父の日

日曜日

毎週日曜日はハウスキーピングの方が一人お休みなので自分がその一部を担当させていただくことになっている。作業自体は難しくないのだがとにかく疲れる。特に昨日は非常に熱く湿度も高かったので汗っかきの自分にはかなり辛い作業になった。所狭しと廊下に並べられた診療機器やストレッチャーを退けながらモップがけをしていく。たかがモップがけだがそれでも1時間以上かかる。こういう仕事を毎日してくださる方がいる。本当にありがたいことである。

少し疲れたので休憩時間に入ったが丁度次男から電話があった。この子はとにかくひょうきんで面白い。子どもだと思って舐めてかかると足元をすくわれる。話に夢中になっていたらあっという間に1時間が過ぎてしまい休憩終了。残念ながら昼食なし。それでも久しぶりに次男と話せたのでとても幸せな気持ちにさせられた。少し前の電話でも大笑いしながら話している時に「今日はレゴで家族を作っていたんだよ」と話してくれた。ビデオ通話だったのでその作品を見せてもらった。家族がいた。「この怒った顔をしているのがママ」「スポーツマンがお兄ちゃん」「一番かっこいいのが僕」と言った次に「この髪の毛が長いのがパパ」。え、パパのことをまだ家族と思ってくれている、と感動した。しかも髪の毛がふさふさしている。こんなことで幸せを感じられる状態なのだが、昨日の電話では「そう言えば言い忘れていたけど、父の日のプレゼントと手紙を送ったからね。じゃーねー」とそそくさと電話を切られてしまった。手紙とかプレゼントとか・・・夢のような話である。仕事が終わって家に帰って見ると確かに速達郵便で手紙とプレゼントのミサンガが届いていた。日曜日は郵便配達しないから敢えて速達にしてくれたのだろう。ママの優しさか。本当にありがたい。

長男も

夜遅くに人生を諦めかけている大学時代の友人から電話があった。その電話の途中で長男からも電話があった。長男のことが気になりながらも大学時代の友達をそのままにできず、結局1時間ぐらい話してから長男に電話をしてみた。幸い取り次いでもらえたので話すことができた。以前は長男とも馬鹿話ばかりしていたが最近は趣味とか人生、将来の夢などを話すので冗談は言えなくなった。「今日は父の日だったから電話してみようと思って・・」と言いながら近況を話してくれた。お金を出すこと以外い父親らしいことを全くしていない自分であるが、それでもこうして電話をしてくれるのだからありがたい。本当に良い子達である。

92歳の父親にも少し前にプレゼントを送っていた。それが届いたと連絡があった。どんな時も自分のことを助けてくれ、常に優しいお父さん。多くの犠牲を払って自分たちを育ててくれた。理想的には育たなかった自分、迷惑と心配しかかけてこなかった自分なのに今でも愛情をかけてくれる。一番心配な子だから、一番祈ってもらえている・・そんな気がする。上手に育たなくて申し訳ないと思っているが、それでもお父さんに、そしてお母さんに育ててもらったことを心から感謝している。

父の日

子どもたちから優しい電話や手紙、プレゼントをもらったと悦にいっている自分だが、霊的な父なる神様にきちんと感謝したのだろうか。少し疑問が残る。しかし、父なる神様からプレゼントをいただいた。昨日の聖書研究の時間に牧師先生がある言葉を紹介してくださった。読んでいるうちに涙が溢れてきた。

信仰の耳は、イエスのみ声が、「恐れるには及ばない、 私が一緒にいるのだ」 と言われるのを聞くことができる。 「私はあなたの悲しみに耐え、 あなたの戦いを経験し、あなたの誘惑に出会った。 私はあなたの涙を知っている。 あなたは、 自分が打ち捨てられた孤独な人間だと思ってはならない。 この地上にはあなたの苦しみを琴線に感じてくれる人がいなくても、 私を見、そして生きなさい。」 各時代の希望 中 p280-281

感謝と感動に溢れた父の日を過ごさせていただいた。

父の涙 online live

 

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