生い立ち・夢の変遷

 東京都板橋区に生まれ育った。商店街の真ん中にある一軒家でバーや飲み屋さん、立ち飲み酒屋などがある環境だったため小学校に通う通学路に朝方から酔っ払った人が寝ていたり通学中の子どもたちにちょっかいを出すこともよくあるような場所。バタ屋さんもあるような街だったけどとても好きな場所だった。

 中学は私立の全寮制の学校に入学しそのまま高校卒業まで寮生活をした。小学校高学年の頃から電子工作に興味を持ち始め午前の野球チームの練習が終わると秋葉原に部品を買いに行ったり半田ごてで何かを作るような日曜日を過ごしていた。中学ではアマチュア無線をはじめ、将来は無線に関係するような仕事に就きたいと考えるようになった。最初の夢は船舶の通信士。しかし友人のお父さんが通信士をしており一度船に乗ると3ヶ月ぐらい帰ってこないことを聞き、自分には無理なのではないかと思うようになった。

 次に考えたのが航空管制官。高校時代は航空管制官、またはエンジニアを目指し進学する大学も工学部を中心に考えていた。高3の時に出会った物理の先生から受けた影響が非常に大きかった。お忙しくしていた先生だったので物理の授業中先生が稲売りをしてしまうこともしばしば。先生が眠てしまうと僕たちは自習体制に入る。だから物理について先生から教えていただいたことはそれほど多くはない。が、先生から人生を教えていただいた。

 最初は受験科目として必死に学んでいた物理であったがその先生の影響もあり、物理という学問そのものに興味を持つようになった。結果的に受験の時には、それまで工学部一筋だったのに理学部も受験するようになった。力不足のため希望の大学に合格できず。浪人することに。一浪した後も航空管制官などの無線に携わる仕事と物理を教える教員との狭間で悩み続け、信じる神様にその道を委ねることにした。理学部と工学部を半分ずつ受けた。が、少しだけ工学部に進みたい気持ちが強かったので滑り止めは工学部にした。

 結果は工学部全滅。これが神様の御心と信じ理学部物理学科に進学することになった。そして卒業後教員として母校にて教鞭をとることとなった。

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