日毎の糧

マナ

エジプトの圧政から逃れたイスラエル民族は、毎日神様の奇跡を見せつけられた。葦の海が別れ、雲の柱や日の柱が彼らを導き守り、水を得させた。しかしそのような神様の力ある業を見ながらもそれに慣れてしまい毎日のように文句を言い続けるのであった。約束の地まではそれほど遠い距離ではないし実際にカデシュバルネアに出エジプトから間も無くで到着している。しかし流浪の生活はそれから40年を経なければならなかった。イスラエルの民を訓練するため、出エジプトの世代ではなく次の世代がカナンに入るためなどいくつかの理由があるのかも知れない。が、このイスラエルの民が苛立ちを覚えるほど毎回同じことを繰り返すのである。神様に背いて自分勝手に生きようとして懲らしめを受けて悔い改め、時が過ぎるとまた背いて。何度も何度もこれを繰り返す。神様の忍耐もすごいと思うしモーセの寛容な執り成しがあったから故とも思う。聖書を客観的に読んでいる時は「イスラエルの人たちはなんと愚かなのだろう」と思ってしまうが実際に自分がこの民だったら恐らく同じようなことをしていたのだろう。実際、自分の生活を見てもそうだと思う。何度も何度も同じ過ちを繰り返しその都度神様に叱られて、悔い改めたと思ったらまた同じ過ちを犯す。本当に自分は愚かな人間だとつくづく思う。この出エジプトの奇跡で、自分の実生活に馴染んでいるのがマナの奇跡である。食物を与えて欲しいとの不満に対して神様が週に6回天から降らせてくださった食物である。パンのようなものらしいが、調理法として「煮る」こともできたようなので現代のパンのイメージとは少し違うのかも知れない。

「モーセはアロンに言った、「イスラエルの人々の全会衆に言いなさい、『あなたがたは主の前に近づきなさい。主があなたがたのつぶやきを聞かれたからである』と」。 それでアロンがイスラエルの人々の全会衆に語ったとき、彼らが荒野の方を望むと、見よ、主の栄光が雲のうちに現れていた。 主はモーセに言われた、 「わたしはイスラエルの人々のつぶやきを聞いた。彼らに言いなさい、『あなたがたは夕には肉を食べ、朝にはパンに飽き足りるであろう。そうしてわたしがあなたがたの神、主であることを知るであろう』と」。 夕べになると、うずらが飛んできて宿営をおおった。また、朝になると、宿営の周囲に露が降りた。 その降りた露がかわくと、荒野の面には、薄いうろこのようなものがあり、ちょうど地に結ぶ薄い霜のようであった。 イスラエルの人々はそれを見て互に言った、「これはなんであろう」。彼らはそれがなんであるのか知らなかったからである。モーセは彼らに言った、「これは主があなたがたの食物として賜わるパンである。 主が命じられるのはこうである、『あなたがたは、おのおのその食べるところに従ってそれを集め、あなたがたの人数に従って、ひとり一オメルずつ、おのおのその天幕におるもののためにそれを取りなさい』と」。 イスラエルの人々はそのようにして、ある者は多く、ある者は少なく集めた。 しかし、オメルでそれを計ってみると、多く集めた者にも余らず、少なく集めた者にも不足しなかった。おのおのその食べるところに従って集めていた。 モーセは彼らに言った、「だれも朝までそれを残しておいてはならない」。 しかし彼らはモーセに聞き従わないで、ある者は朝までそれを残しておいたが、虫がついて臭くなった。モーセは彼らにむかって怒った。 彼らは、おのおのその食べるところに従って、朝ごとにそれを集めたが、日が熱くなるとそれは溶けた。 六日目には、彼らは二倍のパン、すなわちひとりに二オメルを集めた。そこで、会衆の長たちは皆きて、モーセに告げたが、 モーセは彼らに言った、「主の語られたのはこうである、『あすは主の聖安息日で休みである。きょう、焼こうとするものを焼き、煮ようとするものを煮なさい。残ったものはみな朝までたくわえて保存しなさい』と」。 彼らはモーセの命じたように、それを朝まで保存したが、臭くならず、また虫もつかなかった。 モーセは言った、「きょう、それを食べなさい。きょうは主の安息日であるから、きょうは野でそれを獲られないであろう。 六日の間はそれを集めなければならない。七日目は安息日であるから、その日には無いであろう」。 ところが民のうちには、七日目に出て集めようとした者があったが、獲られなかった。 そこで主はモーセに言われた、「あなたがたは、いつまでわたしの戒めと、律法とを守ることを拒むのか。 見よ、主はあなたがたに安息日を与えられた。ゆえに六日目には、ふつか分のパンをあなたがたに賜わるのである。おのおのその所にとどまり、七日目にはその所から出てはならない」。 こうして民は七日目に休んだ。 イスラエルの家はその物の名をマナと呼んだ。それはコエンドロの実のようで白く、その味は蜜を入れたせんべいのようであった。」
出エジプト記 16:9-31 口語訳

自分にとってのマナ

このマナは金曜日にとったもの以外は翌日までもたなかった。腐ってしまったようだ。だから毎日これを集めなくてはならなかった。この状況がいまの自分の生活に非常に良く似ているのである。毎日毎日、寂しさと絶望感から1日が始まる。出勤前にひたすら祈り神様のご臨在を求める。大げさではなく本当に神様が一緒にいてくださらなければ家のドアを開けて出かけることができないのである。そして運転しながらひたすら祈り続ける。神様がともにいてくださることを信じられるように、神様に支えていただいていることを実感できるようにと祈る。そして仕事が終わりに近づいた頃から徐々に心に平安がやってくる。そして執り成しの祈り、悔い改めの祈り、個人的な祈りなどをしていく。少しずつではあるが平安に満たされて行くのだが、しかしよく朝起きるとまた大失望からのスタートとなる。昨晩どれほど信仰的に恵まれても新しい1日を迎えるとまた0からのスタートとなる。毎日マナを集めないと腐ってしまうのと同じである。昨日後半の信仰的充足感も翌日には無くなっている。毎日積み上げては壊れるブロック遊びをしているようだ。累積ができず無駄なことをしているようにも感じるが毎日必死に神様を求める生き方、そうしないと生きていけない現状に祝福の要素も感じている。辛い毎日であるが神様だけを真剣に求めることができるのはある意味幸せなのかも知れない。

The Lord’s Prayer ~ 主の祈り

宜しければこちらのクリックもお願いいたします
↓↓↓↓↓↓↓

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ
にほんブログ村

にほんブログ村 教育ブログへ
にほんブログ村

“日毎の糧” への5件の返信

  1. おはようございます。
    私もスエデンボルグ、或いはスヴェーデンボリとも言われていますが、彼の著作を読むまでは神の存在、天国と地獄の存在に疑いがありました。彼の「天国と地獄」を読めばその疑いも晴れると思います。また彼の「結婚愛」を読まれれば真の夫婦愛が解ると思います。恐らく両書ともネット上で公開されていると思いますので是非お読みください。
    またもし読まれる場合は「天国と地獄」の方を先に読まれてある程度霊的知識を持ってから「結婚愛」を読まれる方がよいと思います。
    神の存在が確かなものとなれば安らぎが与えられ、また夫婦愛を得ることが出来れば最大の幸福が与えられるでしょう。

  2. 貴重なご示唆をくださり誠にありがとうございます。是非読ませていただきます。心より感謝申し上げます。

  3. はじめまして。
    最近の記事にはコメント欄が無かったので、以前の記事のコメント欄から
    書かせていただきました。
    偶然見つけて色々な記事を読ませていただき、とても切なく心が痛みました。
    なんてツラい人生を歩まれているのだろう・・・
    でも思いました。「出来るならば死を望む祈り」を
    神さまはきっと悲しく思っておられるでしょう。
    なぜならラザロさんに命を与えられたのは神さまですから。
    きっと死ぬより生きることを願っておられるはずだと思うのです。
    こんなふうにお祈りを変えてみられてはいかがでしょう。
    「神さま、私は神さまに喜んで用いられる器として生きたいです。
     その場所に私を置いてください。あなたが示してくださる道を
     あなたと一緒に喜んで歩みたいです。」
    それが今の場所なのか別の所なのか、もっと違う生き方なのか
    答えが与えられることを楽しみに待ってみてはいかがでしょう。
    もちろん今の場所でも、ラザロさんを必要としておられる方は
    必ずいらっしゃると思います。

    聖書の教えに詳しいラザロさんなので、私が偉そうに言うことは控えます。
    私の妹もラザロさんと同じ学校に勤めていました。
    他人事とは思えずブログに入り込んでしまいました(笑)が、
    ブログを読み始めてから毎日ラザロさんのためにお祈りすることにしました。
    遠くの地から応援させていただきます。
    明日も明るい記事が書けることを願って・・・。
    このブログを読まれる方が希望を持って神さまのもとに導かれることを
    心から願ってお祈りしています♪

    1. 稚拙な記事を読んでくださり、またお励ましのお言葉をいただき本当にありがとうございます。瞬間瞬間を常に神様に祈りながら歩む生活をしています。悲しいことも多々あり今日も押しつぶされそうな気持ちになりましたが、一方で神様と片時も離れないで歩める幸せも感じております。何とか神様の御用に用いていただけないかと日々模索中ですが、神様の時が来たら自分のようなポンコツを器にしてくださることを信じ祈り続けているところです。暖かいお励まし、心より感謝申し上げます。

  4. こんばんは。
    お母さまの記事を読んで少し胸が切なくなりました。
    ペン、見つかって良かったですね。

    よろしければリンク貼らせていただいて良いでしょうか?
    引き続きお祈り、応援させていただきます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA