泣くことの大切さ

sachiさん

高校3年生を担任したある年、私のホームルームにsachiさんがいた。彼女は非常に明るくいつも周りの人を気遣い雰囲気をよくすることができる。時々ハメを外すこともあるが周囲からは親しまれ信頼もされていた。彼女は福岡出身。高校卒業後は地元福岡の女子大への進学を希望していた。絵が大好きでイラストを学ぼうとしていた。彼女はお母さんとふたり暮らしをしている。彼女が小学5年生の時にお父様が倒れて急逝された。お母様の話ではお父様の死を受け止めながらも前向きに明るく生活し、むしろお母様の方が励まされているという。中学から本校にやってきて6年目。お父様がいないことなど微塵も感じさせない明るい生活ぶりを5年以上続けてきた。ところが、私が担任になってから少しずつ彼女の様子が変わってきた。毎日登校時の表情を見ているがsachiさんの目は虚ろだったり時に睨むように何かを見ているようなこともあった。最初は自分が担任になったことで相性が悪く不機嫌なのかな、と思っていた。が、決して彼女は私に対して反抗的だったりぞんざいな態度を示すことはない。むしろ休み時間などに教員室にきて色々とおしゃべりをして行く状態だった。少し気になったのでお母様に電話をして最近の気になる様子を報告した。自宅ではそのような様子を見たことがないのでお母様も理由は分からない、とのことだった。それからしばらくして事件は起きた。ある日の起床時にsachiさんが手首から血を流していた。幸い見つけたのが同級生で機転を利かせて最大限の配慮をしてくれたおかげで他の生徒には見られていない様子だった。リストカットである。しかし、自分の知っているリストカットのパターンとは少し違っていた。夜中、ひと目のないところで手首を切っている。しかも彼女はそのことを全く覚えていないという。明らかに普通のリストカットとは違う。少し嫌な予感がしたので担当の舎監に、特別に気を配って見ていて欲しいとお願いした。のちに私の奥さんになる舎監だ。とてもよく面倒を見てくれ逐一報告してくれた。そしてそれからおよそ1週間後、また事件が起きた。今度は放課後、自分のベッドでまた手首を切った。ベッドにはたくさんのお父様の写真が置かれていた。この時も同室の同級生が発見してくれ教員にだけ伝えてくれたので他の生徒に見られることはなかった。が、同室の同級生も気がきではないし友達が手首を切ったとなればそれだけで動揺する。直ぐにお母様に連絡して病院受診を勧めた。お母様も直ぐに同意してくださり県内で最も有名な心療内科に予約を入れた。それまでは担当の舎監が自宅で彼女をケアーしてくれた。3日後に予約が取れたのでsachiさんと担当舎監、そして私の3人で病院に行った。寮生活の情報は舎監の方が圧倒的に持っているので彼女の同行はありがたかった。いくつかのテスト、面談の結果解離性障害と診断された。医師が言うには恐らくお父様の死を十分に受け止め切れていないことが原因とのこと。sachiさんと話したところ、彼女には心当たりがあると言う。

泣くことの大切さ

sachiさんはお父様の急逝を受け止めながらもお母様を支えなくてはいけない、と言う気持ちになったと言う。寂しかったけどお父さんはきっとどこかで生きていると思うようにして、自分が落ち込まないように気をつけていたとのこと。確かにお母様の話では葬儀の時もsachiさんは終始笑顔であったという。医師は「辛くて涙が枯れるほど泣くことが次のステップにつながります。泣くことで死を少しずつ受け入れることができます。それができなかったので今頃このような症状が出てきているのだと思います。昔はお父さんが生きていると思って生活できたけど、成長するに従って現実的にお父さんの死を受け止めている自分と、どこかでお父さんが生きていると思い込んでいる自分にギャップが出てきてしまったようです。でもこれは一次的なもので必ず元に戻りますから心配しないでください。」とのことだった。お母様にもこの状況を伝えたところ、心配なのでしばらく自宅で静養させたいとのことだった。翌日、彼女を博多の自宅まで送った。お母様にも「必ず元どおりになるとお医者さんが言っていました」とその部分を強調した。とりあえず1,2週間様子を見て学校に戻れそうなら帰らせます、と仰った。sachiさんのことを考えると胸が痛くなった。彼女はどれだけ不安だっただろうか。無意識のうちに自分が自分を傷つけているのだから。いつの間にか自分を殺してしまうのではないかと言う不安もあったと思う。こんな不安を感じながら生きなくてはいけないsachiさんが気の毒でならなかった。

不思議な出会い

sachiさんが自宅に戻っている間、彼女の進学について私なりにできる備えをしておこうと考えていた。彼女の進学したい大学の説明会が比較的近いところで行われることを知ったのでその説明会に参加してみた。福岡の、しかも女子大ということで福岡から距離のある当地の説明会にはさほど多くの人はきていなかった。一通りの説明が終わり面談という形での質疑応答の時間になった。私はある男性の先生と面談させていただくことになった。生徒の中に第一志望で受験させていただく生徒がいること、地元の大学でイラストを含む美術系の勉強をしたいと考えていることなどを話した。その先生も地元と子ということでかなり興味を持ってくださった。色々と質問に答えて行くうちに徐々にその先生の顔色が変わり、また質問の内容も変わってきた。そしてその先生が「もしかしたら違うかもしれませんが、その受験しようとしている生徒さんのお名前ってsachiさんではないですか?」と聞かれた。こちらの方が驚いた。「そうです。その通りです。」と答えると先生は興奮気味に、「途中からもしかしたらと思って聞いていました。そして彼女が中学から全寮制の学校に行き福岡を離れていたことを思い出していたんです。」この先生は大学で授業を教えているが、自宅を解放して剣道の道場を開いているという。sachiさんは小さい頃からこの道場に通い、かなり優秀な剣士だったらしい。sachiさんから剣道の話を聞いたことはなかったが腕前は大したものだったらしい。そこからはもう意気投合して「指定校扱いで受験できるようにします」とその場で確約していただき、それ以降も本校を指定校と認定してくれるようになった。世界は広いようで狭い。

その後

sachiさんはおよそ3週間後に学校に戻ってきた。地元の心療内科にも通い症状も出なくなり安定している状態だった。早速彼女に大学説明会に行きそこであった話をするととても驚いていた。剣道の先生が大学の先生になっていることにも驚いていたようだったが非常に喜んでいた。安心した様子だった。彼女はその後大学を卒業して就職し、今は結婚して幸せな暮らしをしている。忍耐することは必要だし大切なこと。しかし自分の感情をきちんと表現することの大切さも学べた。そういえば聖書の「ヨハネの黙示録」には、天国においては涙を流すことがないと約束されている。

人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものが、すでに過ぎ去ったからである」。

And God shall wipe away all tears from their eyes; and there shall be no more death, neither sorrow, nor crying, neither shall there be any more pain: for the former things are passed away.

ヨハネの黙示録21:4

間も無く2020年が終わろうとしている。コロナに振り回された1年だった。悲しい別れがあった。多くの涙が流された。もう涙を流さなくて良いところを思いながら年の瀬を平穏に過ごしたい。

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