日記

9年前

昔の日記を読んでいた。9年前の日記である。次男が生まれて3週間が過ぎた頃の日記であるがNICUに毎日通っていたことが綴られている。2013年3月18日は月曜日。この日は電車で次男が入院している広島市内の病院に行った。

2013年3月18日
いくつかの管が外されており子どももスッキリした表情だった。目を覚ましておりおしゃぶりをくわえて呑気そうにしているのが可愛くてたまらない。が、ここで問題が発生。点滴の管がつまってしまい途中から薬が漏れ出してしまった。面会時間中に申し訳ない、と言いながら○○(次男)は処置室に連れて行かれた。大人の点滴なら針を差し替えて済むことであるが、○○の血管はとても細いので太い血管に行くまで髪の毛ほどの細い管を通す必要がある。なので簡易手術のような処置になってしまう。仕方ない。面会時間中に申し訳ないと羽田先生が○○を連れて行った。結局面会時間終了までの処置が終わらないとのことで夜の面会時間まで外で待つことになった。不安だったが待つしかない。やがて夜の面会時間になったのでNICUに入れてもらい○○と面会した。看護師さんの申し送りで「○○くんのパパ(私のこと)がかなり不安がっているのでフォローが必要」と意見交換されていたようだ。気さくで笑いながら何でも話してくださる看護師さんが教えてくれた。少し恥ずかしい。予定の時間よりも面会時間が延びてしまったので電車も2時間遅くなってしまった。でも今日の○○の表情を△△(妻の名前)に見せたら喜ぶだろうな。もしかしたら泣いちゃうかもしれない。

こんなことが書かれていた。生きるか死ぬかの瀬戸際を彷徨った次男も今は9歳。色々あるけれどひょうきんで明るくて少し短気で誰とでも親しくなれるおしゃれさんに成長している。本当にありがたいことである。

支え

毎日必死に祈ることしかできない、少し油断すればすぐに不信仰に陥ってしまう自分だが周りの人をみて凄いな、と思うことがよくある。何故、神様を頼らないで生きていけるのだろうか。何故神様に頼らないで色々なことを決めることができるのだろうか。今の自分にはとても考えられない。昔は何も分かっていなかったので、過去の経験からくる自分の判断に一定の自信を持っていた時期がある。自信があったから周りの人にもビジョンを語ることができたし、他の教員に対してアドバイスをすることもできた。今考えると恐ろしいことである。何様のつもりで、何を根拠に自信をもっていたのだろう。口では神様、と言いながら心の中は自我と自信でいっぱいだった。神様を心の中にお迎えするスペースがなかった。今の自分が過去に戻れるならば、昔の自分に会って後頭部を殴ってやりたい。「お前の自信が掘った墓穴に落ちることになるぞ」と教えてあげたい。

神様に支えていただかない人生をイメージすることができない。神様がいなくても生きていけるという気持ちにはどうしてもなれない。
毎日毎日、神様に支えられて生きているのにその瞬間はそのことが認識できない。しかし日記や過去の写真などをみて昔を振り返ると今の自分が存在できていることが奇跡であることに気づかされる。
多くのことがあった一週間が終わり安息日を迎えた。今週の出来事を整理しながら神様に支えていただいたことを感謝したいと思う。

 

病まなければ ささげ得ない祈りがある

病まなければ 信じ得ない奇跡がある

病まなければ 聞き得ない御言がある

病まなければ 近づき得ない聖所がある

病まなければ 仰ぎ得ない聖顔がある

おお 病まなければ 私は人間でさえもあり得ない

– 河野進『病まなければ』より。

 

息を殺して会わねばならぬ人 河原久牧師 2021年10月9日

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