地震

最大震度6強

昨晩、神様に促されるようにして仕事の後に祈りのドライブに出かけた。神様の存在に力づけられたり、その後不信仰に陥ったりの繰り返しで心が安定せず祈りたいことが沢山あった。子どものこと、妻のことを祈っていると自然と涙が流れてくる。愛おしく、また心配で何とかそばにいる方法がないものかと神様に訴え祈っていた。弘前、黒石を何度も何度も往復して結局2時間以上車で祈っていた。少し落ち着いたので家に戻り、もう一度聖書を読んで祈っていた。祈りの途中で携帯電話が振動した気がしたのでふと画面を見ると「福島県で震度5強の地震」と表示されていた。この時期は何故か大き地震が起こるな、と思いながら祈り続けていると、しばらくして部屋が揺れ始めた。地震が大嫌いなので祈りを中断して部屋のドアを開けた。かなり大きな揺れだったが、何よりも長かった。地震の揺れなのか自分の動悸による揺れなのかは分からなかったがとにかくずっと揺れていた。船酔いするような感じでとにかく気持ち悪くなった。地震を鎮めてください、とひたすら祈っている途中でスマホから地震のアラートが鳴り響いた。「間も無く地震が到達します」って、もう随分前から揺れているのに。

やがて揺れは収まったが心臓の動悸は収まらない。とにかく福島にいる元同僚に連絡してみた。無事だった。が、建物が壊れるほど大きく揺れ本棚が倒れたと言っていた。ご高齢のお父さんと二人暮らしなので特に不安だったと思う。その後兄弟や友人、卒業生たちから安否を気遣うメールをいただいた。

しばらくして最大震度が6強に訂正されていた。昨日職場の同僚と世の終わりについて話していたところだったのでいよいよくる時が来たのだと直感した。

誰が神か

地震はとても怖かったが、もう一つ考えさせられたことがあった。今回犠牲になられた方、怪我をされた方、停電や脱線、その他の障害で大変な思いをされている方が多い中発言には気をつけたいが、地震を含めた自然界を支配しておられるのが神様であることをもう一度思い起こさせられた。昨日車の中で祈っている時に、神様の力を認めなかったり不信仰な気持ちになってしまったが、地震を経験して「この地震も神様は起こすことも鎮めることもできるのだ」と素直に思えた。自分はサタンの攻撃や自然界を前に全く無力な人間を恐れている。もし神様が昨晩の地震をもっと大きなものにしていたなら一瞬で日本列島がなくなっていたかもしれない。自分の信じている神様がそのような方だということを再認識させられた。

「わたしの兄弟たちよ。あなたがたが、いろいろな試錬に会った場合、それをむしろ非常に喜ばしいことと思いなさい。 あなたがたの知っているとおり、信仰がためされることによって、忍耐が生み出されるからである。 だから、なんら欠点のない、完全な、でき上がった人となるように、その忍耐力を十分に働かせるがよい。」
ヤコブの手紙 1:2-4 口語訳

「ただ、疑わないで、信仰をもって願い求めなさい。疑う人は、風の吹くままに揺れ動く海の波に似ている。 そういう人は、主から何かをいただけるもののように思うべきではない。 そんな人間は、二心の者であって、そのすべての行動に安定がない。」
ヤコブの手紙 1:6-8 口語訳

「試錬を耐え忍ぶ人は、さいわいである。それを忍びとおしたなら、神を愛する者たちに約束されたいのちの冠を受けるであろう。 だれでも誘惑に会う場合、「この誘惑は、神からきたものだ」と言ってはならない。神は悪の誘惑に陥るようなかたではなく、また自ら進んで人を誘惑することもなさらない。」
ヤコブの手紙 1:12-13 口語訳

宮城・福島で震度6強 死者4人に 今後1週間は同程度の地震注意

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