受験

試験問題

昨年後半から特に受験問題を解くことが多くなった。大学受験を控えたかつての教え子たちが過去問や予想問題を写真に撮って送ってくる。それを解答し解説動画を作ることを繰り返している。また、長男の受験に際しても数学や理科のまとめをつくり少しでも頭を整理しながら学習できるよう頑張っているが、受験生のペースを乱したり混乱させたりしては元も子もないので結構気を使っている。そのような中で昨晩遅くにある受験生から送られてきた都内の某大学の過去問を解いている時に突然妻から写真が送られてきた。高校入試の「国語」の問題だった。軽いパニック状態になった。数学や理科なら解けるかもしれないが(それでも怪しいことが多々ある)、国語は全くできない。自信がある。でも「解けない」ことを伝えれば何かをされるので、とにかく数学の過去問をおいて国語の入試問題に取り組んだ。正確には入試問題の一部で、文法の問題だった。物理や楽典、文法のように公式があるものは少し性に合っている。チャレンジしてみたがやはり難しい。過去の記憶をフル稼働させ頑張ってみた。そしてそれを写真にして妻に送り返した。しばらくして返信がきた。学校の先生がオンラインで長男に対して文法の授業をしてくれておりその内容を報告したく問題を送ってきたらしい。こちらは問題を解くのが日常になっているので反射的に解いてしまった。それにしても難しかった。中学生でこんなに難しいことを勉強するのかと思うと子どもが気の毒になる。

教育問題

長女は昔番町中学に通っていた。いわゆる日比谷高校への進学率が極めて高いと言われている中学である。日比谷高校といえば東大進学率が全国トップの学校である。学校群制度、別の見方では「日比谷潰し」とも言われる制度で日比谷高校からの東大進学率は極端に下がるものの、それでも自分が高校生の頃。「日比谷」と言えば名門であった。学校運制度が導入されたり「ゆとり教育」が取り入れられたり10年ごとの指導要領の改定でその世代の子どもたちは社会にの言いなりになるしかなかった。そして今はコロナで学校に行けなかったり、友達との密な関係を求めてもそれが許されなかったり、いろいろな行事や大会が縮小中止に追い込まれてしまった。そのような中でずっと我慢を強いられているのが今の子どもたちである。昨日、今日と長男の高校入試があった。系列の高校で第一志望ではないが一応親の手前受験だけはしている。受験前の長男の写真を担任の先生が送ってくださった。明らかに緊張している。第一志望ではないと言いながらもやはり恐怖心があるのかもしれない。

長男に理科や数学のまとめ動画を送っているが、その中で10秒ほどのメッセージを入れるようにしている。内容は変えているが言っていることは同じである。「勉強に溺れて神様を忘れることがないように」そして「本来勉強は興味を持って自ら学ぶものであって受験のように恐怖や不安と引き換えにするものではない」とこのふたつを伝えるようにしている。自分はエンジニアを目指して受験勉強をしていたが、受験科目だから学んでいた「物理」を通して「確かに神様がいらっしゃる」ことを直感しこの学びを続けることが神様をより良く知る手段ではないかと思い方向を工学部から理学部に変えた。頭が良くないのに物理学科に進学してしまったのでかなり苦労したが、それでも物理を通して神様のご支配を感じることができた。子どもたちにもそういう経験をしてほしい。突き詰めて学ぶことで神様を発見できることが真の学習だと確信している。

「あなたがたのうち、知恵に不足している者があれば、その人は、とがめもせずに惜しみなくすべての人に与える神に、願い求めるがよい。そうすれば、与えられるであろう。」
ヤコブの手紙 1:5 口語訳

20220129礼拝 子ども 張田礼

 

 

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