あなた一人しかいなくても

命の重さ

命が尊いことは理解している。しかしどれぐらい尊いのか、現代は分かりにくくなっているのかもしれない。

昨年、一枚の写真が公開され話題となった。表題の写真である。この写真いついての説明をネットより引用して見た。

感謝祭の日、テキサス州ヒューストンにある病院の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)専門集中治療室(ICU)で、高齢の患者を抱きしめ慰めるジョセフ・バロン医師(2020年11月26日撮影)。

米テキサス州の病院の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)専門の集中治療室(ICU)で、取り乱した高齢の患者を抱きしめて慰める医師の写真が世界中に拡散し、話題となっている。撮影時、この医師は連続勤務252日目だったという。

写っているのは、テキサス州ヒューストン(Houston)にあるユナイテッド・メモリアル医療センター(United Memorial Medical Center)の医局長、ジョセフ・バロン(Joseph Varon)医師。感謝祭の日に白髪の男性患者を抱きしめる姿を、写真販売代理店ゲッティイメージズ(Getty Images)のフォトグラファーが撮影した。バロン医師は11月30日、米CNNに対し、新型コロナ専門ICUに入っていくと、高齢の男性患者が「ベッドから下りて、治療室から出ていこうとしていた」と語った。「彼は泣いていた」

バロン医師は患者に近づき泣いている理由を尋ねた。「彼は『妻と一緒にいたい』と言った。私はただ彼をつかみ、抱きしめた」と述べ、「本当に切なかった。彼と同じように、私もとても悲しかった」と続けた。「やがて彼は落ち着き、泣くのをやめた」

CNNの取材に応じた日、連続勤務256日目だと述べたバロン医師は「どうして自分が倒れていないのか分からない」と語った。「看護師たちは真っ昼間から泣いている」

新型コロナ専門病棟での隔離は多くの患者、特に高齢者にとってはきついとバロン医師は言い、「想像できるだろう。宇宙服を着た人間しか来ない部屋の中にいるんだ」と続けた。「一人きりでいるのだから、高齢者にはなおさら厳しい」

さらに、「泣いている患者もいるし、逃げ出そうとする患者もいる」と述べた。「実際、窓から逃げ出そうとした人もいた」

バロン医師によると、写真の高齢男性の状態は「だいぶ良くなっている」という。「週末までに退院できるだろうと期待している」

またこの写真を撮影したナカムラさんと言う日本出身のカメラマンの話も引用してみた。

 

バロン先生は毎日、全ての患者の部屋を巡回して「あなたはよくやっている」「もうすぐ家に帰れるよ」とすごく元気の出る言葉を言うんです。患者さんと握手したり肩にポンと手をおいたり。でも患者さんを抱きしめるところを僕は一度も見たことがなくて、そういう状況になったときに、もう頭が真っ白になったというか、絶対に撮り逃したらいけない瞬間だな、と。ものすごく感情的なシーンだったので頭が真っ白になって一生懸命シャッターを切っていました。医師の目も「今は抱きしめること以外どうすることもできない」という、そういう目をしていたのが印象的でした」。

続けてナカムラさんは語る。

「集中治療室は、患者以外はみんな全身防護服で、普通の人と接することはない孤独な世界。あの男性は本当に孤独を感じ寂しかったように見えました。そういう瞬間を切り取れて現実を伝えられると思いましたが、正直ここまでみなさんの共感を得られて世界中に広まるとは思いませんでした」。

5月からファインダーを通して見続けてきた集中治療室。ナカムラさんは最初に足を踏み入れた瞬間から圧倒されたという。

「初めて入ったときは、医師らが凄く楽しそうに率先してジョークを言って、皆がそれにのって凄く良い雰囲気の職場というのが第一印象だったんですが一連のやりとりが終わったときに、医師がふと僕のほうを振り向いて、『僕たちはこういうふうに明るくふるまっていないと精神がおかしくなってしまうんだよ』と言われたんです。それに鳥肌がたったんですが、そのすぐ後にICUに入って中の状況をみると、本当に目を覆いたくなるような、写真を撮っても絶対に公表できないようなシーンが目の前にありました。」

 

ナカムラさんは遺体を遺体袋に収容する場面にも、何度もたちあっているという。

「そういう場面を何度もみたことがあります。一人の患者さんに必ず同じ看護師がつきますが、その看護師が患者が亡くなると遺体収容袋に入れるまでお世話をする。全身をきれいにしてあげて遺体収容袋におさめた後に、看護師はすごくやるせない表情になる。こうしたことが日常的に起きています。前にいた患者さんが、次にいった時には亡くなっていることは、本当によくあることなので」

自分が

バロン医師の行動は、とっさの判断でありそれ以外の方法を考えられなかったようにも見えたと言う。一つ間違えばその行為が自分自身をこの患者さんと同じ立場にしてしまう可能性がある。もっと言えば自分の命をも危うくしてしまう行為であった。しかしバロン医師は患者さんを抱きとめることを躊躇なく選んだ。

ある意味でこれが命の重さ、を表しているのかも知れない。大切な命だから、大切な命でしか測る以外に方法がない。

キリストの愛

以前に読んだ書物に次のような言葉があった。出典すらも忘れてしまったので正確な文章ではないが意味はおおよそ間違っていないと思う。

「もしもこの世界にあなた一人しか存在していなかっとしても、あなたの罪のためにキリストは十字架の死を選んだであろう」

と言う言葉だ。

要するに、数ではない。人数が多いからキリストは十字架の死を選ばれたのではない。即ちキリストは自分の命をキリストの命と同等である程に大切だと値踏みしてくださった。

神様である方が生きる値打ちさえないような人間にそのような価値を見出してくださったのは本当に驚きである。そしてこれがイエス様のご性質である。

キリスト教は宗教ではない。キリスト教は「関係」である、と思う。

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