戦記念日であると教えられるのである。この日は海で泳がない。また彼らに沖縄戦について聞くと殆どの生徒が答えられなかった。自分は沖縄出身の奥さんと結婚したが沖縄の血は流れていない。ただ、顔立ちから始まって外見全てが沖縄の人の特徴に当てはまるらしくよく沖縄出身者と勘違いされる。名護に住んでいたときは街中で方言で喋りかけられることが非常に多かった。沖縄が大好きな自分にとっては非常に名誉なことであるが方言は分からない。自分が沖縄大好きなので県内出身者の生徒達には是非沖縄の歴史をきちんと学んで欲しかった。特に沖縄戦については。沖縄戦について知って欲しかったので、特別な学習プログラムを考えた。毎週のホームルームの時間を使って沖縄戦についてレクチャーしそれから1ヶ月後に沖縄戦の爪痕を見学するツアーを企画したのだ。見学は「アブチラガマ」「ガラビガマ」「ひめゆりの塔」に行った。現在は当時と違って立ち入れないガマやガイドをつけないと勝手には入れないガマになっている。昔は自由に立ち入ることができた。集団自決の場所も見学した。

沖縄戦は終わったのか

日本で唯一地上戦が行われたのが沖縄である。内地での地上戦を阻止あるいは時間稼ぎをするための捨て駒になったのが沖縄である。この戦争で20万人の人が亡くなったと言われているが、特に最終決戦の場所となった南風原では人口の約半数が亡くなったとされる。本当に悲惨な戦いである。幼い子、自分が引率している中学生と同じ年頃の子達が戦争に駆り出されその犠牲となった。生きられる命だったのに敵に殺されること以上の恥ずかしめは無いと言って自決をさせられた。内地から来た兵士たちにも色々なものを奪われ、理不尽な指示をされアメリカとも日本とも戦った沖縄の人々。この歴史を学んで、自分が内地出身であることを恥じた時期があった。誰も守ってくれない、そんな間で生きる沖縄の人たちが選んだのは、花を愛し歌を歌って踊る文化であった。人を憎まず愛を示す生き方を選んだのだ。そんな沖縄戦から76年が過ぎようとしている。終戦以来、日本は一度も戦争をしていない。素晴らしい国だと思う。本当に平和を享受できる幸せな国だと思う。しかし本当に沖縄戦は終わったのだろうか。自分は25年ぐらい前からダイビングを始めたが当時は北谷、前田岬でも十分綺麗な海を堪能できた。サンゴも綺麗で現実世界から逃れて癒しを経験できた。しかし現在は本当のほぼ全域で潜ることはできない。潜ることはできるが昔の様な綺麗な海ではなくなってしまった。地球の温暖化による海水温の上昇でサンゴが白化しているのだ。また内地の会社がゴルフ場建設で赤土を海に流し海水を濁らせサンゴを死滅させた。自分が沖縄に住んでいた頃は内地のチェーン店など一切なかった。沖縄での食事は居酒屋というのが定番である。だから居酒屋に子どもがいる光景は非常に日常的で健全であった。しかし今や内地のチャーン店が軒を連ねている。沖縄らしいものを食べようと思ったら少し事情通に聞かないと分からなくなってしまった。経済的な沖縄戦はいまも続いているのではないだろうか。沖縄は最低賃金が国内でも最下位に近い。低賃金で働かせ利益をあげる内地のチェーン店。別にイオンが嫌いなわけではないが沖縄にはサンエーがある。沖縄イオンの話は少し複雑な面があるのでここでは割愛するが、できればライカムの様な大型店舗の展開はしないで欲しかった。

戦争

前述の通り日本は本当に平和だと思う。先人たちの努力と犠牲、そして現在色々な問題はありながらも政治家の皆さんが頑張っているお陰だと思っている。そして命がけでこの国を守ってくださる方々のお陰である。自分が教員だった頃、どうしても気持ちが前向きになれないことがあった。それは担任する生徒が自衛官を目指したいと言ったときだ。自衛官を心から尊敬している。有事の際には国民と国家を守ってくれる素晴らしい人たちである。心から素晴らしいと思っているが、自分が関わる生徒が自衛官になりたいといえば話は変わってくる。やはり危険な任務もあるだろうし、有事の際は武器を持たなくてはならない。武器を持って丸腰の人を相手にするわけではない。武器を持った人と対峙する。そんな危険なところに自分の生徒を行かせるわけには行かない、と思ってしまうのだ。自衛官を尊敬しながら、自衛官を目指す生徒には最後まで他の道が模索できないか話し続ける。慰霊の日に思うこと。子どもたちに、どうしたら平和で戦争のない国を残せるか。本当の意味で平和な国は「天の御国」しかない。今日の祈祷会でその場面を聖書で読んだ。

わたしはまた、新しい天と新しい地とを見た。先の天と地とは消え去り、海もなくなってしまった。また、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意をととのえて、神のもとを出て、天から下って来るのを見た。また、御座から大きな声が叫ぶのを聞いた、「見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となり、神自ら人と共にいまして、人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものが、すでに過ぎ去ったからである」。

ヨハネの黙示録21:1-4

 

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